第8話 確認して……いいよ?


「自分は、私がいない間に女の子と恋話とかして、告白とかされたのに、私のことは気になるんだ。ふぅーん」


「そっ、それは……」


 ……返せる言葉もなかった。


 それは、詩織の言う通りだった。


「って、違うかっ。もお君は告白されてないんだもんね。隣の席の子にからかわれて、失恋しただけだもんね。ふふっ」


 可笑しそうに笑う詩織。

 でも、あの件に関しては、笑ってもらえる方が気が楽だった。


「でも、もお君はどーして私のことが気になるのかな? 引っ越した後の私がどうなったかなんて、もお君にとっては些細なことなんじゃないの?」


「それは……気になるよ……。幼馴染なんだし……」


「幼馴染だから、気になるの?」


「…………厳密に言うと、ちょっと違うけど……」


「ふふっ。どー違うのかなぁ〜」


「う……」


 ……わ、分かって聞いているな……。


 可笑しそうにニマニマと笑っている詩織の顔がある。


 その顔には、何かに期待したかのような気配も宿っていた。

 頬はほんのりと赤い。耳も赤い。風呂の中で温まっていることだけが、原因じゃないようにみえる。


「あ、それと私、あれも聞いたよ? もお君が引きこもるきっかけになった恋話の時、もお君、好きな人がいるかって聞かれて、遠いところに行った子が好きって言ったんだよね?」


「そ、それは……」


 確かにあの昼休み、そう言ったりもしたけど……。

 詩織はそれも知っているみたいだった。


「それって一体誰のことだったのかな? もしかして、私のことだったのかな?」


 詩織が笑みを浮かべながら、俺に頬擦りをしてきた。


 そして顔を離し、俺の顔を見つめると……。


「あのね、もお君。私、全然なかったよ」


 ぽつりと紡がれる詩織の声。

 それは俺が聞いたことに対する答えだ。


「……でも、詩織は可愛くなってるし」


「ふふっ。ありがと。でも、私が行ったのは田舎で、周りには田んぼしかなくて、何もないところだったんだよ? 逆に私の方が心配だったもん。私がこの田んぼしかない場所で生活をしている間に、もお君はこっちでどうしてるのかなって……」


「詩織……」


 詩織がどこか照れたように笑いながら、それでいて俺の唇を指で撫でながら、泣きそうな顔もしていた。


「だから……安心したの。もお君が告白されたっていうのが違ってたことにも安心した。もお君が引きこもってたことにも安心した。もお君はどこにも行かないで、あの物置の中に一人でいたんだなって。それなら、もお君は誰のものにもなってない。一生引きこもっててほしいと思った。……私、酷いこと思ってるよね」


「それは……確かに酷いことかもしれない」


「……ふふっ」


 一生引きこもっていて欲しかったと言うのは、確かに酷いことかもしれない。


 でも……俺も同じようなことを思っていた。


 俺が引きこもっていたこの一年。

 俺が物置にいて、一人で過ごしている間、詩織はどうしているんだろう……とかは、しょっちゅう考えては、また会いたいと思っていた。


 ……本当は嫌だった。

 詩織がここから離れて、引っ越すのが分かった日。

 引っ越しなんかせずに、ずっとここにいてほしいと思った。


 そして詩織はこっちに帰ってきたりもしていなかったから、それっきりだった。


 ……連絡は一応取っていたけど、携帯よりも、ハガキとか手紙とかでやりとりをしていた。

 その詩織の手紙には、『こっちは田んぼに囲まれた生活をしております。』……みたいなことが永遠と書かれていて、それだけだった。


 それから、今日まで丸二年。

 もう三年目に差し掛かっている。


 三年越しの詩織を見ていると、目が眩みそうになり、顔を顰めてしまう。


「それってやっぱり私のこと、ずっと気にしてくれてたってことなんだよね?


 詩織が嬉しそうにそう聞いてきた。

 そして、身じろぎをして俺の体に抱きついてきた。


「だったら……いいよ? 気になるのなら、もお君……、私のこと確認していいよ?」


「確認……」


「うん。ほら、こことか」


「ちょ……」


 ふにふにと、俺の胸に詩織の胸が押しつけられる。

 ……膨れている。


「私……いいよ? もお君になら、いいよ……? 今の私、可愛い? 誰のために可愛くなったと思う……? それを確認するために……一生責任とってくれるのなら、私のこと、確かめていいよ?」


 ……詩織はそう言うと、腰の位置をずらして、真っ赤な顔になっていた。


「詩織……」


「もお君……」


 湯気が沸き立っている。


 詩織の体のバスタオルが外れ、直で俺たちの肌が触れ合っていた。


 詩織は俺の胸に軽く口づけをして、俺の耳に顔を近づけてきた。


「もお君……」


 溶けそうなぐらいに甘い声が、俺の耳をくすぐるように入ってくる。


 頭が沸騰してしまいそうだ。

 体も、燃えそうなぐらい熱を帯びている。心臓もうるさい。こんなの、意識しない方が無理だった……。


「もお君……」


 詩織の唇が目の前にある。


 それがゆっくりと近づいてくる。


 そして……。


「ちゅっ」


 詩織は俺の頬に静かに口付けをしてくれた。

 その唇は震えていて、詩織が緊張しているのが伝わってきた。


 ……俺も緊張した。そして、もう分かった。


「詩織……」


「もお君……」


 俺は詩織の頭を撫でて、詩織を抱きしめると、そのまま詩織は今度は俺の唇へと自分の唇を近づけてくれて……。


「「あっ」」


 そこで……だった。

 ぽたぽたと何かが湯船に落ちる音がした。

 鉄の匂いがどこからか香ってくる。


 ……どこからだろう。


「も、もお君! 鼻血! 鼻血、出てる!」


「は、鼻血……?」


 確認してみると……ほんとだ、鼻血が出てる。


 あと……頭がくらくらして来た。


 まずい……。

 これは多分……あれだ。


「もお君!? のぼせてる!?」


「ほ、本当にごめん……」




 ーーそこで急激に耳鳴りが鳴り、俺は目の前が真っ暗になり動けなくなってしまった……。



 引きこもりに長湯は禁物だから、気をつけないといけなかったのだ……。



「うわああああああああああ! もお君が、溺れてる!!」



 * * * * * *



 その後。

 気づいたら俺は全裸でタイルの上に寝かされていて、近くには詩織と共に妹が立っていた。


「もうっ! お兄ちゃんのえっち!」


「痛いッ!?」


 妹はそう言うと、赤い顔をしながら、俺の腰の大事な部分をタオルでペシン! と攻撃してきた。

 詩織は俺から顔を逸らしていて、真っ赤な顔でもじもじとしていた。


 聞くところによると、のぼせて動けなくなってしまった俺のことを、妹と詩織が引き上げてくれたという。


「でも、お兄ちゃんがのぼせたのは、私にも責任があるし……私が詩織ちゃんに「一緒にお風呂に入っておいでよ」って言ったせいでもあるし、それはごめんなさいでした……」


 ペコリと頭を下げる妹。


 あと、当然のように俺の裸は見られてしまったみたいだった。


「もお君の……やっぱり立派に成長してた……」


「あと……お兄ちゃんの体、やっぱり細マッチョだった……」


 そう言う妹はなんだか嬉しそうでもあり、その後、顔を合わせるたびに詩織も妹もよそよそしかった。

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