第25話 急坂と新たな出会い

 あれから1週間が経った。

 オーディオと、キーレスがついた私のR32は、すこぶる快適で、いい車になった。優子と結衣は、何やら不満のようだが、私的には、もう言うことなしだ。


 部も順調に活動している。

 エッセは、あの直後から部品もやって来て、整備をし、ある程度の完成を見た。

 出場するクラス的に、ほとんど改造ができないため、基本整備と、リフレッシュが主なものになっているのと、前オーナーのお爺ちゃんが、整備にきちんと出していたようで、あまり大きなトラブルもなく、整備する箇所も少なかったことで、手もかからないのだが、自動車部的には、もっとやることがあった方が、面白いというか、部活の意義があるというか……なのだ。


 この間、車高調という部品が来て、初めて足回りの交換を、みんなでやったんだ。

 部品自体は、水野が、また例の解体屋さんから、手に入れてきたんだけど、オーバーホール? ってのをして、新品同様にリフレッシュしたんだそうだ。

 でも、車高調ってのは、その名の通り、車高を変えることが出来るからさ、みんなと相談して、車高をちょっと低く決めたんだけど、車高は低い方が、カッコよく見えるんだね。

 今までのエッセは、ちょっと、なよっとして頼りない印象があったんだけど、あれは腰高に見えたからなんだ、ということが分かって、少し納得しちゃったよ。


 そしたら優子に


 「マイのR32だって車高調ついてるじゃん、調整してみれば良いじゃん!」


 って言われたんだけど、今のところ、見た目の不満ってのは無いから、特に弄らないよ。


 そんな週終わりの活動の最後に、水野から、結衣を連れて明日来て欲しいと言われて、私は結衣を迎えに向かっているのだ。

 結衣の家は、私ら5人の中で、最も学校から遠い。

 私と柚月、優子は、麓の街の同じ学区で育っているので家も近く、悠梨は、違う学区だったけど、街自体は同じだった。

 しかし、結衣の家は、更に山を下った街にあるので、学校に行くのに、坂越えが2回ある。

 私ら5人の中で、結衣だけが、バイクを買い替えている。1年生の頃、結衣は優子と同じビーノに乗っていたが、2年生の秋にエンジンが故障して廃車し、ジョルノに乗り換えているのだ。

 当時、バイク屋さんに持っていったところ、あの坂越えを、毎日している原付にしては、よくもった方だ、と言われたほどだった。


 結衣の家のある街から、私らの住んでいる街に行くまでには、とんでもない勾配の坂があって、柚月のメイト以外の原付軍団は、そこでガクッとスピードが落ちる。

 正直、乗り物にとって過酷な環境にあるのが、結衣の家からの通学路なのだ。……なので、車通学への切り替えを、最も切望しているのは結衣なのだ。


 結衣を車に乗せると、待ち合わせの場所へと向かった。


 「水野、何の用なの?」


 結衣は、私に訊くが、私は言った。


 「知らないよ。ただ、結衣を連れて来てくれって、言われたから連れてくだけだよ。結衣には『頼まれてる事』だって言えばわかるって……」


 結衣は、なんのことやら分からん……といった様子で、首を傾げた。

 例の坂が近づいてくるが、私のR32は、2速でアクセルを踏み込むと、軽々と急こう配を駆け上がっていく、そのまま3速へとシフトアップしても、加速力は留まるところを知らない感じで走っている。


 「良いよね。マイはさ、この坂で、苦労しない車があってさ」


 結衣が、ため息をつきながら言うので、私は言った。


 「別に、自分で選んだ車の方が、私はずっといいと思うけど」


 結衣は、どうも違う思いを持っているらしい。

 この車が、まぁ、それなりに凄い車であることは、乗り始めてからの周囲の反応で分かるが、とは言え、世の中にはいろいろな車があるのに、家にあったという理由で、この車しか知らない私というのも、どうかと思うのだ。


 水野から、待ち合わせに指定されたのは、国道沿いにあるタレントショップ跡の駐車場だった。

 バブルの最中に、超有名タレントの企画した飲食店兼、お土産屋さんの跡地で、広い駐車場と、残ったカラフルな建物のコントラストが、哀愁を漂わせている。

 バスの駐車スペースが何台も取られた、このだだっ広い駐車場が、連日満車になっていたというのだから、バブルの頃のこの辺りが、どれだけ異常だったかが、推して測れるというものだ。


 駐車場の端に車を止めて、見回してみたが、水野の姿はなかった。

 きっと、ここまで歩いてくるとも思えないので、彼女のカプチーノも探してみたが、広い駐車スペースに、他の車の姿はなかった。

 ……水野早く来ないかなぁ、ここって、変な奴がよくいるんだよね。この駐車場で、スピンターンとかしてる、ウチの兄貴のシンパみたいなのとか、廃墟になったお店に入って、撮影とかしてるウザいのとかさ。


 そう言えば、前に結衣が、この車に乗ってみたい、とか言ってたな。……水野遅いし、その辺1~2周、結衣の運転でしてきちゃおうかな……って、車が入って来たけど、水野の車じゃないな。

 え!? 水野じゃないかって? でも、カプチーノじゃないし、水野のR32は薄い青の4ドアだから違うよ。あれは、同じR32でも黒い2ドアじゃない……って、隣に止めたぞ。


 ゲゲッ、隣のR32から降りて来たのは、水野じゃないか。

 私と結衣も車から降りた。

 いつもと違う黒いR32から降りて来た水野は、格好に関しては、白衣を着ていないだけで、同じように見えた。

 相も変わらずパンツルックで、上にはサマーセーターを羽織っているんだけど、それが毛玉だらけで、一体いつのやつだよって感じなんだよね。


 「いや、すまないね。休みなのに」


 相も変わらず一本調子に水野は言った。

 すると、結衣は


 「それで、今日は校外で何の御用ですか?」


 と言うと、水野はちょっと驚いたような表情になって


 「この間、頼まれていたことに関して、1台候補が出てきたので、見てもらおうと思ってな」

 「この間って?」

 「君は、私に条件を出して、中古車検索を頼んだんじゃなかったのか? それに対して探してきたのだが……」


 結衣と水野のやり取りを訊いていて、私は思い出した。

 確かに、結衣は水野に1週間くらい前に中古車探しを依頼していた。

 その際に、水野の一言にムッとした結衣は、『総額30万円以下、FRで2ドアのマニュアル車』という、かなり厳しい条件を突きつけたのだった。

 その結果が、このR32というわけだったのか。


 「えっ!?」


 結衣が驚くが、水野は、説明を続けた。


 「程度はまぁ、見ての通りだ。車検は1年2ヶ月ほど残っているんだが、タイミングベルトの交換が必要になってくる時期なのがネックだ。まぁ、後は現物を見てくれたまえ」


 と言うと、運転席のドアを開けて、結衣を中に入れた。

 私は外をぐるっと1周した。

 パッと見た目は、私のR32と色が違うだけのように見えなくもないが、まずは目元が違う事に気がついた。

 ライトの丸い目玉の部分が、私のと違って、上下の部分が、収まりきらなくて、見切れているようになっている。


 以前に柚月が言っていた、後期型のライトってやつだろうか。更に言えば、その隣のウインカーランプも、私のが、クリアレンズなのに対して、これはオレンジに着色されている。

 そして、もう1つ違うのが、ホイールだ。

 私のホイールが、ヒトデ型のホイールなのに対して、このR32のは、お皿型みたいな、普通のセダンとかが履いていそうなホイールだ。


 そして、後ろに回ってみて私の目線は、一点を捉えた。

 トランクの右側、私の車では「GTS-t」というシールが貼ってある場所には、「GTS25」というシールが貼ってあった。


 「この車、違うよ!」


 私は結衣の元へと向かっていた。





 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る