第27話 駄々っ子とオートスポイラー

 何事もなく10日が過ぎた。

 部活も、エッセのレースマシン化を進めていて、ロールバーとかいう、車内に太いパイプを組んで、クラッシュや横転時に室内を潰れなくするバーを入れたり、タイヤとホイールを変えてみたりと、日々お爺ちゃんの車だった面影は薄くなり、走りそうなマシンへと変貌していく姿は、感動すらしてしまった。

 あとは、悠梨と2年生中心として、カラーリングに入るのだが、ちょっとそれにも期待している。


 今日は、結衣がGTS25に乗って初登校してきたのだ。

 あれから、週明けすぐにOKを貰ったんだけど、登録手続きと、タイミングベルトの交換があって、先週いっぱい、かかってしまったそうだ。

 5月に入り、ボチボチと車通学者も出始めてきた生徒用の駐車場に、R32が2台もある光景は、やはり異様で、移動教室の際も、やはり下級生男子の黄色い声が上がっていた。


 昼休みにグループで集まったところ、突然柚月が言った。


 「ズルいよ~、結衣! 黙ってR32なんか買っちゃってさ、何処から持ってきたんだよ~!」

 「水野の紹介で、見つけて貰ったんだけど、タイベル交換込みで、総額25万で上げて貰っちゃった」

 「くぅ~、どうせマイの仕業だろ~!」


 柚月は、私の襟を掴んでガクガクと揺すったが、私は、それを振りほどくと、言った。


 「困ってる部員に手を差し伸べるのは、部長として当然の勤めじゃなくて~。あっ、でも、柚月さんは、マゾヒスト部だから、対象外でしたわね~」


 柚月は、悔しそうな表情で私をと結衣を見ていたが、ふと思い直したように言い放った。


 「覚えてろよ~!」

 「そもそも、なんで私が、車買っちゃいけないのさ! 今の原付も、そろそろ限界なんだし、当然でしょ」


 結衣が、柚月に反論すると


 「結衣は、重いからバイクが壊れるんだよ!」


 柚月が言って、結衣に頭を叩かれていた。


 「このクズキ、マジ殺すよ!」


 昼休みは、柚月の暴走で、結衣と柚月の応酬となっていた。

 放課後、部に行く前に


 「ところで、柚月、教習所はそろそろ終わりそうなの?」


 と訊くと


 「へぇ~んだ、裏切り者のマイには、教えてやらないも~ん」

 「あそ、じゃぁ、部の名簿から削除しておくから、ご機嫌よう」

 「待てよぉ~!」

 「裏切り者が部長の部にいても、仕方ないんじゃなくて?」

 「……落ちた」

 「えっ!?」

 「卒検落ちたの!」


 あぁ、なるほど、だから結衣に当たり散らしてたのね。

 自分は卒検落ちて、免許取得が延期になったのに、結衣は、そのタイミングで車買っちゃったから、拗ねたのね。


 私は、柚月の肩を抱いて、ポンポンと、肩を叩いてやりながら、おもむろに、柚月のみぞおちに正拳を叩きこんだ。


 「ごふっ! ……何するんだよぉ~!」

 「うるさい、うるさい! 卒検落ちたくらいで、情けない。もう1回受けてくれば良いだろーが!」

 「マイみたいなエリートには、分からないんだよ! 次の卒検は土曜日なんだから」


 ああ、そういう事ね、つまり、次の卒検に合格しても、来週からの車通学は出来なくなる……と、そんなところだろう。

 それにしても、柚月は、車はあるんだろうか? そんな事を考えてると、結衣が来て、声を掛けてきた。


 「マイ、そんな奴、放っておいて行こうよ。今日の部は、私の車を見るって事で」

 「うん、そうだね。じゃぁ、私たち上級国民は、部活動だから~」

 「待てよぉ~!」


 柚月は、なおも喰い下がろうとしたが、優子に捕まって廊下へと姿を消していった。


◇◇◇◇◇


 部に行くと、悠梨が妙に張り切っていた。

 そうか、エッセとプレミオの外装のチーフ担当になったから、俄然やる気になってるのね。

 前は悠梨が正直、活動から浮いてる感じになっていたけど、これで、懸念懸案は無くなったね。


 そこに、結衣のR32がやって来た。

 やっぱりみんなR32が来ると、色めき立ちますね~。今までは、私のと、部車だけしか見た事がなかったからね……って、普通の現代に生きてるJKでR32を2台見るだけでも、稀少な体験だって?


 悠梨もこっちに来て、あちこち見てる。そうなんだよ、綺麗だよねこのR32。え!? 私のとは大違いだって? 悠梨、マジムカつくんだけど、コイツ、今日は、マゾヒスト部に体験入部でよくない?

 そう言えば優子、マゾヒスト部の部長は? あぁ、トイレね。いや、てっきり、この間みたいに、部室でマゾ部の活動してるのかと思ってさ。え!? 優子が注意したら、あっさり大人しくなったって? それは、優子だからだよぉ。


 でも、このR32はちょっと腰高な感じがするね。

 あぁ、これがノーマルの車高なんだね。いやぁ、自分のと部車しか見てないから、あのくらいが通常なのかと思っちゃった。


 私のとの違いは、エンジンと、ブレーキだって訊いてるけど、ちょっと外見も違ってるよね。バンパーとか……なるほど、これが前期と後期の違いなのか。後期は、グリルの下にメッキがつくのと、フォグランプの位置が変更になって、バンパーの両側のデザインも変わってる……と、そうだね、フォグランプの形も、私のと違うよね。私のが丸くて、ナンバーの両脇についてるのに対して、こっちは四角くて、バンパーの両脇についてるもんね。


 室内で言えば、メーターの色が違うんだよね。え!? 私にしては、よく見てるじゃないかって? なんか、優子、最近辛口じゃね?


 ところで結衣、このメーターの左下にあるスイッチなに? 私のにはついてないんだけど、UPとDOWNって書いてあるよ。え!? よく知らない? あ、優子が押しちゃったよ。なんか変な音がして車がちょっと揺れたような……優子、何が起こったの? よく知らないけど、よく見るとUPのスイッチの上にスポイラーって書いてあるから、後ろだって?


 別に後ろのスポイラーに変わりはないよ。それより、エンジンあたりから音がしたように思うから、エンジンじゃね?

 前に回ってみたけど、ボンネットをまず……って、ちょっと待った!

 この車、バンパーの下に、エアロパーツってついてたっけ? 私がこの間見た時はなかったような気がしたんだけど、なんか、今バンパーの下に、ついてるんですけど?

 ほら結衣、優子、見てよコレ。ねーっ! おかしいでしょ?


 あれ? マゾ部部長の柚月だ。なに、“チッチッチッ”って、指立ててさ。

 これは、オプションの『GTオートスポイラー』だって? 70キロ以上の速度になると、せり出してきて、50キロ以下になると格納されるという、当時としては、ハイテクなスポイラーだったんだって?

 でもって、今、50キロ以下なんですけどー。なに? 洗車する時とか用に、停止時に限り、スポイラーを出しっ放しにするスイッチがあるって?


 なるほど、でもってさ、このGTオートスポイラーって、走ってるのを、外から見てる人にしか見えなくね? 

 しかも、動作部が結構重たいから、中古車で買って、本気で走りたい派の人の中には、取り外しちゃう人もいたんだね。


 柚月ったら、結衣のR32の周りをグルグル回って、エンジンや、トランクまで、くまなく見てるぞ。……何のかんの言っても、気になってるんじゃないの。

 あれ? 柚月が結衣の方へ行ったぞ


 「フン、マイのタイプMに対して、25に逃げるとはね~。卑怯だよ~」

 「別に逃げてなんてないわよ。予算的にターボは無理だし、GTSかと思ったら、GTS25だっただけ」

 「これで勝ったと思うなよ~」

 「意味分かんない。誰とも勝負してないし、トルクがあって使いやすいし、満足よ」


 柚月は絡もうとしているが、結衣にあっさりスルーされている。

 今日の柚月は、恐らく何を言っても駄目だろうな。

 長い付き合いなので、大体分かるけど、こういう時の柚月は、ただの駄々っ子になるから、明日以降に話すか、2人きりになってから諭すか、のどちらかでないと、まともな話にならないのだ。


 今日の柚月は、卒検落ちたのを、みんなに慰めてもらうつもりでいたのに、結衣が車で初登校してきたために、そちらに話題を攫われてさらわれてしまって面白くないんだ。だから、元凶になった結衣に執拗に絡んでいる。

 私は優子と顔を見合わせると、互いに頷いた。


 「さぁ~、どうしてやろうかぁ~」


 10円玉を片手に、ウロウロと結衣のR32の周りを彷徨いさまよい歩く柚月を、私と優子で捕まえると、結衣のR32の後席に押し込んで、私たちも乗り込んだ。

 今のR32は優子、柚月、私の3人掛けとなっている。

 正直、狭い。いくら女子とは言えども、2ドアの車の後席に3人掛けだよぉ……。


 でもって、みんなの前だと、柚月は素直にならずに調子に乗るし、これからの姿を下級生に見せる訳にはいかないしね……。


 この後、優子と私に、狭い空間で散々説教された柚月が、しばらくの間、R32の後席恐怖症になってしまい、それを知ったみんなが、乗り合いの際に、優先的に柚月を後席に乗せようとしたという。

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る