第13話 時雨
2時間前、凛音は<ノア>の建物の中にいた。僅かにしか明かりが灯っていない廊下を歩く。薄暗い廊下には独特の雰囲気があり、うなじが震える。いくら戦争帰りで半軍人のような仕事をしてても、怖いものは怖い。そんな気弱で人を守れるのかと不安になるが、同時に自分の心には物を感じる心があるのだな、と思い安心する。
「失礼します。」
見慣れた局長室のドアをノックする。入室の許可が出ると同時に扉を開ける。
「彩原か。ここには暫く戻らないと聞いていたが。何の用だ? 」
いつもと変わらない険しい表情で楽南が聞いてくる。
「はい。少しこちらに忘れ物をしまして。後で学校の方に寄っても大丈夫ですか? 」
「ああ。全てお前に任せる。」
嫌な位放任だな、という言葉は流石に心の中で留めておく。ぶっちゃけこっちは通らないはずがない。もう一つの方が問題なのだ。緊張しながら口を開く。
「ありがとうございます。後、もう一つ要請があるのですが…… 」
「なんだその前置きは……まあ言ってみろ。」
「<ノア>に、今私が護衛している人間を入局させたいのですが。」
そう。入局だ、惣一朗の。これにはいくつか考えがあってのことだが、どうせこの後洗いざらい言う必要があるだろう。
「隊長権限でか? 」
隊長権限、部隊の隊長だけが持つことができる、多くの特権の事だ。戦闘を無許可で始めることができたり、住宅地での<地導術>の使用など、その特権の範囲は広大だ。ランカー特権という物もあるのだがそれはまた今度にしよう。
「いえ、できれば公式の履歴書と診断書も偽造して欲しいのですが。」
「ふむ……良いだろう。ただし先ず理由を聞かせろ。その後、こちら側が条件を言う。」
条件か。無茶な物じゃないといいんだけどな、と心で考えながら口を開く。
「はい。一つ目はそうい、護衛対象にも<地導士>しか持てない特権が欲しいからです。これによって、かなり多くの事ができるようになり、戦略の幅が広がります。2つ目は、対象の自衛力強化のためです。対象にも我々の仕事を行ってもらい、戦闘の経験値を上げてもらいます。……私がついていても不測の事態は必ず起きます。現に昨日、彼は偶然<バベル>に襲われました。警戒を怠っていた私の責任を言い逃れするつもりはありませんが、何卒宜しくお願いします。」
楽南は少し考えた後、口を開く。
「いいのか? 対象が戦闘で死亡するかもしれないぞ? 」
「S3ランク以上の<地導士>を必ず同行させて、尚且つ、任務の難易度は同行する術師のランク以下にします。」
「なるほど……大体わかった。ではこちらからの条件を言おう。」
「……何なりとお申し付けください。」
「条件は、お前の部隊に入隊希望者がいる。そいつを入れてやれ。」
「入隊希望者ですか? 人出が足りなかったのでむしろ大歓迎なのですが……訳あり系ですか? 」
よくあることだ。人間性に問題がある人間が、特に死傷率の高いうちの部隊に厄介払いされるのは。しかし、入隊希望者が0人が普通の部隊なため追い出すわけにもいかず……。 そんな事を考えながら取り敢えずザックリ質問してみる。
「成績は優秀な方だ。……精神診断にも問題はなかった。まあ、違う意味では訳ありだろうな。しかし<地導術>も使用可能、体術、状況判断も非凡らしい。だがお前が人員要請をしてなかったからな。この先一生現れないかもしれない貴重な駒だ。心して使え。」
「……分かりました。」
もはや交換条件になってなくないか、これでは私だけが得をしているではないか、言いかけて止める。余計な事を言われないうちに退散するのが吉だ。ドアの方に向かう。いや、最後に一つ聞いておくべき事があった。
「……一つ言い忘れてました。今回の任務には、<ノア>局内の裏切者を見つけ出して、捕らえるのも我々の仕事の範囲ですか? 」
楽南は最初に極秘任務といった。何故一人の人間を守る事を極秘にする必要があるのか? 何故人数を増やせば増やすほど難易度が下がる任務を私に任せた? 極端な話、何故惣一朗を厳重隔離しない? それは全て<ノア>の中に内通者がいるからだ。それも上層部に。でなければここまで非効率的な事はしないだろう。
「……さっさと行け。」
楽南は何も答えない。沈黙が流れる。これは肯定の沈黙だ。また人を殺さなければならないのか、気分が暗くなる。まあ仕方ないか。奪わなければ奪われるのがこの世界なのだかから。ごめん、惣一朗。私は貴方の友達って言葉、聞こえてたんだ。長く話していればわかるよ、貴方は良い人だ。長く話していればわかるよ、私は嘘を着くのが苦手だって。だから、聞こえないふりした。だって、貴方が私を知った後、友達でいてくれるか不安だったから。それに、私はこれ以上、奪われたくないから。
「……失礼します。」
静かにドアを閉める。こんなsentimentalismに駆られているのは、久しく煙草を吸ってないからだ。そう思って私は、誰もいない場所に行く。
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