第8話 はじめての……
昼休みに水野を訪ねて昨日のディーラーの件を話すと
「了解した。あとで連絡しておく。土曜日でいいのか? 」
と言われて完了した。
「R32のような車に乗る人間の中には、ディーラーを毛嫌いする向きも一部あるんだが、やはり部品は、メーカーを通して新品を買わないと、需要無しで製造廃止の口実になるし、メーカーにモノ言うには、メーカーに仕事をさせないとな、と思う訳だ」
と水野は言っていたが、分かったような、分からないような複雑な感じで訊いていた。
放課後になると柚月がやって来て
「そんじゃ、行こっかぁ~」
と言うので、柚月のバイクについて行った。
すると、街の中にある自分の家に戻っていったため、窓を開けて
「何やってんの? 柚月の家で遊ぶの? 」
と言うと、柚月は苦笑いしながら言った。
「マイは、せっかちやな~。私だけバイクで行くなんて、つれないこと言うなや~……だよ」
と言うと、鞄を持って一度家の中に消えて行った。
柚月の家は、ちょっと立派な日本家屋で、敷地も広く、子供の頃からよく庭で遊んだりしたものだった。
昔、優子が池に落ちて、ちょっとした騒ぎになったよな~……などと、懐かしんでいて思い出したのが、この家には立派な車庫があって、凄い車が止まっていたのを思い出した。
それが何の車だったのかは、全く思い出せないけど、なにか凄い物だったような記憶だけは明確に残っている。……子供の私から見ると、とても大きくて真っ黒な怪物のような車。
思い出していると、ふいに助手席ドアがガチャッと開いて、柚月が乗り込んできた。
「せっかくの車なんだからさ。今までと違って、隣に乗ったりできるじゃん。一緒に行こうよ~。……はい、道場の冷蔵庫から持ってきたよ」
と言うと、両手に持ったスポーツドリンクのうちの1本を、私にくれた。
その時、私は気付いた。
この車、カップスタンド何処にあるんだろう……と。
必死に車内の至る所を開けてみたりするが、それらしきものは一切ない。
その様子を見た柚月が、苦笑いして言った。
「どうやら、マイのお兄さんは、付けてなかったみたいだね。じゃぁ、一緒に見に行こうかぁ」
「えっ!? 付けてないって!? そもそも最初から付いてるもんじゃないの? 」
私が言うと、柚月は苦笑いの表情のまま言った。
「昔の車には、カップホルダーなんて無かったんだよ。だから、色々なものを見に行こうよ」
と言うと、コンソールボックスを開けて、そこに2本のスポーツドリンクを入れると、道案内をはじめて目的地へと向かった。
この車での初めての国道だ。国道は、原付では恐ろしくて、ほとんど近寄ったことがなかったが、この車だと悠々と走ることが出来るよ……って、車だから当たり前か。
「気持ちいいね~」
柚月が天窓を開けて言った。
「柚月は、国道も走れたから良いけど、私らは、国道は命懸けだから、殆ど走ったことないんだよ……だから慣れないー」
私が返すと、柚月が言った。
「ねえねえ、コレ使ってるの? 」
柚月がさした先には、ラジオデッキがあった。
細かい使い方を知らないので、全く触れてもいなかったので言った。
「まったく使ったことない」
「そうだろうね~。今時、カセットデッキなんて持ってないもんね~」
と、柚月が言ったので、私は思わず言った。
「ええっ!? 」
「だってほら~、これはカセットテープの入口だよ~」
柚月は言うと、あちこちいじって、ラジオのスイッチを入れたようで、地元FM局の人気番組が聞こえてきた。
ラジオを聞きながら思った。こんな昔の車に乗ってるせいで、現代の音楽事情には程遠くなってしまうんだ……と。
いくらなんでも、カセットテープや、カセットデッキを用意してまで音楽を聞く気にはならない……。
「だったら、これも見てみればよくない? 」
柚月が言ったので、私は驚いて言った。
「コレ、変えられるの? 」
「うん。恐らく、今日は買えないと思うけど~」
そして私たちは、国道沿いの大型カー用品店に到着した。
確か、水野がエアクリーナーのフィルターが売っているところだって言ってたような気がする場所だ。
まずは店内に入ると、柚月に連れられて、そのフィルターが置いてある場所へと行った。
ただのスポンジ状の物なのに結構いいお値段しますなー……と思って見てると
「半年に1回替えるものだって考えれば、安くない? 」
と柚月に言われて、それもそうかと思って、まず予防安全にお買い上げ。
次に、カップホルダー? を見にカー用品の小物が置いてあるコーナーを見た。
へぇ~っと思ったのは、カー用品の種類の多さだった。
ルームミラーとか、ティッシュケースだとか、室内球をLEDに……とか色々だなぁと思っていると、柚月が言った。
「結構、カー用品の小物は奥が深いからね~。マイもハマると思うよ~」
ルームミラーはなんで売ってるのかと思ったら、標準のに被せて幅を広げてるのね。なるほど、それで死角を少なくするのか。
ティッシュケースは、買わなくても自作できそうかな、一応、女子だし、裁縫のスキルはあるからね。好みの布地を見つけてくれば。
お目当てのカップホルダーだ。……これもまた、色々あるのね。
車種専用とか言ってるのは、どうせ最近の車用でしょ……却下。
キャラものとかあるんだけど、無用に高い上に使いづらそう。個人的に、いかにも『女の子が乗ってます』的なのは好きじゃないんだよね。なんかいやらしくてさ。
だから、シンプルなのにしよう。エアコンの吹出口に付けて、細い缶と太い缶を自動でホールドする機能がついて、ちょっと深めにホールドできそうなのを2つ……と。
シンプルだから安いしね。どうせ高いのなんて、キャラクターの使用料だとかで高くなってるだけでしょ。
柚月が、引っ張る先にあったのは、ナビがずらっと並んでるコーナーだった。
へぇ~……ナビも売ってるんだね……って、あの車につくわけないじゃん!
え!? つくの? スペース的にも問題なく?
でもって高いじゃん! 一番安くても6万とかするし、高いのだと30万近くするよぉ……高校生の収入の範疇超えてるって。
えっ!? こっちだって? これがラジオとCDとUSBがつく一般的なオーディオだって? しかもブルートゥースにも対応だから、スマホの音楽も聴けるって?
へぇ~……結構高性能なんだね。
値段は、そりゃぁ私にとっては高いけど、これだけ機能があって1万しないってなると、安いよね。まぁ、バイトの給料が出た直後とかだったら、買えるかな。
会計を終わらせた後も、柚月とあちこち回っちゃった。
凄いんだね、カー用品の世界って。
今まではオイルとかタイヤくらいしかないものだと思ってたよ。用品店もさ、怖いおじさんばかりしかいないイメージだったけど、家族連れとかも多いし、お店も明るくて、私らでも楽しめそうだね。
柚月と2階にあるファストフード店でポテトつまみながら、お茶にした。
「どうだった? 」
柚月がニッコリしながら訊いてきたので
「こんな入りやすくて、色々な物があるとは思わなかったよ」
と、驚きながら言うと、柚月は言った。
「でしょでしょ~。ここは、この地域一番の規模だからさ。フードコートとか、ゲーセンとか、バラエティショップも併設されてて、退屈しないんだよね~」
「今度、ユイたちも連れてきたいね」
「取り敢えず、ユイが免許取ってからかな? ほら、マイの車だと1人乗れないからさ」
「そうなの? 」
柚月は苦笑いしながら言った。
「車検証にも書いてあるけどさ、R32の2ドアは4人乗りだよ。4ドアは5人乗りだけどね。マイの車の後ろの席、真ん中にシートベルト無いでしょ」
後ろの席になど全く目が行ってなかった……。
その様子を見た柚月が
「まずは掃除から始めた方が、いっかなぁ……」
と言うと、私の手を引っ張って再び売り場へと戻って行った。
今度は、洗車用品のコーナーへとやって来た。
「マイは、自分の車の洗車の仕方、知ってる? 」
「全然」
「じゃぁ、汚れてきたら、どうするつもりだったの? 」
「庭の水道にホース繋いで、庭のたわしに台所の洗剤をつけて洗おうかと」
「マイのバカー! 」
柚月に思い切りツッコまれてしまった。
柚月のツッコミは、正直、結構痛い。普通に喰らうと青痣が出来るほどだ。
「たわしなんかで擦ったら、塗装が剥げちゃうでしょー! それに、台所の洗剤はお皿を洗うもので、車を洗うものじゃ無いの! 」
「そうなの? 」
柚月曰く、車には専用のシャンプーがあり、それで洗った後で、ワックスやコーティングをかけるのが一般的だそうだ。
しかも、そのシャンプーやワックスも、白用と、濃色用、パール、メタリック用と別れているそうだ。
「マイのはパールの混ざった赤だから、パール、メタリック用だからね! 」
柚月に念を押された。
はぁ、車ってめんどくさい。……私の原付なんて、いつも台所の洗剤で洗ってたのになぁ……。
拭き取りの雑巾は、家にあるとしても、シャンプーにスポンジ、室内のクリーナー、コーティング剤……結構すぎるお値段だよぉ~……だから車ってめんどくさいんだよぅ。
そう思っていた時だった。
「他に、ここで見ていくものある? 」
柚月が不意に言ったので
「さっきのオーディオの値段をもう1度確認しておきたいかな、バイト代出たら、買いたいしさ」
と言うと、柚月はさっきのコーナーへ行き、パンフレットを取ると、私が見ていた機種を確認すると、ボールペンを取り出して丸印を付けて、脇に価格を書き込んでから、私の手を取ると言った。
「マイ、それじゃぁ次、行こ」
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■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。
次回は
柚月は、カー用品店にとどまらず、次の場所へと舞華を連れて行く。
お楽しみに。
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