第15話 顔にではない。心にイケメンを持て。


「じゃあ、宝山院くん。私、隣の教室で、友達と喋りながら待ってるから、隠川くんとの話が終わったら、迎えにきてね!」


 スカートを翻し、手を振って、教室から元気に出ていく安良岡さん。

 その姿を彼氏である宝山院くんが手を振って見送っていた。

 一通り頭を撫でられていた俺は、その二人の邪魔をしないように、気配を薄めた。


 大体5分ぐらいだろうか。

 俺はずっと安良岡さんに頭を撫でられていた……。

 なんというか、明るい子だった。自然な感じで俺の頭を撫でてくれた。


「ごめんね、隠川くん。みずさちゃんが頭を撫でて」


「あ、いや……こっちこそ、ごめん……」


「いいっていいって。……まあ、よくはないけど」


「!」


 拗ねたように言う宝山院くん。


 ……やっぱり怒っている。


 でも、当たり前だ。

 自分の彼女が、他の男子の頭を撫でたら、普通は嫌だ……。

 もし、俺だったら、嫉妬で狂ってしまうと思う。悪夢にも見ると思う。


「まあ、でも、それがみずさちゃんの選択なら、僕は甘んじてそれを受け入れるよ」


「宝山院くん……」


 首の後ろをさすりながら、キラッと白い歯を見せた宝山院くん。


 ものすごく余裕がある気がする……。


 爽やかだ。これが本物のイケメン……。


「それでもやっぱり、落ち込んではいるんだけどね……。僕にはみずさちゃん、絶対にあんな風に撫でたりしてくれないし、逆に僕が撫でる側だから……」


 さらっと、のろけを入れてきた宝山院くん。

 少し照れてるみたいだ。

 彼女との、エピソードを語ってくれる。


「あのね、僕が撫でてほしいって言っても、キモ! って言われて、甘えないで! って言われるんだ……。はは……っ、大変さ……」


 そう言いつつも、彼は若干嬉しそうだった。


 余裕がある。

 宝山院くんもだけど、彼の彼女の安良岡さんもそうだった。

 お互いに信用しあっていて、お互いのことだけしか見えていないというか。


 これがカップルというものか。

 嫉妬をする暇もなく、なんだか関心すらしてしまう。


「さてと。それで隠川くん、他にクラスのことで何か心配なことはないかな?」


 彼女さんが来る前にしていた話に戻してくれる宝山院くん。

 こういう気遣いがサラッとできるから、彼はイケメンだ。


 しかし、だからこそ、だ。


「ううん。もう大丈夫だよ。ありがとう、宝山院くん」


「そ、そうかい?」


「うん。宝山院くんのおかげで、助かったよ」


 俺はそう言ってお礼を言った。


 もう十分だ。すでに色々教えてもらった。それだけでも、十分すぎるほど助かることだった。

 だから、もう大丈夫だ。俺は彼に元気をもらった。これ以上俺に時間を使わせて、彼女さんとの時間を邪魔するわけにはいかない。


「明日からもよろしく。宝山院くん」


「う、うん。ありがとう、隠川くん」


 俺たちは握手をする。

 俺は熱いものが込み上げていた。


 彼と喋ったおかげで、こっちまでイケメンになったと錯覚できる。


 多分今の俺は、キリッとした顔をしていることだろう。




 ******************




(か、かなり緊張した……)


 隠川くんと別れ、一人教室を出た僕は、廊下で強張っていた体から息を吐くように呼吸をした。


 僕の名前は、宝山院秀一郎。

 クラスの学級委員長をやっていて、今日は放課後の教室で隠川くんと過ごした。


 久々に学校に来た隠川くんは、去年の五月から、学校を休んでいたとのことだった。

 去年の僕は彼と別のクラスだったから、今日こうして喋ったのは初めての会話だった。


 それが、かなり緊張した……。


 隠川くんは……かなりのイケメンじゃないか……。


 僕は昔から思っていることがある。

 それはイケメンはどこからやってきて、どこに向かうのだろう……と。


 色白で、美肌。纏っている雰囲気が、どこか常人とはかけ離れている風に思えた隠川くん。

 悟りを開いたようなあの感じ。彼は学校に来ていない間、一体どこで何をしていたのだろうか……。


 実は僕は、イケメンが苦手だ。

 イケメンなんて、基本的に性格は悪いし、自分勝手な人が多い。

 だけど、隠川くんに対しては、そんな気持ちを抱くことはなかった。


 やっぱり隠川くんは、どこか普通の人とは違う感じがする。

 物静かで、文庫本片手に読書をしているのが、似合いそうな雰囲気の爽やかな見た目の隠川くん。


 物腰は柔らかで、会話がしやすくて、言葉を交わした感じだと、彼はいい人だった。


 今の僕は、学級委員長をしている。その肩書きだけ見れば、青春を満喫している風に見えるだろう。

 あと、今の僕はイケメンだと思う。鏡を見るたびに、そう思うようにしている。


 だけど……本当は全然違う。

 つい一年前までの僕は、おどおどとしていて、まるで空気のような存在だった。


 そんな僕は当時同じクラスだったみずさちゃん、フルネームは安良岡(やすらおか)みずさちゃんに話しかけられて、色々あって気持ちを伝えることになった。


 その結果、僕は一瞬で断られた。


『ごめん、ちょっと無理!』


 そんな風に、はっきり「無理!」と。

 木っ端微塵に、僕はお断りをされてしまった……。


『だって、宝山院くん、男っぽくないんだもん! 私、付き合うならリードしてくれる人がいいの! 今の宝山院くんは、ちょっと無理!』


『じゃあ……僕には無理だ……』


『ほら、そう言うところ! すぐに諦めるところ! なんで、そうなるの? 今からでも、男っぽくしてみなさいよ! ……っていうか……ううん、ごめん。やっぱり付き合おっか』


『……え、……いいの!?』


『うん。まぁね。よく考えたら、私も宝山院くんのこと、なんか気になってたし、こうなったら、付き合ってから、私がとことん男っぽくできるようにしてあげる。でも、いい? 生半可な成果しか出せないなら、その時は速攻で振るから忘れないこと!』


『う、うん!』



 しかし、それからの日々は過酷だった。



 何度、怒られたことか。


 そして一年が経ち、今の僕がある。


『いい感じね! さすが私の彼氏。今の宝山院くん、とってもいいと思う!』


『ほんとかい!?』


『うん!』


 みずさちゃんが褒めてくれる。それだけで幸せだった。


 僕はそのためにも、背筋を伸ばし、身につけるものに気をつけて、ほどほどのオシャレを意識する。

 全部、みずさちゃんに教わったものだ。


「……でも、しんどい……」


 自分でも変われたと思う。……でも、時々しんどいとも思う。


 誰かと喋り終わった後とかは、どっしりとしたものを感じてしまう。

 元々、僕は誰かと会話をするのは苦手だから、こればっかりはどうにもできそうにない。


 さっき隠川くんと喋っている時も、ずっと体が強張っていた。

 隠川くんは、オーラがある。喋っているだけで、何度どもりそうになってしまったことか。


 きっと、隠川くんは自信があって、こんな風に情けない気持ちにはならないんだと思う。


 なにより、みずさちゃんが隠川くんの頭を撫でた時、僕は口から魂が抜けてしまいそうだった。

 僕の頭は撫でてくれないのに、隠川くんの頭を撫でるなんて……。


 僕、悲しい……。

 泣きたいよ、みずさちゃん……。


「い、いや……だめだ。こういうところが、女々しいんだ」


 みずさちゃんは言っていた。


 顔にではない。


 心にイケメンを持て、と。


 そんな僕の目の前に、隠川くんというイケメンが現れてくれた。


 そして、さっきの別れ際に、僕は彼と握手をしてしまった。こっちまで元気を貰える握手だった。


 それだけで、僕にも自信が湧いてきた。なにより、あの時の隠川くんの顔。光っている瞳で僕のことを見てくれて……あの目はずるいと思った。男の僕でも、少し心臓の鼓動が早くなってしまう瞳だった。


「……僕も見習わないと」


 僕は隠川くんのことを思い出しながら、気合いを入れる。


 そして窓の外に見える夕日に手を伸ばしながら、髪の毛をかき上げて、爽やかさを意識しながら歩きだすのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る