第17話 模様替えとオイル交換
昨日は、ブレーキが完成して、懸念懸案のなくなった部車のR32を何とか思い切り走らせることは出来ないかを、水野と打ち合わせようと、昼休みを狙って行ってみたところ、学校と話し合っている真っ最中とのことで、もしもの場合は、部員の投票も必要になるとのことだった。
それと、水野の出席については、次週の下級生の入部に際してまでには、顔を出したいとのことだった。
まぁ、柚月じゃないけど、水野は使いやすいから、顧問には適任だと思うってのが正直なところだ。
ホラ、あまりうるさい人だと、せっかくの部から、部員が退部していっちゃうじゃん! どうせ、創部直後の部なんだから、あまりうるさくなく、部員のモチベーションに影響を与えない方が良くない?
なんて今後の部の事を思いながら……っておかしくない? 私は、別にこんな部に前向きになってる訳じゃないのにさ……。
今日も部室に顔を出してみる。明日は、私はバイトで出られないしね……柚月と一緒に来て、ドアを開けてみると、やっぱり結衣は必要な人材だったと思わされる光景が広がっていた。
部室が勝手に模様替えされてる!
なんか、いつの間にか古タイヤがたくさん机の周りに置かれてるし、妙な臭いがすると思ったら、壁が海沿いのドライブインチックな、水色と白のツートーンに塗り替えられている。
テレビとDVDプレイヤーがいつの間にかあるのは良いとしても、一体何なんだ? この部室はと思っていると、背後から
「むーー! んーー!」
と、声が聞こえたために振り返ると、そこには見覚えのないソファに、ぐるぐる巻きに縛られ、口をガムテープで塞がれた優子が横たわっていた。
すぐに助けに向かおうとする私を、柚月が制して言った。
「こういう時は、まだ犯人が潜んでいると思って、周囲を警戒するもんだよ。ワトソン君!」
なるほど、優子を喋れなくしたって事は、私たちを襲おうって狙いかもしれないのか。……許せ優子、仇の悠梨は必ずや捕まえるからね。
ロッカーの近くを私が捜索しようとした時
「ううー! むうむー!」
優子の叫び声が聞こえたので、私は瞬時にロッカーから飛び退くと、同時にロッカーが開いて、中から箒を構えた悠梨が襲い掛かってきた。
私に避けられて空振りし、完全に床に倒れて取り押さえられた悠梨が喚いた。
「くそー! 勘のいいやつ!」
「何言ってんのよ、優子が『マイー! 逃げて!』って、言ってただろーが」
「優子めー! 口を塞いでおいたのにー」
「あんたが犯人だって分かってるから、隠れそうな場所には心当たりがあるのよ! 大体、ロッカーの中か、ドアの陰か、カーテンの中だろ!」
「くぅー! さすがマイ、私のストーカーだけある」
「誤解を招く嘘をつくな!」
コイツはまたパイプ椅子に縛りつけの刑にするとして、まだまだ訊かなきゃならない事は山のようにあるんだ。
「どうしてこんな事したのよ!」
「使わないテレビとDVDプレイヤーを持ってきたから、設置して、ついでに昨日のガレージを探索したら、そのソファと、ペンキの缶を見つけたからさ……」
だから壁を塗ったのか? いくら何でもやりすぎだろ。そして優子は何をしてたんだ? と思って優子の方を見てみると、優子はビクッとして言った。
「私は、止めたんだよぉ。ソファは、使えると思ったから一緒に運んだけど、急に壁を塗り始めようとするから、止めたら、いきなり箒で叩かれて、縛られたんだよぉ」
もう、頭痛くなってきた。こんな3年生で大丈夫かなぁ? と思いながらも、部長の責務をこなすべくテキパキと指示を出した。
「今日は、結衣と悠梨は休みだから、3人で作業を進めよう。じゃぁ、手始めに着替えてR32のチェックから始めよう」
「マイ、オイルは~?」
柚月が言ったので、私は答えた。
「水野に訊いたら、ガレージの中に未開封のが1缶あるって言ってたから、まずはそれで、あと、フィルターってのも、グローブボックスの中にあるって」
「私は休みじゃないぞー! 放せー!」
口の減らない奴が騒いでいるが、どうせ第2体育館自体にほとんど人が来ないから放っておこうか。
着替えが終わると、3人でガレージに移動した。
途中で気がついたのだが、部室の窓の下にプレミオが止めてある。
「悠梨が置いたの。あの車を踏み台にして、タイヤとかを部室に入れたの」
あ~あ……最初から使い道のない車だったけど、遂に踏み台扱いか、不憫だな~って屋根がへこんでるし、後で悠梨を解いてこの車の修繕をさせよう。
「それで、あのタイヤは何で部室に運んだの?」
私が訊くと、優子は言った。
「悠梨がね、来週から人数が増えるから、椅子代わりにしようって言って……止めたんだよ。でも、縛られてる間に運び込まれちゃった」
あぁ、ちょっとしたインテリア代わりにあるよね、古タイヤ利用したテーブルとか、でもって、あれはF1とかのタイヤだからインテリアとして価値があるんであって、あんな実用車の使い古しのタイヤなんか、ただの産業廃棄物だよ。
あれも悠梨に片付けさせよう。
まずは、ガレージのR32の場所を、作業用スペースに入れ替えよう。
私が入れ替えてる間に、柚月は悠梨を解いて、片付けするように言っといて、言ったら戻って来てね、あんたらは2人にしておくと、ロクなことしないから。
ええっと、車を入れ替えた後も、しばらくエンジンをかけておこう。
昨日も活用した『DIY整備の基本'95』にも、エンジンをしばらく温めておいた方が、オイルの出が良くなるって書いてあったぞ。
あ、柚月が戻ってきた。
ボンネットを開けて、それからグローブボックスからフィルターってのを出しておこう。
グローブボックスの中にあったのは、円筒型の奇妙な感じの物体だったが、これがフィルターだろうか? こんな時は『DIY整備の基本'95』を見てみる……と、あった、これがオイルフィルターで合ってるぞ。
5分ほどエンジンをかけて温めた後、下に潜ってみた。
おお~、ガレージの床にある蓋を開けると、階段になっていて、半地下になってるぞ。なるほど、ここに潜ってしまえば、いちいち車をジャッキアップさせなくても床下の作業が出来るんだね。……うわっ蜘蛛の巣だらけだ。あとで掃除だね。
優子が箒を持って来てくれたよ、さんきゅ、これで取り敢えず蜘蛛の巣を払っておこう。
上に上がってR32のエンジンルームを覗くと、2人とチェックしていく、エンジンの上にキャップがあって、これがオイルの注入口らしい、脇にある棒が、レベルゲージと言って、オイルの量が適切かをチェックする測りになってるそうだ。
あれ? 柚月が注入口を開けてるよ。まだ、抜いてないよ……って、先に開けておいた方がオイルの抜けが良くなるし、万一、オイルを全部抜いた後に、注入口が開かなくなってる事に気付いたら、修理工場まで走れなくなっちゃうでしょ……だって、うん、確かにそうだな。
よし、作業開始。
まずは、オイルの受け皿を用意してから、下に潜って、ちょうどエンジンの真下にあるドレンプラグを緩める。
これかな? 柚月に訊いたら、そうらしいので、早速スパナで……って、なんでツッコむの?
「先割れのスパナは、狭くて工具が入らないとき以外は基本使わないの~」
え!? そうなの? でも、漫画とかドラマでは、みんなこういうスパナ持ってるよ……って、じゃぁ、高校生は、ドラマでは、みんな制服をピシッと着てるけど、ホントにそうなの? って確かにそうだな。
普通は、メガネレンチっていうもので緩めるらしい。
スパナと違って、ボルトに対して割れてる場所が無くて、上から嵌めて緩めるから、力がしっかりかかるとのことだ。なるほど、両側が丸くなっていて、真ん中が棒で繋がっていて、まるで眼鏡みたいだから、メガネレンチなのか。
えいっ! 緩んだぞ。
ここからは手で緩めて……外れたら、いきなりオイルがドバって出るから、ビビッてドレンプラグをオイル溜まりの中に落とさないでね? おおっと、ホントにいきなりドバっと出て来たね。
あとは、オイルが出切るまで待機か。
その間にドレンプラグの掃除をしよう? あれ? それって昨日使ったブレーキクリーナーじゃん。
えっ!? ブレーキクリーナーなのに、ドレンプラグにかけちゃって問題ないの? ブレーキクリーナーは、パーツクリーナーを兼用してるものが多いから、こういうオイル汚れとか、砂汚れを落としたいときに使ってやるんだって。へぇー。
そうこうしているうちに、オイルが出て来なくなったから、今度はドレンプラグを締める。
次は、フィルター交換だって。
柚月は、妙なカップ状の工具をエンジンの脇に突っ込んで、妙なハンドルを回していくうちに、そのカップの先端にフィルターがくっついてきた。
これが古いフィルターなのか、これがオイルに混じった不純物やゴミを濾してくれるんだって。オイル交換2回に1回は交換しようだって。
新しいのをつけるのは、私にやってくれって? じゃあ、さっきのレンチで……え!? つける時は手でつけるの? 工具だと、ねじ切れる可能性があるから、手で締めていくのがベストなんだって。
それにしても、見えない場所にあるから、何処につければ良いのか分かり辛いな……まるで知恵の輪のようにあちこちを通しながら、ようやく場所を探り当てて、手で回して取りつけられた。
よし、これでオイルが入れられるね。
でも、この缶の口から、注入口に入れるのて、超難しくね?
え!? なにこれ? オイルジョッキ? これに缶からオイルを移して、象の鼻みたいなノズルで注入口にダイレクトインできるって訳か。
R32はフィルター交換で3.8リットルって事は、ほぼ1缶丸々入るんだね。
問題なく注入したよ。え!? エンジンをかけて2~3分回して、今度はエンジンを止めて1~2分待って、今のレベルゲージを抜いて量を確認するのか。
その間で片付けしてよ。
オイルジョッキとかもオイルでねっとりしちゃうね。
水洗いしちゃうと酷くなるだろうから、古新聞か、キッチンタオルで拭き取った方が良いね。学校なら、古新聞とかたくさんありそうだし。
抜いたオイルは、外のドラム缶に入れる事って、水野の書置きにあったから、ええ……と、これかぁ。
ふむふむ、これがいっぱいになると、業者が引き取りに来るみたいだ。
これからは、学校でオイル交換しようかな。第2体育館って、駐車場のすぐ隣だし、ガレージまで直に乗り入れられるしね。
ガレージに戻ると、片付けをする優子と、エンジンを止めたばかりの柚月が作業する脇で、タイヤをガレージに戻している悠梨がいた。
レベルゲージを抜いている柚月の脇に行くと、一度抜いたゲージを布で拭き取っていた。一度拭かないと、正確な量が分からないためだそうだ。
そして、もう一度挿して抜き取った量を見て、LとHの間にきちんとあれば、交換は完了ということになる。
今日は、実走テストができないが、柚月曰く、結構変わるそうだ。
でも、柚月はまだ免許を持ってないのに、なんでそんな事を知ってるんだろう?
試しに、ガレージの中で、エンジンを吹かしてみたが、結構、アクセルに対する反応は良かったので、本当なら、走らせてのチェックもしてみたいところだった。
自分の車のも、今日の作業を参考に、オイル交換くらいは出来そうだな……と思ったが、この間のホームセンターで、どのオイルを買えば良いのかが全く分からなかったので、正直、
なので、これを買えば良いのだろうと思い、今日のオイルの画像をスマホで撮ると
「自分の車に、こんなの入れたらいかんよ~! ワトソン君」
と、柚月に言われた。
「え!? でも、今R32に入れたじゃん」
「これは、公道を走らない車な上に、今回は臨時で入れただけじゃん。それに、ホラ見て」
と、柚月が指さす先には、トヨタのマークが入ってた。
「別に、トヨタ純正品入れちゃダメな訳じゃないけど、わざわざ買う必要もないかな~」
柚月に教えられたのは、数字で硬さが表されているそうで、R32のようなターボ車は硬めのオイルを入れた方が良いそうだ。
上は30以上、出来れば40以上あればベストらしい。
そして、Wはウインターの略で、Wの前の数字が低ければ低いほど、冬場の始動性が上がるそうだ。
「この辺の冬は厳しいからね~。冬場にあまり硬すぎるのを使うと、大変なことになるよ~」
と言われて勧められたのが、この間のホームセンターで売っていた5W-50と言うグレードのオイルだった。
「今日ので要領は分かったでしょ~。明日はマイはバイトだから、明後日、部活ついでに、チャチャっと変えてみようよ~」
柚月の悪魔のささやきに、思わず頷いてしまった私だった。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。
次回は
翌日のバイト帰り、遅くなった舞華は、自分のR32の不満点に気がつく。
そして、あの人が、部を去って行きます。
お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます