第28話 昼下がりと中古パーツ屋

 土曜日になった。

 昨日の放課後、水野から新しい部車と、練習場所について、呼び出しがあり、私は職員室に呼ばれた。

 部車は例の解体所の伝手つてで、2台確保できたのと、練習場所についても、遂に何とかなりそうで、決まり次第、また詳細連絡するとのことだった。

 そして、1年生から入部希望があって、来週から5人ほど入部するそうだ。

 しかし、1年生も全員女子だそうで、なんか、成り行きとはいえ、我が校の自動車部は、スタート早々、女子自動車部の様相を呈している気がする。


 そして昨日の帰り際に、結衣から誘われ、私は結衣の家へと向かった。

 車に乗るようになって、結衣の家に行くのに躊躇が無くなった。なにせ、以前は、帰り道が負担で、足が重かったのだ。

 それは、原付に乗るようになった時も同じだったのだが、車になると、更にハードルが低くなって、気軽に足が向くようになった。


 結衣の家に私の車を置いて、結衣のR32に乗って出発した。

 本当は、誘ったのは自分だからと、結衣が迎えに行くと言ったのだが、それは悪いので、結衣の家までは出向いたのだ。


 「何処に行くの?」


 私は、運転する結衣に尋ねた。正直、何処に行くかについては、全く訊かされていなかったのだ。

 ちょっと遠いんだけど……とは、言われたが、何処に向かっているのかは分からない。


 「中古パーツ屋さんにね、行きたいんだ」


 慣れないフレーズだった。

 結衣曰く、よく水野の話に出てくる解体屋ではない、もう少し一般客向けのリサイクルショップの、自動車版みたいなものらしい。

 全国チェーンのものが何社かあり、それが隣の市にあるそうだ。


 ちなみに、逆方向にも1店あるそうだが、そっちは山越えになって、ちょっと遠くなるのと、事前に検索して、目当てのパーツが無かったため、こちらにしたそうだ。


 山を下り、県道を走って国道へと至り、隣の市の店舗に到着したのは1時間半ほど経っていた。隣の市とは言っても、東京あたりで言えば、幾つか区を跨ぐくらいの距離になっちゃうんだよね。

 私らの住んでる市が広すぎるんだって、あんなアバウトな市の範囲ってないよね。ウチらの住んでる地区を、隣の県と勘違いしている人って結構多いんだって、ほら、隣の駅が違う県で、イメージ的に、そこの一部だと思われてるっぽいんだよね。


 さて、初めての中古パーツ屋さんだな。カー用品店の時は、身構えた割に入りやすいお店で拍子抜けしたけど、さすがに、中古パーツ屋さんは、そうはいかないだろう。

 きっと厳ついおじさんが、乱雑に並べられた中古部品を、山から漁ってさ、『お釣りないから、5千円札禁止ね!』とか言っちゃって、ドカッと出してくるんじゃないの?

 あれ? 結衣、そんな躊躇なく入ってちゃって良いの? 私と一緒に準備体操してから入った方がよくない?


 入口から中に入って行くと、あれ? 思った以上に普通のお店みたいだね。いつも行くカー用品店ほどは、綺麗じゃないにしても、イメージする中古パーツ屋さんとは大違いだよ。


 今日は何を見に来たの? えっ!? ホイール? なんで? どのみち、スタッドレス用に今のホイール使っちゃうから、夏タイヤ用を買いたいんだって?

 折角だから、夏タイヤは1インチアップしたいって、水野に言ったら、ほぼ新品のタイヤを激安4本5千円で用意してくれたから、あとはホイールなんだって?


 へぇ~、表にタイヤ付きも、たくさんあったけど、無しのも結構あるんだね。お目当てのはどれ? あぁ、この白いやつ。

 興味なかったけど、ホイールって、結構色々なデザインや色のがあって、結構深い世界なんだね。え? 素材や軽さにも違いがあるから、そういう拘りもあるんだって? なるほどねぇ。


 ねぇ、結衣さ、結衣が見てるホイールって、隣に同じ色で、同じデザインのやつがあるのに、なんで、結衣の見てる方は2万で、あっちは5万もするわけ? え?ホイールナットの数が違う? あぁ、ホントだ。こっちは4つで、あっちは5つだ……あれ? 私のR32は5つだったよ。 なるほど、ターボは5つ穴なんだ。

 え!? 今は、FR車で、4穴ホイールの車が少ないから、見つけ辛い反面、見つかると安いから複雑な感じだって?


 これは買うの確定だから、お店の人に取り置きしてもらおう……って、結衣行っちゃったよ。

 チェックしてもらう間、他にも何かないか、2人でお店の中をぐるっと1周してみた。

 

 まぁ、R32も結構旧い車だから、なかなか部品もないよね……とは言え、少しはあるのかな? シートレール? あぁ、よくレースカーとかに組んである、ああいうシートをつける時に使うのね。


 オーディオやナビも、中古品ってあるんだ。ただ、オーディオは新品も結構安いから、あまり割安感がないように感じちゃうね。

 この専用ハーネスって何だろうね? え!? 例えばトヨタ純正オーディオを、日産車につける時とかに使うもので、カプラー端子に来ている信号を、全て配線に直してあるんだって、そうか、その配線と、この間使った、社外品オーディオ用の変換ハーネスの配線を合わせると、つけられるんだね。


 シートも売ってるんだね。

 さっきのレールと組み合わせて使う、社外品のシートもあるんだけど、純正のシートも結構売ってるね。

 R32GT-R用だって。GT-Rのシートって、結構薄くてペタンコなんだね。しかも、結構高いねぇ、へぇ、R32~34系にはそのままつけられるし、シルビアなんかにも、ちょっとした加工でつけられるから、結構人気なんだ。


 バンパーとか、スポイラーなんかも、凄いね。

 なるほどね。社外品のバンパーとかに替えて、外した純正品を売りに来たり、その逆に、中古車買ったら社外品で、純正品に戻したい人なんかもいる訳ね。あとは、低いグレードしか買えなかったけど、高いグレードのバンパーに付け替えたい人なんかもいる訳だ。


 そういえば、結衣の車のスポイラーって、結局見えないからさ、ちょっと微妙な感じがするのは気のせいかな? でも、高速走行なんかでは、結構効いてる感じがするって? そうなんだ。


 足回り部品も、結構あるね。

 でも、中古品は、どの程度、酷使されてたか分からないから、オーバーホール前提で考えてた方が、良いと思うって? そういうものなのか。

 でも、同じ足回り部品でも、このタワーバーっていう棒なんかは、中古でも問題ないでしょ。確かにそうだねって、随分素直だね。


 あ、マフラーだね。

 マフラーは、排気の抜けをよくして、パワーを上げるために付け替えるんだよ。 そんな事は知ってるって? あそ。

 でもって、私の車のは既に変わっちゃってるから、元がどうだったのかって、よく分からないんだよね……って、結衣、どうしたの?


 あそこにあるマフラーが気になるって? あれ、札には『ECR/ER32用レガリスR』って書いてあるね。R32は私や結衣が乗ってるけど、Eがつくと2500ccだって? つまりは、あれはGTS25用ってこと?

 なんか、他のマフラーに比べると安いね。5千円だって、なになに? 新品は10万くらいするって? って考えると、超お買い得じゃん。


 じゃぁ、すみませ~ん……って、どうして私を止めるの? 買う気なかった? え!?なんでこんなに安いかって、考えると、穴が開いてたり、腐ってたりするからなんじゃないかって?

 とりあえず訊いてみれば良いじゃん。あ、お店の人が来た。


◇◇◇◇◇


 帰りの車の中は、トランクと、後席がいっぱいになってしまった。トランクにホイール4本、後席にマフラーが入ったからだ。

 マフラーは、私がお店の人に訊いたところ、安さの理由は、長期在庫で、困っているからだそうで、今、買っていくなら、ホイールも買っているので、おまけしてくれると言って、千円値引きしてくれた上、取り付けに使うガスケット? とかいう物もつけてくれたのだ。


 「良かったね」


 コーラを飲みながら、私が言うと、結衣は、心底嬉しそうに言った。


 「うん、良かった。タイプMと違って、25は、排気系のパーツが滅多に出回らない上、新品はメチャ高だからさ」

 「そうなんだね。ところでさ、私のスカイラインをタイプMって呼ぶけど、あれGTS-tって書いてあるよ」


 私は、前から疑問に思っていることを訊いた。

 すると、結衣はクスッと笑って言った。


 「マイのはGTS-tタイプMってグレードなの。R32のターボは、GTS-tとGTS-tタイプMだったんだけど、圧倒的にタイプMが売れたから、後期型では、GTS-tが廃止されちゃったんだよ」

 「ちなみに、GTS-tとの違いって?」

 「タイプMは、ブレーキが対向キャリパーなのが最大の違い。あとは、ハンドルと、ホイールが違うくらいかな。それから、GTS-tにだけ、クルーズコントロールがつけられるよ」


 話によると、この間、部車のブレーキのオーバーホール時に苦しめられた、ピストンが、タイプMが、片側前後で6つもあるのに対して、GTS-tでは、前後に1つずつの2つしかないそうだ。

 それこそ『DIY整備の基本'95』に載っていた通りの方法で出来たそうだ。


 なるほど、オーバースペックに作られていたタイプMが人気になって、簡素なGTS-tを駆逐してしまったのか……と、妙にR32について勉強してしまった。


 家に帰ってからふと気がついた。

 この1ヶ月くらい、土曜日は何かしら車の行事で、1日が潰れていることに……。


 私の高3の1年間を、車のために捧げる事になりそうな予感を必死に振り払い、明日こそは違う事をしなければ……と誓いを立てながら、お風呂に向かった。


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