第16話 活動と、キャリパーオーバーホール

 週が明けた月曜日の放課後、部室に行くと、取り敢えず、3年生は全員出席という、創部以来の初めての快挙が成されていた。

 まぁ、先週は柚月と悠梨が暴走して、抜け駆けをしていたので、まともな活動にはならなかったが、今週からは、気合を入れて活動しよう。


 おっかしいなぁ、水野は顧問なのに先週の活動開始以来、まともに居たためしがないなぁ……。一応、昼休みに職員室にいるところを捕まえて、今日からの活動の骨子については打ち合わせた。

 その活動内容を黒板に書いて……って誰だ! 黒板いっぱいに脱力系のパンダの絵を描いたのは、え!? 悠梨だって? もう! 来週からは、下級生も来るんだからね、お手本になる行動を取ってよね! じゃ、書くよ


 「車庫の整理と、R32ブレーキオーバーホール」


 とりま、ムーヴとプレミオは忘れておこう。

 整備の主役は、当面あのR32だよ。

 それで、水野がネットオークションで、キャリパーと、ブレーキパッドを入手しておいたそうなので、まずはキャリパーのオーバーホールをして、取り付けるところまでを今週の目標にしよう。


 キーは注文したから、土曜日に受け取って来る。

 恐らく、驚くほどスムーズに鍵が回ると思うよ~。


 じゃあ、早速作業に行って来よ~。

 どうも、昼に訊いたところによると、この第二体育館の隣に、整備用の車庫があるらしいよ。


 でも、この建物の隣に建物なんかあったかな? ……って、部車がごちゃっと置いてある目の前に建物があるので、水野から受け取った鍵を挿すと、シャッターが開いて、中には修理工場のような空間があった。

 2台車が入るスペースがあって、うち1つの方には、床に蓋がしてあって、恐らく下に潜れるようになっているのだろう。


 とすると、最大で2台は、この中に入れられるんだね。

 1台はR32で確定として、あとの1台はどっちを入れようかな。

 なに!? まずは、R32を入れてくれって? なんで私が……って、免許持ってるのが私しかいないから? ここ私有地じゃん! でも、一応何かあるといけないでしょ……って、柚月め、もっともらしいこと言いやがって。


 R32を入れて、隣には取り敢えず、表面積の大きいプレミオを入れよう。

 この車、初めて乗るけど、オヤジ特有のコロンの臭いでマジ臭いんですけど。そして、運転した感じが、何の反応も感じられない錯覚がする。ハンドルも軽くて切った感じがしないし、ハンドル切った後の反力みたいなのが感じられなくてさ……。

 ここのところR32しか運転してないからかなぁ……。


 車をしまうと、奥にあるテーブルの上に段ボールがあるので開いてみると、ごつごつした塊が4つ入っていた。

 持ってみるとかなり重くて、これ投げつけて当たったら死ぬなってくらい重い。投げないけど。


 脇に「NISSAN」って書いてあって、うち2つは大きくて、あとの2つは小ぶりだ。ええっと、大きい方が前用かな? それとビニールに入ったゴムの輪っかみたいなのがあるよ。

 そうだ、この間、納屋から見つけた本『DIY整備の基本'95』によると、これがキャリパーという部品で、この中に入ってるピストンという筒の周りにあるゴムを交換する事がオーバーホールのメインになるらしいよ。


 じゃあ、割り当てを決めよう。

 結衣と私で前、柚月と優子が後ろね。

 悠梨が、自分はどうするのかって? 結衣と柚月に訊いたら、また椅子に縛っとけば、だって……冷たいな。

 じゃあ、悠梨は、エアコンプレッサーって機械の操作係ね。これは全部のキャリパーに必要になるからさ。言っとくけど、それで悪ふざけしたら、椅子に縛りつけるからね!


 まずはコンプレッサーをキャリパーにある穴に突っ込んで、圧縮空気を送り込み、ピストンを抜く。この穴は、本来ブレーキオイルが通ってる穴らしいよ。

 なに、結衣?


 「これ、本と違って、ピストンが両側から出てくるんだけど!」

 

 あ、ホントだ。

 この本'95だから、昔の車のなのかな?


 「んな訳ないじゃん! この車の方が古いでしょ!」


 柚月が、人差し指を立てて“チッチッチ”ってやりながらこっちに来た。


 「これは、対向キャリパーなんだよ! 明智君」


 誰だよ明智君って? え? 最近はミステリーチャンネルにハマってる? 知るかボケ!

 で、一般的な車のブレーキは、回転するローターに向けて、片方のブレーキパッドを固定して、もう片方から出てくるピストンで、ブレーキパッドを押し付けて止めるんだけど、この車は、両側にピストンがあって、両側から押し付けるから、ブレーキが強力なのね。

 ふむふむ……分かったような、分からないような。


 しかも、GTS-tタイプMというグレードは、前側は対向4ポッドと言って、ピストンが左右2つずつ入ってるから、私たちのやってる前側は、ピストンが4つあるってこと?


 「ちなみに、何処か1つだけでもピストンが抜けちゃうと、エアが漏って、他のピストンが抜けなくなるから、要注意なんだぞ! 明智君」


 柚月、分かってるなら手伝っていきなさいよーって、逃げやがった。

 この間の、けったいな京都弁は、一体どうしたんだ……え!? もうモミタンのマイブームは終わった? 


 ピストンが、いっぺんに抜けちゃいけないんだったら、間に、ブレーキパッド並みの厚みのある物を挟み込めば良いんじゃね? ……ガレージを探したら、空のDVDケースがあったから、やってみよう。え!? なんのDVDかって? いちいち訊かなくてもいいでしょー! 活動に関係ないし。


 間にDVDケースを挟んで、悠梨ー、空気送り込んで。

 よぉぉーし、イイ感じに抜けてきたよ。……よし、全部抜けた。

 じゃあ、ここから、結衣と私は、キャリパー内に残ってる、古いゴムパッキンを除去する係、悠梨は、抜けたピストンに錆がないかを見て、磨く係ね。

 え!? 私にもする仕事があるの? ……って、嫌なの? だったら椅子に縛る? やるのね、じゃ、お願い。


 パッキンのカスを取るとは言っても、中に傷をつけちゃダメなデリケートさだから、細い木の棒とかで、慎重にカスを掻き出しつつ、ブレーキクリーナーというスプレーで、綺麗にしていった。

 もし、細かい傷が気になる時は、目の細かい紙やすりで磨くんだって、でも、今回は、そこまで酷くないから良かったね。


 今度は新しいパッキンをつけて、組み込みをすれば良いのか。

 でも、このグリスって油が、ねっとりしてて気持ち悪いね。このくらいねっとりしてないと、擦れて傷がついちゃうのかな?

 ピストンは、両手で真っ直ぐ入れないといけないんだって、斜めに入ってたりすると傷になっちゃうからダメなんだね。


 よし、これでようやく1つ終わったよ。でも、これで要領は分かったから、次は、もう少し早くできるでしょ。


◇◇◇◇◇


 これで、両側終わったぁ……って、後ろは2分の1の時間で終わってるから、既に組みつけに入ってるよ。


 あとの3人が、見た事もないゴツい機械を床下に入れて、車の前側と後ろ側を、それぞれいっぺんに2輪ずつ持ち上げてたんだけど……凄い機械だね……って、ガレージジャッキ? それジャッキなの? トランクの中に入ってるやつとは、随分違うけど? 根本的な構造が違うって?


 ふーん。ちなみに、ホームセンターでも売ってたらしい。

 それに、優子が


 「恐らく、マイの家にもあると思うよ。小学生の頃、庭にあるの見た事あるから」


 って、言ってたから、恐らく家にもあるみたいだ。


 で、全員で前のブレーキの組みつけに取り掛かった。

 これがタイヤを外した内側かぁ、この銀色の円盤が、ブレーキローターで、タイヤと同じく回転してるんだね。随分ピカピカじゃね?


 恐らく、土日の間に水野が入れたんじゃないかって? ホントかな? え!? 金曜日の段階では無かった? それに、ブレーキローターは錆びやすいから、1~2日乗らずに放っておいただけでも錆びるって?

 そうなのか、なんか、最近全然部活に来ないけど、作業はしてたのか、え!? 急に部員が増えて部に昇格するから、色々手続きがあるみたいだよって、悠梨がなんで知ってるの? バイク通学再開の手続きで職員室に行った時に、訊いたの?


 さて、ブレーキローターの回転を挟んで止めるのが、今、オーバーホールしたキャリパーと、今から入れるパッドなんだね。

 でもキャリパー重っ!! これでも、R32のは、アルミ製で軽量なの? じゃあ、他の車のはもっと重いっての?

 パッドも新品みたいだ。このパッドって、スマホより一回り大きくて、一回りだけ厚いけど、部品にしては小さくて薄いよね。そして、大きさの割に重いね。でも、これで1トンを超える車を100キロ以上の速度から止めることを考えると、当然なのかもしれないね。


 両側組み付けて、遂に作業完了~……って、まだだって?

 ブレーキフルードの交換が残ってるって? マジで?

 明日でよくね? え!? 5人いる今日が、一番やりやすいって? 明日は、結衣が卒検で来られないのかぁ。


 じゃぁ、仕方ない。今日中に完成させよう。

 最初に優子が、運転席に座って、古いフルードをある程度排出させるべく、1ヶ所のブレーキのブリーダーを緩めた状態で、ブレーキをバンバン踏んでもらう。


 そこに新しいフルードを入れて、ある程度、新油で満たされたところで、左後輪から順にエア抜きを行っていく。


 エア抜きは、運転席に優子が、対象輪のブレーキに担当がいて、優子が2~3回ブレーキをポンピング、それを合図に、対象輪のブレーキ担当が、ブリーダープラグを一瞬緩めて、少量のフルードを抜く、ブリーダープラグにはホースが繋いであって、ペットボトルに、抜けたフルードが入るのだが、そこにポコッと泡が立っていると、ブレーキフルードにエアが噛んでいて、ブレーキが効かなくなるため、泡が出なくなるまでこの作業を繰り返す……という作業だそうだ。


 何故、5人いた方が良いのかというと、1人が運転席でポンピング、直後にブレーキ本体でブリーダーを緩めてフルードの状態を見る係に1人、そして、ベストは、ボンネットにいて、不足したフルードを補充する係がいると効率が良いためだそうだ。


 でも、それだと3人いればよくね? と思ったけど、3人だと、左後輪が終わったら、片付けして右後輪に回って準備……ってやらなきゃいけないから、その間に右後輪と、左前輪を既にスタンバイしておけば、左後輪担当が、終了とともに片付けてタイヤを付けて、右前輪の準備に入れて凄く効率が良くなるって訳ね。

 ということで、左後輪に悠梨、右後輪が私、左前輪が柚月で、スタートし、作業は滞りなく終わった。


 「終わったね」


 私が言うと、全員が私をジト目で見た。

 そして、結衣が言った。


 「作業が終わって、片付けが終わったら、ちゃんとチェックしなくちゃ意味ないじゃん!」


 そして、私を運転席に押し込むと、自分は助手席に乗って言った。


 「まずは走らせる前に、ペダルの感覚が戻るまでポンピングするの。そして、最初の2~3回は効きが悪いから、最初は微低速でブレーキをかけて、それから確かめる」


 まずはブレーキを空踏みする。

 1回目は驚いた。踏んだら、床までスコーンと、ペダルが入ってしまったからだ。

 しかし、何度も踏んでいると、徐々に感覚が戻ってきた。


 エンジンをかけて、ギアを1速に入れ、クラッチをそーっと繋いだ。

 するするーっと滑り出したくらいで、ブレーキを踏み込む。

 やっぱり効きは悪いが、結衣の言う通り、何度か踏んでるうちに、効くようになった。


 初日からブレーキがないため微低速でしか走れずに、しかもサイドブレーキで止めていたR32が、ようやくきちんと止まるようになった。

 そうなると、少しだけ普通に走らせてみたくなり、体育館裏を3速ギアまで上げて走らせてみた。

 走らせてみると、エンジンに関しては、そこまで調子は悪くなく、普通に走ることが分かった。どういう経緯で、部品取り車に身を落としたのかは分からないが、少なくとも、バラバラにされて一生を終えるのには、ちょっと早いような気がした。


 車をガレージに戻すと、手を洗い、ガレージを閉めて、部室も閉めて終了となった。


 「なんか、制服汚れちゃうね。明日から体操着持ってこようかな?」


 と言うと、柚月が言った。


 「ツナギ買ったら良いんじゃない~?」

 「ツナギ女子は引くわ~」

 

 私が言うと、悠梨も


 「ありえなくね?」


 と同調し、しばらくは体操服とジャージでの作業にしようと話しながら、駐輪場でみんなと別れた。


 「明日は、オイル交換と、コンディションチェックしようよ~」


 柚月の提案で、明日の活動もあっさりと決まり、私は駐車場へと向かった。

 いつもの帰り道を、走る車内で、私は今日の活動の充実ぶりに、少し感動するものがあった。

 あんなボロボロの部車がまともになっていく、特に、ブレーキに関しては、今の私の車以上になっているし、あれを体感すると、私の車にもやってみたくなるという欲求が出てくるのも事実で、活動に妙に前向きになれる自分がいた。


 ただ、1つだけ引っかかっていることがある。

 それは、あの部車を走らせた時の事だった。

 今までは低速で走らせていたので、分からなかったが、今日初めてあの車の本当の姿を見た気がした。


 「なんか、私のスカイラインと違う動きをする」


 それだけが、私の心に引っかかっていた。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。

 毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。


 次回は

 翌日、部室に入った舞華と柚月は、再び修羅場と化している部室に驚愕する。

 そして、整備の、イロハのイ、の作業を行います。


 お楽しみに。 

 


 

 

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