第13話 私の名前も知っててくれてる!


「あっははははははっ! あ〜、お腹痛い! 学校に来るだけで、職員会議を長引かせるって、もぉ、ほんと、隠川くんはすごい」


 職員会議が長引くことになった件について俺が謝ると、担任の先生が大笑いしていた。

 どうやら本当に、朝の通学路での出来事のせいで、職員会議が長引いてしまったとのことだった……。


 一応、怒られたりはしなかった。

 先生も気にしなくていいよ、とは言ってくれたから、俺は改めて謝るとそのまま授業を受け始めた。




 そして、昼休み。


「ねえねえ、隠川くん! 私のこと、覚えてる!?」


「去年一緒のクラスだったけど、どうかな!?」


「あ、うん……覚えてる」


 現在、自分の席に座っている俺のそばには、数人の女子生徒が集まっていた。


「あ! うちも仲間に入れてよ!」


「私も一緒のクラスなんだし、隠川くんと仲良くしたい!」


 そう言って、他にも女子生徒たちが俺のところへと駆け寄ってきてくれる。


 最初は、二人組のクラスの女子だった。

 その子達が、四時間目の授業が終わり、教科書の片付けをしている俺に話しかけてくれて、緊張しながらも俺がなんとか返事をしていたら、こんな風に他の女子たちも駆け寄ってきてくれた。それがきっかけで、俺を中心として、教室にいるクラス中の女子たちが集まってくれていた。


 これは、気を使ってくれているんだと思う……。


「ねえ、隠川くん、授業分からないとこあった?」


 俺の前に立っている女子生徒がそう言って、気にかけてくれる。


「あ、ううん……今のところは大丈夫かな……。ありがとう、恋水さん」


「え!? 私の名前、知っててくれたの!?」


「うん……一応は……」


「嬉しい! 隠川くん、めっちゃいい人!」


 ぱぁっと明るい顔になる恋水さん。

 おしゃれな髪留めをしている子だ。


 登校するにあたって、一応クラスメイトの名前は暗記していたから、顔と名前はなんとなく分かる。


「じゃあ、私は私は!?」


「「「うちの名前も分かる!?」」」


「あ、うん……。竹鳥さんと……時雨さんと……紅野さんと、瑠璃川さん」


「「「私の名前も知っててくれてる!」」」


 他の女子生徒たちの名前も言うと、教室内が大騒ぎになっていた。


 その声と共に甘い香りが香ってくる。香水の匂いとか、シャンプーの匂いとか、柔軟剤の匂いとか……。学校にいるんだという匂いだ。俺は緊張で汗をかいているから、なおさらそれを気にしてしまう。


「ていうか、隠川くんって、去年と大分印象変わったね! 肌めっちゃ白くなってるし、ちょー綺麗! 顔もめっちゃかっこよくなってる!」


「そ、そうかな……?」


「そうだよ! きめ細かいし、ちょっと、触らしてー」


「私も〜」


「あっ」


 不意に伸びてくる女子の手。

 さらさらとした指先が俺の頬に触れて、つついたりしてくる。


 他の女子たちも席に座っている俺を囲んでいて、ぺたぺたと俺の顔に触れはじめた。


 そして俺はというと、いっぱいいっぱいだった……。

 久しぶりの登校。今までこんなことなかったというぐらいの、女子たちとの数人同時の会話。

 緊張で返事をするのだけでやっとで、多分、たどたどしい話し方になっていると思う……。


 と、その時。


「あ、そうだ。隠川くんはちょっと職員室に来るように」


 教室のドアが空き、そう言ったのは担任の先生だ。


「ちぇ〜、もっと隠川くんとお喋りしたかったのに〜。じゃあ隠川くん。またあとでね」


「「「行ってらっしゃいっ」」」


「う、うん。ありがとう……」


「「「きゃ〜〜〜! ありがとうだって! 可愛い〜〜!」」」


 俺はそんな風に女子たちに見送られながら、職員室へと向かうのだった。



 * * * * * * *



「あ、来たわね。それじゃあちょっと移動しよっか」


「は、はい」


 職員室へとやってきた。

 俺は先生に連れられて、職員室の端っこにある椅子に座って、先生と対面した。

 この場所は、生徒と教師が何か話がある時に使用される椅子だ。


 担任の先生は女性の先生だ。

 大人っぽい顔つき。スーツを着ている。ロングで、薄く明るめの色で染められている綺麗な髪。それが片方だけ耳にかけてある。


 ちなみに、去年の担任の先生も、この先生だった。

 繰り上がりで今年は三年生の担任をすることになったそうで、俺のことを受け持つことになったそうだ。


「とりあえず、隠川くんはよく学校に来てくれたね。先生、嬉しいな」


「その節はご迷惑をおかけしました……」


「あ、ううん。迷惑なんかじゃないわよ。今日も学校に来る前、電話をしてくれたりしたでしょ? 隠川くん、そういうとこ、しっかりしてるもんね」


 担任の先生はそう言うと、柔らかく笑っていた。

 一応、登校前に電話はしておいた。


「それに、久しぶりの学校で大変だと思うけど、成績の方も問題ないみたいね。今日授業があった先生にも聞いたけど、評判良かったよ。小テストも90点台だったってね」


 先生がそう言って、プリントをデスクに並べる。


 今日の授業中、国語と歴史の授業では小テストが行われた。


 プリントの点数欄を見てみると、そこに書かれているのは91点と90点の数字。


 ・隠川ともお。


 国語 91/100

 歴史 90/100


「隠川くんは、進級の時に受けたテストも高得点だったし、家で勉強してたのよね」


「はい……。一応は……」


 教科書を丸暗記したりしていた。

 繰り返しで何回も読んだり、書き取りもしたりしていたから、一応内容は頭に入れておいた。


「でも、理科と科学と英語はちょっと苦手みたいね」


「す、すみません……」


「ふふっ。いいのいいのっ。苦手科目があるのなんて、普通のことだもん。一緒に頑張っていこうね。でも、この様子だと、すでに三年の範囲まで予習してあるのかな?」


「それも一応ですけど……」


「うんうんっ。いい子いい子っ」


 先生が俺の顔を見ながら、嬉しそうに表情を緩ませてくれた。

 三年の範囲も、一応は予習してあったりはする。授業に出ていなかったのだから、その分をカバーしたいと思っていた。


「期待してるからね。隠川くん」


「は、はい……」


 俺は先生の言葉に頷いた。


 とりあえず、今回先生が気になったのはそこだけらしい。

 あとは、軽く授業のことを聞かれたり、クラスの雰囲気のこととかも聞かれたりして、要件はそれだけのようだった。


「あ、それと、隠川くんはすごいモテっぷりだったね! クラスの女の子たち、全員隠川くんのことを見てはしゃいでたじゃない!」


「あ、いえ……あれは、気を使ってくれているだけですよ……」


「お、そんな、謙遜するなんて、隠川くんのシャイボーイっ。先生だって、隠川くんのことはかっこいいと思うし、その肌とかも美肌で羨ましいって思うんだけどな。職員会議で騒ぎになるぐらいだもん。ねっ、色白の美肌くんっ」


「そ、その節も……本当にご迷惑をおかけしました」


「ふふっ」


 先生が可笑しそうに微笑んでいた。


 そんな先生は俺の顔に手を伸ばし、俺の顔に触れてくる。

 大人の女性に触られるのなんて初めてだから、かなりドギマギした。


 そんな先生は俺の顔を見て体の力が抜けたような顔をすると、頭も撫でてくれた。その姿を、職員室の他の先生が遠巻きに微笑みながら見ているようだった。


「あ、そうそう。隠川くんは、まだクラスのことは分からないことの方が多いと思うから、先生になんでも聞いてね。それと、クラスの学級委員の人とかもいるから、何かあった時はそっちに頼ってもいいかもね」



 * * * * *



 ーーそして、放課後。

 俺は、その学級委員のクラスメイトと会合を果たしていた。


「やあ、隠川くん。僕がこのクラスの学級委員の宝山院だよ。よろしくお願いね」


「!」


 こ、この爽やかさは……イケメン!


 風が吹き、彼の前髪が揺れていた。

 俺の前に現れたのはイケメンで、とても爽やかな高身長の男子なのだった。

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