第26話 GTS-tとGTS25
なんか、この車違うよ……と思って、運転席に駆け寄ってみると、結衣は室内のチェックに余念がなかった。
「結衣、なんかこの車、私のと違う!」
「なにが?」
「後ろにGTS25って書いてあるんだよ」
「へぇー、そうなんだ。25なのか」
「なんか、ホイールも違うし」
「25なら違うだろうね」
「平気なの? 結衣」
「なにが?」
「騙されてるかもしれないんだよ!」
私は、あまりにも平然としている結衣に違和感を覚えて、思わず言ってしまった。
もしかしたら、これはR32に偽装した違う車なのではないか。後で調べてみると、ダイハツのエンジンが載っていたりするんじゃないか……と思うと、気が気じゃなかった。
すると、後ろから
「騙されてるとは心外だな。私は何も騙していないぞ」
と声がして、水野がぬっと姿を現した。
私は、自分で紹介しておきながらも、結衣が騙されていてはいけないと思い、言った。
「この車、私のと違うじゃないですか!」
「そうだろうな。舞華君のは前期のGTS-tタイプM、こっちは、後期にしか存在しないGTS25タイプSだ」
「だって、ホイールも違うし!」
「そうだな。R32は、ターボ車以外は4穴ホイールだ。当然、違ってくるぞ」
「やっぱり、騙したんじゃないですか!」
私は、結衣を守ろうと、ついつい声が大きくなってしまった。
すると、水野は狼狽しながら言った。
「何をそんなに熱くなっているのかは分からないが、勘違いをしていないか?」
そして、何か言おうとした次の瞬間、私は背後から肩を掴まれた。
振り返ると、結衣がこちらを見て言った。
「どうしたんだよ、マイ。別に騙されてなんかないだろ。私は『FRでマニュアルの2ドア車』って条件だったんだから、合ってるじゃないか」
「でも、違うやつじゃん! FRじゃないかもしれないじゃん!」
私が言うと、結衣は笑いながら言った。
「大丈夫だって、GTS25はFRしかないから、なんでマイが熱くなってんだよ~」
「だって、結衣が、騙されて変な車掴まされたら可哀想だからさー」
と言うと、結衣は私の肩を抱きながら
「お~、マイは優しいな~。でも、大丈夫だよ。私だってR32には、そこそこ詳しいからさ。ホイール見た段階で、NAエンジンだってのは分かってるって。でも25だとは思わなかったな~」
「ほら~、やっぱり騙されてるんだって!」
「別に、排気量の縛りなんてしてないだろ。むしろ、2.5の方が、私としては助かるんだけど」
「えっ!?」
すると、再び水野がぬぼっと現れて、ボンネットを開けると、言った。
「大体分かって貰えたかな。これは、GTS25タイプSだ。ノンターボの2500ccツインカムエンジンを搭載した、後期型の目玉グレードだ。程度良好の極上物だ」
エンジンを見るが、私には特に違いが分からなかった。
プラグ交換の時に、やたら苦労させられた、エンジンの上を跨ぐ配管が、金属製から樹脂製になっている事と、エンジンのプラグカバーの上の文字に『2500』の文字が追加されているくらいの違いしか見出せなかった。
エンジンをかけて音を聞くが、私の周りにある2台のR32はいずれも音がうるさいため、違いは分からず、音が静かだなぁ……という印象しかなかった。
「ちょっと、2人で乗ってきたまえ」
私は、言われるままに、助手席に乗せられて出発した。
店の前に出ると、直線の国道が広がっているので、結衣は初手からアクセルを踏み込んでいった。
「どうなの?」
私が訊くと、結衣はへらっと笑うと、言った。
「比較対象が無いからね。教習車以外だと、この車しか、乗った事が無いからさ。でも、速いよ。やっぱり余裕ってやつが違うよねぇ」
私にも、あまり比較対象が無いので、分からないが、少なくとも、自分のR32とは比べることは出来る。しかし、結衣には、確かに比較する車が無いのだ。
教習車は、あくまで教習でしか乗らないため、アクセルをいっぱいに踏み込むなんて状況は無く、どれだけ速いかなんて、分からない。だから、それを訊いた私が愚かなのだが、つい、訊きたくなってしまった。
それは、この車に乗ってから、私の中で渦巻いていた1つの疑問
『ターボと2500ccと、どちらの方が速いのか?』
についてだが、それを結衣に訊くのは、これまた愚問だと思うので、口には出せなかった。
結衣は、ちょっと道を外れて、勾配のきつい坂道へとやって来た。
「やっぱ、ここを試してみないとね~」
と言うと、2速に入れて一気にアクセルを踏み込んだ。
坂を上る力強さは、正直、私のR32と特段変わっていないように思えた。つまりは、通常の車より力強いということだ。
運転席に座る結衣を見ると、物凄い嬉しそうな顔をして
「やっぱ、この車、凄い良いよ~。パワーが湧いてきてさ、気に入ったよ!」
と言うと、私の方を向いて
「マイ、ちょっと乗ってみてよ。マイの意見も訊いてみたいからさ!」
と言うので、近くの自販機コーナーで運転を代わった。
運転席に座った感じは、私の車と何も変わらない……そりゃ当然だよね。一応、前期後期の違いはあれど、同じ車だもんね。
ちょっとハンドルが大きいかな……え!? 私の車のハンドルは、社外品の径の小さいやつだって? あぁ、なるほど、だから上と下の革が赤い色になってるわけだ。
走り出してみると、明確な違いがあった。
上手くは言えないけど、このスカイラインの方が、私のよりも、優しい加速をするのだ。
私のスカイラインは、ちょっと出足が弱くて、後から、そこをカバーするように、蹴られたかのような力強い加速が始まっていく……という感じなんだけど、こっちは、出足からずっと穏やかながら、力強いパワーが湧いていて、常に太いパワー感があるってのかな? そんな感じ。
そんな感想を、結衣に言うと
「そうなの? ターボは乗ったことないからね。当時の雑誌なんかでは『GTS-tとGTS25は別物』なんて表現がされてたけど、違いとしては、そういう感じなんだね」
と言って、納得していた。
そして、元の駐車場へと戻ってきた。
「どうだったかね?」
水野が言うと、結衣はニコッとして
「凄く気に入りました。一度両親と相談して、休み明けまでに返事します」
と言うと、室内外をスマホであちこち撮っていた。
それが終わると、水野はGTS25の方へと歩いて行き、乗りながら言った。
「では、失礼した。伊藤君、休み明けに返事を待っているぞ」
「今日は、わざわざ、ありがとうございました~」
「失礼します」
結衣と私は、水野を見送ると、しばらくその場に立ち尽くしていた。
あまりに色々あり過ぎて、頭の中が整理できなかったのだ。
水野も人が悪いのだ。最初から、見せたい車があるから、結衣を連れて来い、と言えば、私は、結衣にきちんと説明したうえで、結衣も準備してここまで来たというものだ。
さて、戻ろうか……と思った時、不意に結衣が言った。
「お昼食べていこうよ。ご馳走するからさ」
「え!?」
「マイが、紹介してくれたから、良い車に出会えたんだからさ、そのくらい、良いじゃん!」
「折角だからさ、結衣が運転していってくれない? さっきの違いも分かるでしょ」
と言うと、結衣は不思議そうな表情を一瞬浮かべた後で、ニコッとして
「良いの?」
と言うと、私の車に乗って、さっきのコースをぐるっと回ってから、街の中へと入った。
結衣の運転は、かなり思い切りがよく、アクセルの踏みっぷりも結構豪快なので、私のスカイラインは、いつもより何割増しかで速かった。
スカイラインは、こういう風に走らせれば速いのか、という事も結衣の運転から学習した。なるほど、出し惜しみせずに運転してやる事が秘訣なんだなぁ……。
街について、ファミレスに入った。
注文が決まった後、ドリンクバーから、それぞれの飲み物を持って来て席に着くと、結衣が嬉しそうに言った。
「マイのタイプMと、今日のGTS25の違い、分かったよ。短距離ランナーと、長距離ランナーの速さの違いと同じだよね」
「そうなの?」
「うん。マイのタイプMは、6気筒のツインカムで、2000ccだから、元々、低速は苦手分野なの、そこにターボをつけてるから、更に低速は苦手なんだけど、ターボの力を借りて瞬発力を高めてるの」
結衣の話を訊いて、分からない単語が多かったが、原理は何となく理解した。
私のスカイラインは、元々レイアウトや排気量的に、低速域が苦手だけど、ターボでドーピングして、出遅れ以上の瞬発力で、短距離走をモノにしていく……という感じで良いのかな。
結衣は続けて
「でも、GTS25は、同じ6気筒のツインカムでも、500cc排気量を大きくして、苦手の低速域を克服してるんだよ。だから、ターボの瞬発力がない代わり、持久力に優れるんだよ」
と言った。
なるほど、瞬発力のGTS-tタイプMに対して、持久力のGTS25という図式か、すると、結局、どちらが速いんだろう? と思っていると、その様子を察したのか、結衣が言った。
「最高速は文句なくタイプMだよ。ただし、ロングドライブとかになると、GTS25の方に軍配が上がるかなぁ」
ほうほう、そういう感じなのね……と思っていると、注文していた食事が来て、それを1口食べた結衣は、嬉しそうに言った。
「帰ったらさ、親を説得してあのR32買うよ! 凄く安いし、しかも先生の紹介ってなれば、いけるっしょ! 30万以下だと、ぶっちゃけ、10年以上前の軽しかなくて、困ってたんだよ。欲しくないしさ、坂も上れないし」
そして、結衣は私を真っ直ぐ見ると、言った。
「ホントに助かったよ、マイのおかげだよ! マイが紹介してくれなかったら、今でも、昔のワゴンRにするか、ムーヴにするかで、悶々としながら、どっちも嫌なのに……って妥協させられてたもん」
結衣は、私の前にやって来ると、私の手を握って、潤んだ目で私を見つめると
「ホントに、ありがとうね!」
と言った。
私は、なんか自分のことのように、嬉しさで胸が熱くなるのを感じた。
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