第15話 バイトと鉄の仮面

 私のバイト先は、家から少し山を登ったところにある甘味処に近いカフェだ。

 通学路の途中でもあり、家からも遠くないため、バイトをするにはぴったりの場所だ。


 幸い、店長も


 「女の子は危ないから、免許取ったんなら、車で来てね」


 と言ってくれているので、今回から車で行くことにした。

 さっきつけた水温計も、正常に作動してみるみたいで、75と表示している。高すぎず、低すぎずで良いんじゃない? これで、ブラブラしてる配線を隠して、綺麗に固定すれば完成でしょ。


 駐車場に入ると、奥のスペースへと行く。

 前から思ってたけど、このお店って、店舗の規模の割りに駐車場が広いよね。

 バイクや車の通勤がOKだったのも、私がここを選んだ理由の1つだった。ウチは、親が共働きだからね。迎えに来て貰うのは難しいんだよ。


 今日は、大学生の人たちが休みだから、駐車場には、店長のクリーム色のキューブしか止まっていない。

 その隣に止めると、裏口からお店に入って行った。


◇◇◇◇◇


 休憩時間になった。

 今日は、休日ということもあって、お客さんは多い方だが、日曜の午後って、案外この地区だとピークオフなんだよね。

 この辺って、避暑地的な感じだからさ。東京とかから来て、日曜の夕方には、渋滞もあるから東京に戻ってたいって、感じなんだよね。だから、午後3時過ぎると、正直暇になる。


 店長も休憩に入って来た。


 「今日から車なんだね」


 え!? はい、今日から車に乗って来てます。

 そうです。あの赤いスカイライン。車検証見たら30年も前の車なんですよね……さすがにボロいでしょ。


 「僕は、若い頃、あの車に憧れてたんだよ。高くて、結局買えなかったけどね」


 そうなんですか? へぇー、知らなかった。

 当時、GT-Rは出ていたけど、GT-Rなんて、高嶺の花で、なんとか頑張って、あのGTS-tタイプMを買おうと思ったんだけど、まだ当時ローンが48回までしか組めない上に、金利が高くて、どうにもならなかったから、諦めたんですか。


 代わりに中古でテッカメンを買った?

 はぁ、ちなみにテッカメンとは何ですか? R32の2世代前のスカイラインで、その中の最強版RSの終盤のモデルの事を指すんだ。

 その独特の顔つきから、鉄仮面と呼ばれてるんだ。へぇ~。


 えっ!? 今でも乗ってるって? でも、いつもキューブに乗って来てますよね……って、あれは、通勤用に奥さんの車のお下がり使ってて、自分のスカイラインは、晴れた休日しか乗らないんですかぁ……凄い。


 別に、昔は天気に関係なくいつも乗っていたけど、今は他に車があるし、古い車だから、そうしてみてるだけだって?


 私は、ちょっと、ここのところモヤモヤッとしていたことを、思わず店長に訊いてみた。

 長年、スカイラインに乗っている店長なら、何かしらの答えかヒントがありそうな気がしたからだ。


 私は、あの車との向かい合い方が、最近分からずに悩んでいること。

 柚月や優子に、私があの車の事を、あまりにも知らなすぎるって言われて困っていること。


 今の私は、運転して出かけられるって事で満足してて、そこに、室内灯がLEDになって、スマホの充電も出来るようになって、さっきスピーカーを交換したら、音が良くなって、それで満足なんだということ。


 でも、昨日、この車の足回りを見せられて、こんな凄いのが入ってるのに、そんな事をするのは違う、みたいな事を言われるし、じゃぁ、私は何をすれば正しいんだろうって、ちょっと自信が無くなったというか、何というか……と、思ったことを素直に話した。


 すると、店長は苦笑いを浮かべて言った。


 「それが、若い人の過ちなんだろうね」

 「えっ!?」

 「マイちゃん。そのスカイラインが新車だった頃のこの街って、どんなだったか知ってる?」


 店長に訊かれた。


 ええ、親からは聞いてます。

 なんか、原宿と六本木を足して2で割ったような街で、ディスコやホテル、ペンション、ファンシーショップや、お洒落なショッピングセンター、タレントショップが乱立していたって。

 週末になると、ギャルや、お洒落系女子と、それ目当ての、若い男の人でごった返して、駅前通りは人も車も大渋滞してたとか。


 「でも、今の状況は知ってるでしょ?」


 店長に訊かれて、頷いた。


 今の駅前は、閑散としている。

 ファンシーなお店の入っていた、パステルカラーのビルや、その周辺のお洒落なお店や、ホテルも今やみんな廃墟だ。

 ショッピングセンターも、長らく廃墟だったが、今は建物はそのままに工場になっているし、タレントショップも奇麗に更地になったか、他のお店に転用されている。


 駅前には、休日に観光客が来る以外は、地元の年配者が歩いているのみだ。ここに、週末ごとにお洒落な若い人たちが来ていたとは到底思えない。


 すると、店長が言った。


 「僕が、高校1年の頃、初めてオートバイに乗ってツーリングに来た頃は、静かでお洒落な、いい街だったよ」

 「えっ!? 店長って地元出身じゃないんですか?」

 「僕は東京出身だよ」

 「ええ~~!?」


 私は、店長の過去に衝撃を受けていたが、それが収まったのを見計らって、店長は続けた。


 この街は、高原のお洒落な街だったそうだ。

 山を楽しみに来た人や、別荘に来た人たちを相手に、品の良いお店が何軒かあり、ちょっと洒落たカフェやレストランがある程度の街だったそうだ。


 しかし、いつからか歯車が狂い始める。

 とあるファッション誌が、この街で、モデル撮影をしたのをきっかけに、競うように、他誌もこの街の特集を組んできた。


 若い女子たちが、この街を訪れ始めて、いつの間にか、この街に行くことがブームのようになってくる。


 すると、バブル景気に乗った、都会の不動産会社や、イベント会社が、広告会社やメディアと手を組んで、そこに集まった若い人たちに媚びた街に作り替えてしまったのだ。

 原宿などで成功した、タレントのお店を次々と誘致し、ディスコを作り、大きなホテルをオープンさせ、ショッピングセンターを作った。


 それを見た都会の人達も、一山当てようと、ペンションや、お店をオープンさせて、この街はいつの間にか『高原の原宿』『リトル原宿』などと呼ばれるようになっていった、ここは原宿ではないのに……だ。


 やがて、バブルが崩壊すると、ここに集まっていた若い人たちは、潮が引くようにこの街から姿を消していき、やがて、この街に来る人たちは、元の姿に戻っていった。


 しかし、その頃、街は膨張しきった若い人たちを受け入れる器を完成させてしまったのだ。

 そうなると、その器には、受け入れる人など、いなくなってしまった。

 気がつくと、1つ、また1つと、空の器が街に残されて、捨てられていってしまった。今や、ほとんどの空の器は、入れる物もない状態で、朽ちていっている……。


 「つまりは、そういうことじゃないのかな?」


 店長は言った。


 「えっ!?」

 「スカイラインとか乗ってるとさ、『速く走らないくせに勿体ない』とか、『走るための改造しなくちゃスカイラインじゃない』とか言われるのよ。特にケツの青いガキに。でも、その車は、そいつらの車じゃないでしょ? マイちゃんが乗る車なのに、マイちゃんのペースで楽しめないんじゃ、意味ないでしょ?」


 私は、店長から言われた事に嬉しくなってしまって、思わず頷いた。


 「外野の言いなりになってると、昔のこの街みたいになっちゃうぞ。都会の連中は、作るだけ作って、ブームが去ったら知らん顔で廃墟を残して消えてったでしょ。それと同じ。そのR32は、マイちゃんには、乗り辛くされた状態で残されるよ」


 店長は、ニッコリしながら続けて言った。


 「良いんじゃない。LED球だって、オーディオに凝ったって、それがマイちゃんのスカイラインなんだから。それに、勘違いしているやつが多いけど、GT-R以外のスカイラインの設計思想は、『速く走る』じゃなくて『快適に移動する』だからね」


 私は店長の話を訊いて、気持ちが軽くなると同時に、今までプレッシャーに感じていたあの車の存在が、とても身近になったように感じた。


 そうだ、自分にできる事、自分のやりたい事だけをやればいいんだ。

 店長は言った。


「僕は、この街が栄えていた頃、再びやって来てショックを受けた。あまりに変わってしまった街を見て。でも、その頃の自分を見て思ったんだ。『俺は、この街と同じなんじゃないか』って」


 訊くと、店長は、バブルの波に乗って、東京で我武者羅がむしゃらに働いたそうだ。

 そして、流行っているものには一通り手を出して、イケてる自分に酔っていたそうだ。


 当時の店長は、流行りのブランド物に身を包み、当時流行していた4駆に乗っていたそうだ。当時は、RAV4やエクストレイルのようなSUVは誕生しておらず、都会でパジェロやサーフ、テラノなどの4駆に乗るのが流行っていたそうだ。


 仕事と生活のストレスに疲れ果てて、久しぶりに癒されよう、と思ってやって来たこの街の変わりようにショックを受け、店長は、もう少し山深い所に入ろうとして、スタックしてしまったそうだ。


 その時に気付いたそうだ。

 今の自分は、人の意見に左右されて、中身のない人間になっているということに。折角の4駆も、全く使いこなせなくて、救出に来た近所のおじさんに


 「ウチのブルーバードでも、こんな所でハマらねぇぞ!」


 と、笑われてしまい、情けなかったそうだ。


 旅から戻った店長は、自分を見つめ直し、自分らしい生活を始めたいと思って、バブル崩壊後に移住してきたそうだ。

 その時に、4駆も手放して、自分が最も欲しかった車を考えた結果、スカイラインに乗りたかった事に気がついて、鉄仮面を買ったそうだ。


「僕は、むしろ憧れた立場として、いじり壊されていくR32とかは見たくないなぁ」


 私は、店長の言葉に本当に救われた。

 そして、明日からの部の活動方針も考えようと思えるようになった。



──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。

 毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。


 次回は

 週明けから始まった自動車部の活動。

 最初の活動は、部車R32の重整備だった。 そして、舞華が持ってきた参考文献が活躍? 


 お楽しみに。

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