第12話 ディーラー

 土曜日がやって来た。水野の紹介で、初めてのディーラーへとやって来たのだ。

 国道沿いにあるそれは、一般的な日産のディーラーだった。

 綺麗な建物に、ガラス張りのショールーム、中には新型ノートと、キックス、ルークスが置かれていて、いかにも新車を買うような場所だ。


 ディーラーって、ほとんど行った事ないんだよね。

 小学生の頃に、何度かエルグランドやマーチの定期点検について行かされたことがあるけど、キッズコーナーで遊ぶって歳でもないし、別に面白い物とかある訳じゃなく、女子には退屈な場所だったという印象しかない。


 それにしても、こんな昔の車に乗って行って良い場所なの? だってさ、並んでる車はみんな新車なんだよ。入って行ったら、そのまま追い出されたりしないの? 

 もしくは、こんなボロい車は処分して、新車に買い替えましょう……とか言われるんじゃないの?


 とても敷居の高い場所だが、入ろうか否かで迷って国道で止まる訳にいかないので、取り敢えず入っちゃおう!

 ちょっと奥に行くと『お客様駐車場』ってあるよ。きっとここだな。一応お客様って事になるのかな?


 私の車が入って来るのと同時に、建物の中からスーツ姿の人が駆けだしてきて、お客様駐車場の一番端のスペースで手を振ってるよ。

 あそこに入れろって事かな? いいのかな? 今日の私は何か買う訳じゃないのに……って、忘れるところだった。部車の鍵を買うんだった。一応買う以上はお客様って事でいいよね?


 凄いよ、ドアのところまで出迎えに来てくれるよ。

 出迎えに来た人を見ると、水野から貰った名刺の人だった。名刺に写真があったから一目瞭然だった。


 「話は伺っています。長年放置されていたこともありますし、エアフロも壊れていたそうなので、1度点検しましょう」


 応対に出た人について、建物の中に入ろうとして、駐車場を見ると結構スカイラインの数が多くて驚いた。

 R32も他に2台あったし、違う型のも4~5台いるよ。


 中に入ると、店内の人たちがみんなで『いらっしゃいませ』って言ってくれるんだけど、凄く恐縮しちゃうな……私、別に車買う訳じゃないのにさ。

 テーブル席に案内されちゃった。隣のテーブル席では、夫婦連れにカタログと見積書囲んで、商談の真っ最中なのに、私みたいなのが座っちゃっていいの?


 え!? 飲み物? 私にも出してくれるの? 結構種類あるんだね。それじゃあ、紅茶を頂きます。

 さっきの人がテーブルに戻ってきて、名刺を出して改めてご挨拶した。これから担当になってくれるそうだ。まぁ、ここ以外に持っていけそうな場所ないし、メーカーだから、任せておけば大丈夫でしょ。


 「大切に乗られていたのが、よく分かるR32ですね」


 って言われたけど本当!? あんなボロいのに?

 なになに、エンジンルームと、車底部を見れば、きちんと整備していたか、荒い運転していなかったか、大体分かるし、この握りがゴムの、スカイラインマーク入りの鍵を持っていることが、持ち主がいい加減な性格でない事を物語ってるんだって?


 ふーん。私は小さい頃から鍵無くしたことは無いし、ウチの家族って、みんなそうだよね。鍵置き場って決まってるしね。


 ……そうだ、思い出した。部車の鍵だった。頼んでおかないと。

 スマホの画像と、部車の車検証入れを出して鍵を依頼する。担当の人、分かってるねぇ……と言わんばかりの表情で、画像にある番号をメモして手早く発注した。

 え!? 握りがゴム製の鍵は1本1000円で、普通の鍵は2本で1500円なんだ。あの部車の鍵だから、数が多い方が良いでしょ。普通の鍵で。


 担当の人が言うには、万一に備えて、鍵の根元に打刻されてる4桁の番号を控えておくと、紛失したり、折れたりした時にスムーズに注文できるんだって。

 正確さで選ぶならホムセンで作る合鍵よりも、ディーラーに発注して、メーカーに作らせた鍵の方が絶対良いんだそうだ。

 確かに、あの部車の鍵の動きは酷いものがあったし、それに、ホムセンで鍵作っても500円くらいするでしょ、そう考えたら2本で1500円だったら安くね?


 待っている間、展示されている車を見たり、カタログ置き場にあるカタログを読んでみたりした。

 個人的には、キックスいいなぁと思うのよね。外観的にはヤリスクロスよりは好み。色も色々あってカラフルだし、ただ、うちじゃ買えないよねぇ……結構いい値段だし。諦めて、買ったつもりで乗ってみよう。

 うんうん、新車の特有のにおいがするなぁ。……そう言えば、この新車独特のにおいって、あまり人体にとってはよろしくない物のにおいらしいって、この間見たけど、なんか、それでもいいにおいに感じてしまうのは何故なんだろうなぁ……と思ったり、実際に使うつもりで、トランクの広さをチェックしたりしてみた。


 店内には、テレビや雑誌があって、待ち時間も退屈しない工夫がされてるけど、おいてる雑誌の内容が、仕方ないんだろうけど薄いんだよね。

 車の本が置いてあるのは仕方ないにしても、雑誌が地域の情報誌とか、ラーメンの食べ歩きだとか、今一つ微妙な内容だ。

 ファッション誌とか、写真週刊誌とかあれば面白いのになぁ……と思ってしまう。


 店内にはタイヤとかの案内も置いてあるよ。

 ディーラーは車だけじゃなくて、用品や、保険も取り扱ってるんだ。なるほどねぇ……なになに、ドライブレコーダーかぁ、これからの時代は必要だよねぇ……って、これからの時代は、全方位タイプと、後方タイプのダブルがおススメか、確かに、そう説明されると、必要性が分かるよねぇ。高いけど。


 あ、担当の人が戻って来た。

 途中経過を訊いてみるが、今のところ、大きなトラブルや予兆は見えてないけど、車検はやっぱり、ただ通しただけで予防安全的な事はしてない様子だから、今後の懸念点等は、チェックして伝えてくれるって。


 担当者の人曰く、ここのお店はR32のお客さんも結構いて、工場長も、サービスフロントの人も、店長も、結構年配の人たちは、その昔R32に乗ってた人ばかりだから、ノウハウも、整備の経験も県内ではトップレベルなんだって。

 下手にショップ? とかいう所に持っていくよりも、少なくとも壊したくないなら、ここに持ってきた方が良いんだって。なんで、そんなに自信持って言うのかと思ったら、この担当者、元々整備にいた人だったらしい。


 整備の仕事が無くなって営業に回されたのか……と思っていたら、自分で営業やりたくて志願してきたっていう異色の人なんだ。

 なるほど、だから水野みたいな偏屈そうなやつでも相手できるんだ。


 1時間少々で、点検は終わり、チェックシートを貰いながら、今後問題になりそうなところをピックアップして貰った。

 ・ブレーキパッドは前後ともそろそろ交換時期。

 ・プラグも距離的には、そろそろ交換しても良い頃。

 ・プラグに合わせてコイル? という物も交換した方が良い。

 ・タイヤも古いから、1年後くらいを目途に交換が望ましい。

 その他は概ねおおむね良好らしい。


 ただ、その他の所も、突然壊れたりする可能性があり、それは新しい車でも同じとのこと。

 何でもかんでも古いからと、一括りにせず、きちんと点検しながら乗っていって欲しいと言われた。……恐らく、水野が要らない情報を伝えたんだよ。ボロいから壊れるとか愚痴ってるとか……。


 車に向かいながら、担当さんに言われたのが、一部のメーカーやショップが出している車のコンピューターのデータから水温を表示する水温計を取り付けておくと、いざ故障の兆候が出た時に、何処に異常があるのかを表示してくれるので、あった方が良いという話だった。


 でも1万円以上するのか、高い。学生には痛い出費だから、一生縁ないかな……。  

 すると、たまたま整備に入っている違う車に、それがついているらしいので、見せてくれた。


 なにこの車。いかにもスポーツカーって感じの外観で、ライトが上がってくるタイプの車だよ。

 ドアの後ろの所に名前が書いてあるけど、なんて読むの? ひゃくはちじゅう?ワンエイティ?SXだって、その車の運転席の所に、小さな箱みたいなデジタル表示されているメーターがあって、それが、さっき言った水温計ってやつらしい。

 確かに水温らしき75って表示に交じって、一瞬E-14って表示が出てきている。恐らくEってエラーのEだろうね。


 ディーラーを出て、この間のホームセンターに寄ろうかと車を走らせていて気がついた。

 この車の走りが、以前に比べて軽快になっていることにだ。

 今日は全体的なチェックで、それ以外の作業は入っていないハズなのだが、私に体感できるほどになっているのだ。


 そこで、私は分かった事があった。

 きちんと整備できないところに車を出すと、お金だけ取られて車は調子を崩したままになるということを。

 そして、次の瞬間、私は思い出した出来事があり、家に帰ったらすぐに向かわなければならない場所が出来た。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。

 毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。


 次回は

 お昼に寄ったマックで、舞華は、とある人に出くわします。


 お楽しみに。

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