第14話 納屋の中と段ボール
あぁ、昨日の優子にはマジで参ったよ。
あの後、車を元に戻してから、腰の抜けた優子を車の中に運び込んで、優子の家に送っていくハメになってさ……。
この辺のスピード狂は、兄貴のシンパだと思っておかないと、何処に地雷が埋めてあるか分からないね。
ちなみに、以前に訊いた話だと、兄貴は、ここいら一帯のスピード狂からは、伝説の人と
この辺の山道のタイム記録を、
そして、東京に行った理由も、プロとしてのお誘いがあって、それに乗る形での上京なだけに、彼らの中では、立志伝中の人となってしまっているのだ。
ただ、実際には、プロの誘いがあって、東京に行ったのは本当であるが、その活動も2年もしないうちにチームのメインスポンサーが倒産して、チームは活動停止となり、兄貴は移籍も出来ずに、自動車雑誌に記事を書くライターのバイトをしながら生計を立てていたが、向こうで出会った女性と恋をして、結婚を考えるに至って、サラリーマンになる事を決意し、就職したのだった。
兄貴は、デジタル機器音痴で、ネットも殆どせずに、情報発信をしていなかったことから、彼らシンパの中では、兄貴はまだ活動しているものだと思い込んでいる連中が多くて困るのだ。
さすがに最近は、家に押しかけてくる連中はいなくなったが、私も一時は、通学中に変な連中に追われたりすることがあったのだ……。
今度兄貴に会ったら、きちんと言っておかなきゃ、ちゃんとHP作るなり、SNSのアカウント作るなりして、沢渡遊馬は活動を停止し、一般のサラリーマンになりました……ってのと、今の自分の車の画像をアップするようにって……。
さて、今日は午後からバイトだけど、午前中にもう1度納屋をチェックしなくちゃね。
この納屋も、すっかり私のスカイラインの駐車場みたいになってるけど、ちょっと兄貴の置いていったものを整理しないと、なんか、バラバラになったバイクのフレームとかがたくさんあって、納屋が狭くなってるんだよ。
そして、思い出したんだけど、昨日、ディーラーの担当者が言ってた水温計って、私、見覚えあるんだよね。アレって、昔兄貴が持ってたはずだ。
独特の形してるから思い出した。兄貴が乗ってた車についてて、それで事故って車を捨てる時に、外して納屋に入れているのを見た記憶があるんだよ。
確か、緑色の封筒に入れて、何かの段ボールに入れて、納屋の棚の上の方に置いてた気がするんだよなぁ……って、アレじゃね? なんか『遊馬用』って書いてある段ボールがあるよ。
取り敢えず開けてみると、色々なメーターやら電子機器っぽいものが出てきて、どうやら、車に使う物を一纏めにしたようだが、私には何が何やら全く分からない。
今度誰かに訊いて、この車に使えるものは使って、使えないものはネットで処分しよう。こんな山の中だと、ブックオフとか、リサイクルショップなんて無いから、この辺の人たちは、見かけによらず黎明期からネットオークションを利用している。
爺ちゃんの世代ですら、常識のように20年来のオークションユーザーだ。
箱を漁る事5分ほどで、例の水温計を発見した。
それにしても、ブリキの箱みたいな外観で、角が尖りすぎていてちょっと危ないと思うんだけど……。
それに、ちょっとネーミングセンスがふざけてる。ウォーターテンプは良いとして、その前に自分の名前を『ちゃん』付けで付けるとは……。私には信じられない。
水温計はシンプルで、表示部分と太いコードがあって、そのコードの先がカプラーになっている。
スマホで検索したところ、そのカプラーをヒューズボックスの中にある『車両診断カプラー』というやつに差し込むだけで良いらしい。この、車両診断カプラーは、本来、故障した時に、ディーラーにある端末を挿しこむと、故障箇所が表示されるようになっている他、車両の現在のコンディションが表示できるようになっていて、この水温計は、それを応用したものなんだって。
へぇー、ふざけたネーミングセンスは別として、頭いいな、と思いながら、運転席右下のヒューズボックスを開けてみると、それらしいカプラーがあるので、挿しこんでみると、形状はドンピシャだった。
柚月から教わったけど、こういう物はまず、固定させる前に作動させて、動くかを確認してからじゃないと、綺麗にコードを隠して固定が終わった後で、接続して動かなかったりする事もあって、そうなると、かなり悲惨な目に遭うらしいよ。
キーを回してみる。
カチ、カチ……おおっ!黄色いデジタル文字の表示が出てきた。
20だって、20度って事かな? 取り敢えずは、後でバイトに行く時に走らせながらどう変化するかを見てみよう。
ついでにこの間のスピーカーも換えちゃお。
ドアを開けて窓を開けて、この間の要領でドアの内張りを外す。
あれ? この車のドアの内張りの前側の2つのネジにはキャップがついてるよ。部車のやつは、ネジが剥き出しだったような気がする。
これってどうやるのかな?と思ったけど、何となくマイナスドライバーで、えいってやったら、開いてネジの頭が顔を出した。
きっと、部車の方は、乱暴につけ外しを繰り返してたから、ここが取れちゃったんじゃないかな?
内張りの裏側って、結構埃だらけだね……って、ここって普通は外さないからね。無理もないか。雑巾が1回で真っ黒だよ。
内張りが無いと穴だらけだなぁ……ってのは、この間と同じだけど、なんで穴の上から厚い透明のフィルムみたいのが貼ってあるんだろう。
ちょっと調べてみたら、これは防水と防湿らしい。ドアの内側って、雨水とかが入り放題なんだね。って事は剥がさない方が良いんだね。
この車のスピーカーも部車と同じ位置にあるんだけど、結構ひどくね? 色は明るめの茶色なんだけど、一番外側の部分がボロボロで、ほとんど無くなってるよ。
スピーカー自体もネジで留まってるんだけど、なんか面倒だから、部車同様その下の取り付け台ごと外しちゃおう……って、このネジ、超固いですけど? 部車のやつは、あっさりプラスドライバーで回ったのにさ、こっちのは、ネジの山が潰れちゃいそうだよ。
なになに?ネジが回り辛い時で検索したら、浸透潤滑剤をかけてから大きめのドライバーで、体重を掛けながら真っ直ぐに回せって書いてあるよ。
納屋の中を探すと、浸透潤滑剤が出てきた。仰々しいこと言ってるけど、要は5-56で良いのね。たっぷりかけておこう。その間にドライバーを探したら、大きめのプラスドライバーも見つかった。
垂直に対してどうやって体重掛けるんだよって思いながら、思い切りドライバーを押し付けて回してみた。
「えいっ! 」
“パキッ”
回った。
この要領で4つ全部緩んだけど、他の3つも超固かった。
取り付け台ごと外して、配線を外す。なんか、カプラーで直接スピーカーにくっついてるから、これは純正品だね。
裏返してみると、部車の方は、スピーカーに繋いであるプラスとマイナスって書いた線が来ていて、途中で、カプラーの形になってる。
カプラーの形はメーカーや車種によって違うから、変換させるカプラーを買ってきてプラスとマイナスに繋いで、社外品のスピーカーは取り付けるらしい。……つまりは、この変換カプラーもお金取られるんだね。貰っておいてラッキーだった。
そして、文字が書いてあるんだけど、純正の方はMAX25Wって書いてあるのに対して、今からつける方は100Wだって、単純に考えて、これ1個で、この車の純正スピーカー1台分に匹敵するってこと? 凄くね?
ワクワクしながら配線繋いで取り付けてみた。
取り付けてみると、同じ形なんだけど、純正に比べて、カラフルな感じが良いよね。なんか、純正は段ボールみたいな色なのに対して、こっちは黒とオレンジで、コントラストがあって……って、内張りつけると見えないんだけどね。
よし、取り付ける前に音が鳴るかをチェックだ。
またキーを回して、アクセサリーにしてから、ラジオのスイッチオン!
おぉ~! 音が鳴ってるよぉ……って当たり前か。
そして、心なしか、こっちの方が、音に深みがあるような気がするよぉ。ただ、それは作業後の自己満足で、実際はどうだかは知らないけどね。
でも、助手席側のまだ交換してない方からは、音楽の途中でビビビとか、ザザザとか、いってるので、確実に違いは体感できるね。
よし、これで助手席側もやっちゃおう!
運転席で慣れてるから、助手席もネジが固かった以外は、あっさりと終わって、チェックも終了。内張りもつけ終わって、遂に作業終了だ。
すっかり夢中になって作業してたら、もうお昼だ。
ヤバい、お昼食べてバイトに行かなきゃ。
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■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。
次回は
遂に舞華のバイト先が登場。
舞華のバイト先とは一体?
お楽しみに。
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