第3話 坂道と一番乗り
ついに始まった。
土日が明けて、このスカイラインを通学に使う日が始まりを告げたのだ。
朝、いつもより少しだけ遅く出られる喜びを噛みしめる。
都会なら、車より原付の方が早く到着することもあるだろうが、ウチの地元じゃ、そんなことはあり得ない。
渋滞もないし、それに何より、ここら辺は、日本一と言っていいくらい勾配のきつい山道だらけなのだ。原付がどんなにエンジンに悲鳴をあげるほど、本気でアクセルを開けても、制限速度まで出ないのに対して、車なら全然違う。
家を出て、通りに出る。
市街地を抜けた直後を曲がった先が例の区間だ。
ひたすら急な上り坂が2キロ続く。私が入学時に自転車通学を諦め、原付免許が取れるまで、40分早く家を出てバス通学をした痛恨の思い出のある忌々しい上り坂だ。
爺ちゃんの軽トラでこの坂を上る際は、夏でもエアコンを切られてしまう。
爺ちゃんが言うには
「ここは、命懸けて上る所だ! 」
だそうだが、車でも命懸けのところなのだ。
爺ちゃんの教えの通り、2速のままで平坦路を加速、その勢いを乗せたまま、アクセルを踏み込む。
おおっ!? おおおおっ!? 速い、速いぞこの車。
なんかグイグイと引っ張られているかのような感覚で、坂を上がって行くぞ。なんか、もう3速でもよくね? ということで3速に入れるが、それでも加速は止まらない。
なんか、ドカーンみたいな感覚で、物凄い勢いで、今度は後ろから押されてるような感覚が襲ってきて、なんか凄い感じなんですけど、この感覚、一体ナニ?
ようやく余裕が出てきてメーター見たけど、結構なスピードだったので、慌ててアクセルから足を離す。
それにしてもこのメーター、盤面だけ濃い青でちょっと微妙な感じ、全面同じ色でよかったのにね。
学校に到着した。
今日からは、駐輪場じゃないので、校門をくぐると、駐輪場脇のさらに奥のスペースまでゆっくり通過していった。
一応、校内は時速8キロ制限だからだ。ぶっちゃけ、8キロなんて、プリウスとかのメーターじゃないと表示できないじゃん! とは思うのだが、だからって20キロで走ったら怒られるでしょ。
駐輪場を利用するみんなが見てる~。
なにせ、今年の4輪通学者一番乗りだからね。毎年、この瞬間は注目されるのよぉ~……良かった4月生まれで。
まぁ、車がイケてないのは私的にちょっと残念なポイントだったけど……取り敢えず、この一番乗りの状況を、記念撮影しとくんだ。
一番乗りだからこそ、校舎に一番近くて、体育館の庇の下で雨も直射日光も当たらない優位置が確保できるのがメリットだ。
それにしても、駐車場の入口まで、下級生の男子がやたら群がって来てるのが気になる。……そんな、4輪通学の一番乗りが、美少女の私だからって、そんな追いかけて来なくていいのよぉ……って、私の方はスルーかよ!
教室に入ると、いつもの教室だった。
そりゃぁ、通学の手段が変わっただけなので、そんな注目して見る事もないか。
いつものグループに固まって他愛のない話が始まる。
「おはよ~」
「はよっ! マイ、今日から車でしょ、見たよ~」
いきなり喰いついたこの娘は、
基本的に誰にでも仲良く接して、どんな状況でも雰囲気を明るく持っていってくれる貴重な存在だ。
「でも、兄貴が納屋に置いていった車だよ。マジ勘弁なんだけど~。まだ色が赤っぽいから乗ってられるけどさ、紺色とかだったら最悪なんですけどー」
「良いんじゃない? だってさ、逆にお金かからなかったんでしょ? 」
今、話しかけてきた娘は、
柚月に比べると、ちょっと暗く感じてしまうので、人によっては、柚月がリーダーと勘違いされたりもするが、話は面白いし、頭も良いし、リーダーシップは間違いなく上だ。
「まぁ、それはそうなんだけどさ……」
「マイは、兄妹いるから良いじゃん。私の場合は、買わなきゃ……だよ。ウチも両親とも、通勤に車使ってるしさ……」
「でも、30年も前の車だよー。いつ動かなくなるか分からないしさ」
「うわっ! きっついね~」
私が、不満を言うと、柚月がノッテきて、その場はそれで終了となった。
私は気になることがあったので訊いた。
「あれ!? あとの2人は? 」
「
結衣が答えた。
バイク通学が認められている反面、当然のことながら法規違反の行動には滅法うるさいのが、この地方の学校の特色で、我が校も例外ではなく、他校と合同で、教職員による張り込みや、自主ネズミ捕りまで行われているのだ。
「じゃあ、あの2人、しばらくバイク通学禁止だね」
「マイが迎えに行ったら? 」
結衣が言うが、私は言った。
「バイク通学禁止者の乗り合いは禁止だったはずだよ」
「ユイ、やるなぁ~。マイも陥れて、3人ともバス通学にさせようとは~」
柚月が茶化した。
「忘れてただけだっつの! ユズのクズ、マジムカつく! 」
2人がもみ合いになる様子を見ながら、私は、鞄の中から出したものを結衣の方へ差し出した。
「なに!? 」
「なにって、免許試験の対策本。だって、結衣は5月の終わりでしょ。約束してたじゃん」
「そっか……ありがと」
結衣は、それを受け取ると、再び柚月に襲い掛かった。
◇◇◇◇
もうすぐ放課後なんだけど、今日1日を通じて、あの車に妙に注目が集まっている気がする。……それも、特に下級生男子に。
移動教室で、他学年の場所を通るたびに
「おい! あれサンニーだぜ、マジかっちょえー! 」
とか、いう声が聞こえてくるのだ。
どうやら、共通なのはみんな
『サンニー』
と呼んでいることだ。あの車はスカイラインなので、もしかすると何かの愛称か、あだ名のようなものなのだろう。
……分からない。
あんな古臭くて、重たくて、低い車のどこが良いんだろう?
分からないが、とにかく今日は疲れちゃったので帰ろう。
みんなとも今日は特に約束もないので、生徒用の駐車スペースへと急ぐ。
まだ1台しか止められていないスカイラインの前に立つと、鍵を出して挿しこむ
“パチッ”
あぁぁー静電気だよ、ムカつく!
この車が今時、鍵挿して開けるタイプだから、こんな目に遭うんだよぉー!
ムカつきながら、怒りに任せてドアを開けると、荷物を後席に投げ込んだ。
その時だった。
背後から声がしたのだ。
「ちょっと待って」
私は、その声の方向に振り返った。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
次回は、舞華の前に現れた謎の人物とは?
そして、舞華の身にR32の洗礼が降り注ぐ。
お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます