第7話 拘りとホームドクター

 部室を後にすると、私は歩きながら柚月に言った。


 「どういうつもりなの? 」

 「え~!? 別にぃ~、面白そうじゃない? できたての部だしぃ、水野はめんどくなさそうだしぃ、放課後みんなで集まって、遊べるじゃん! 」

 「でも、私ら3年だし、今更部活って時期でもないでしょ」

 「でもさ~。私らのグループって、ほぼ推薦確定でしょ。まぁ、ダメでも私らの学力だと、国立じゃなきゃ余裕でしょ」

 「う……」


 柚月は、おっとりした口調と、空気読まない行動に騙されがちだが、結構観察力が鋭く、物事の本質をしっかりと捉えている。


 確かに、私らのグループに関して言えばそうなる。みんなが近くの大学に進学するが、特進クラスの上位にいる私らは、ほぼ推薦が確実視されているし、仮に外れたとしても、一般受験でも確実にA判定をモノにしているので、必死に受験勉強する必要はない。

 本当は、私は東京の大学に行きたかったが、お母さんから


 「ウチにはお金がないの! お兄ちゃんだって地元の大学なのに、舞華を1人暮らしさせて学費払うなんて、とてもじゃないけど出来ないから! 」


 と言われて諦めたのだ。

 別に、東京に行ってまで、したい勉強や、叶えたい夢がある訳ではない事をお母さんに見抜かれていた、というのも、反対された理由だった。


 ちょっと、そのことを思い出して、下を向いていたところ、柚月が振り返って言った。


 「じゃぁ、決まりね~。ユイと私も、来月には免許取れるし、6月には、悠梨と優子も取れるから、一挙に活動が本格的になるでしょ~」


 柚月はニコニコしながら、駐輪場へと向かって行った。


 「じゃ~ね~、マイ。明日から楽しみだね~」


 と言うと、駐輪場の中へと姿を消して、1台のバイクに跨って颯爽と去って行った。


 柚月のバイクは、私のバイク以上に凄まじいものだった。

 家にあったバイクを使えとのことで、柚月だけは私らの中で唯一原付でなく90ccのバイクなのだ。


 そして、新聞配達や、お蕎麦屋さんなどが乗るような出で立ちのバイクなのに、ホンダのスーパーカブ? ではなく、あまり見かけない、ヤマハのメイトとかいうバイクなのだ。

 私なら、そんなバイクで通学しろと言われたら、我慢して、ただただ通学に使うのみで済ませるが、柚月は、与えられたものでも楽しみながら使う派の人間で、あちこち手を入れて楽しんでいるのだ。


 速さは、元々50cc対90ccなので私らでは勝負にならない速さだが、同じ90ccや、カブの110ccよりも速く走れるように改造を施したり、ライトをLED球にしたり、サイドをデコって可愛らしくしてみたり……と、とにかくただの移動手段として以上の楽しみを見出しているのだ。


 柚月曰く


 「だってさ~、文句言ってても状況は変わらないし~、せっかく乗るんだったらぁ、楽しく乗らなきゃ勿体なくない? 」


 だそうで、私にしてみると、それに掛ける労力が無駄な気もするのだ。


◇◇◇◇◇

 

 家に帰ると、お母さんに訊いた。


 「あの車の車検、何処に出したの? 速攻で壊れたんですけどー」

 「えっ!? ああ、まともに出すとお金がかかりそうだから、職場にチラシが入ってた、格安のところよ。引き取りに来た上に、洗剤もくれてね……」

 「マジかよ……そこが変な事したせいでエアフロ? とかいう部品が壊れて車が止まりそうになっちゃったんだからね! 」


 お母さんは、ふと考えるような仕草をすると、言った。


 「だったら、舞華が代わりに見てくれる所、探しなさい。あの車は中古車だから、今までの付き合いってのがないのよ」


 出たよ。いざとなると丸投げかよ。

 素人で知識のない私に、探してくることなんて無理だって分かってるくせに、こういう事をいつもするんだよコイツはさ、マジムカつく。


 「どうしたの舞華? どうせ『いつもいつも無茶振りしやがって、芙美香マジムカつくー』とか、思ってるんでしょ」


 お母さんがニヤリとしながら言ったので、無言で首を横に振った。


 「そう、去年までお爺ちゃんが見て貰ってた近所のモータースも潰れちゃったからね。麓の方に行くしかないんじゃないかと思うわよ」


 お母さんが、まともなアドバイスをくれたが、何故家に日産車が他に2台あるのに、そこで見て貰わないんだろう? という疑問は最後まで尽きなかった。


 部屋に戻ると、ふと思い出した事があった。

 そう言えば、水野から『ここを訪ねると良い』とか言われて名刺を貰ってきたんだっけ……と、生徒手帳を取り出すと、裏表紙の折り返しに挟んだ名刺を取り出した。


 すると、そこには『日産プリンス』の文字と麓の街の住所が書かれ、担当者の写真の入ったものだった。

 あれ? 普通のディーラーだね。てっきりあの水野の事だから、山奥にある怪しいガレージで、髭面の偏屈なオヤジが1人でやってる店かと思ったら。


 念のために家の2台を買ったところを確認すると、『日産』ではあって、『日産プリンス』ではないようだ。

 なるほど違うディーラーらしいが、どうもスッキリしないので、調べてみる。

 ……正直、ここまできたら徹底的に調べて、お母さんの鼻を明かしてやらないと。


 ふと気付くと、いつもこのお母さんの挑発に乗せられているような気がする。高校受験の時も、気がついたら2ランクも上の学校を受けることになっていたし、特進クラスに入った時もそうだった気がする。

 あの芙美香にいつも乗せられてる気がするんだよね……。


 ふむふむ、調べてみると販売チャンネルの1つらしい。

 元々は日産ではなく、プリンス自動車という独立したメーカーだったけど、経営難に陥り、国の後押しで日産に吸収合併されたそうだ。

 その際の代表的なブランドが、スカイライン、グロリア、クリッパーなど……らしい。


 あれ!? となると、スカイラインって、元々日産のブランドじゃないってこと? ……知らなかったよぉ。

 そして、クリッパーって、爺ちゃんの軽トラだったような気がするぞ。爺ちゃんめ、あの車は三菱製だとか言って私を騙してたな!


 さらに調べていくと、高級車グロリアは合併後、1世代続いた後で、日産側の高級車セドリックと姉妹車に、その後、セドリックと共に2004年にフーガと改名されて消滅。

 クリッパーは元々軽トラじゃなく、普通トラックで、合併後やはり1世代続いた後、日産側のトラックであるキャブオールと姉妹車になった後、キャブオールと共にアトラスという名前に改名されて消滅。2003年に軽商用車として復活……って、スカイライン以外みんな討ち死にしてんじゃん!


 今でこそスカイラインはどこの販売店でも買えるけど、2005年まではプリンス店の専売車種だったのか。

 なるほど、水野がここに行くように言った理由が分かったぞ、古いR32?の場合は、プリンス店の方が圧倒的にノウハウがあるからだ。


 よし、これで理論武装はバッチリだ。これでお母さんのところに行って来よう。

 ここまでしっかり調べて理論立てていけば、さすがに私の調査力に脱帽するだろう。


◇◇◇◇◇


 なんだ、すんなりといき過ぎて面白くなかったな……。


 「じゃあ、今度の週末にでも行ってらっしゃい。取り敢えずはしっかりと見てもらうだけ見て貰ってくるの。作業は、今度検討しますって言って帰ってくるのよ! 」


 だって。

 いきなり来て、見て貰って帰ってくるだけの客って、どうよ? そもそもそんなの客って言うのかな?


 まぁ、そんなこと言ってても仕方ない。

 気が進まないが、明日も水野のところに行って、今の件は訊いてみよう。

 もしかすると、事態が好転するかもしれないし。


 ベッドに横になってそんな事を考えていると、スマホの着信音が鳴った。この音はLINEだな。

 起き上がると、机の上にあるスマホまで行って見ると柚月からで


 「今日はマジ面白かったね~。ところで明日の放課後空いてる? 」


 だって。

 明日は、この件で水野に会うくらいの用事しかないから、気分転換に、柚月につき合うとするか。

 柚月にOKを返信すると再びベッドに横になった。



──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。

 毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。


 次回は

 柚月に誘われて、放課後一緒に出掛けることになった舞華。

 柚月に案内された先とは?


 お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る