第12話 努力

おはようございます。惣一朗」


ドアをノックする音が聞こえる。きっと凛音だろう。昨日はあの後、終電ギリギリで優希を帰らせて、その後から当番制である家事を始めたため、寝るのがとても遅くなった。正直、寝かしておいて欲しいが、客人のお呼出ということで仕方なく布団から出る。時計を見るとまだ七時だ。なんだか損したような気分になり、凛音を叱りたくなるのを我慢する。


 「おはよう……こんな朝早くにどうしたんだよ」


階段を降りながら凛音に尋ねる。廊下は、夏前とはいえ肌寒く感じた。


 「いえ、緊急性のある用事はないのですが、文乃に何時に惣一朗を起こせばいいか尋ねたところ、七時に叩き起こせとの事でしたので」


あの野郎、と心の中で文句を言うが現実ではため息をつくに留める。


 「わざわざ起こさなくて良かったのに。凛音も朝弱いって言ってたから、俺が起こすぞ? 」


 「流石に客人の身分で一番遅くまで寝ている訳にはいきません」


これから寝不足が続きそうだな、憂鬱な気分になる。早起きの三文の得を投げ捨ててでも、俺は夜更かしがしたいタイプなのだ。洗面台に行き、顔を洗って歯を磨く。朝ごはんは食べない主義なので、後は制服を着るだけで高校には行ける。{行くか行かないかは別問題だが}しかし、今日はかなり時間があるので、朝ごはんを食べようと思い、リビングに入る。ふと見ると、凛音の足元には包帯が巻かれている。凛音でも怪我する事があるんなだあ、とほのぼのと見つめていると、その視線に遮るかのように質問する。


 「惣一朗。折り入って話したいことがあるのですが」


 「どうした? 」


凛音が神妙な顔で話しかけてくる。


 「いえ、怪我の功名と言うべきなのか、昨日の<バベル>の襲撃で惣一朗の<地導回路>は回り始めました。なので、いつでも次のステップに進めるという事をお伝えしたくて。昨日は優希がいましたので、中々伝えることが出来なくて……。」


 「マジか! じゃあ、早速教えてくれ!! 」


やはりあの時の動きは<地導力>によるものだったのか。無意識に使っていたが、なんにせよ一歩前進だ。着ようとしていた制服をハンガーにかける。


 「? 何をしているのですか? 今から学校に行くのではなかったのですか? 」


 「今日は休むわ。学校の勉強より<地導力>の習得の方が大事だ。」


 「それは……<ノア>の局員としては大変ありがたい申し出なのですが、一個人としては承諾できません」


 「何でだよ。俺が<地導力>を使えるようになったら凛音の負担も減るだろ? 」


 「それはそうなのですが、一朝一夕で身につくものでもありませんし、何より学生が学校に行かないでどうするんですか」


当然至極の返答が帰ってくる。それを言われると反論できないのがサボり魔の悪いところだ。


 「大丈夫だって。高2で習う範囲は大体独学で全部終わったし。行っても内職してるだけだぞ? 」


諦めずに食い下がる。


 「はい。それでも構いません。これは持論なのですが、学校は勉強のために行く場所ではありません。決められた服を着て、決められた時間に登校して、決められた物を提出する、いわば社会に溶け込む訓練が目的です。同年代の私に言われても響かないかもしれませんが、大人と一緒に数年働いてきた人間からの言葉です。申し訳ないのですが……折れてもらえませんか」


 「……わかった。無理言って悪かったよ。じゃあ、帰ってきたらよろしく頼む」


 「勿論です。ありがとうございます」


俺が折れる。これ以上は平行線だろう。しかも凛音が言っている事はおそらく正しい。俺はワイシャツに袖を通して再び準備を始めた。








最寄り駅の改札を出る。四時十五分。まだ周囲は明るい。今日は無傷で帰れる!!と胸を躍らせながら歩く。そして、とうとう、何の憂いもなく自宅の玄関をくぐる。まるでマラソン大会で一位を取ってゴールテープを破った時のような快感だ。ここまで長かった……と感慨にふける。


 「凛音!! 帰ってきたぞ!! しかも無傷で!! 」


小学低学年なら褒められるで有ろう事を満面の笑みで叫ぶ。


 「お疲れ様です。ふふっ、そんなに叫ばなくても聞こえますよ」


中から凛音が笑顔で迎えてくれる。ハイになっているからなのか、凛音だけが俺が笑顔で帰ってくる理由を知っているという事実ですら嬉しかった。


 「早速教えてくれ!! <地導力>の真髄を!! 」


 「安心してください。もう準備は出来ています」


興奮状態の俺とは反対に凛音はいつもと変わらない口調だ。


 「では、自室に来てください。」


どんなものが待っているのだろうか、と期待を膨らませながら、扉を開ける。が、そこはいつもと何も変わらない俺の自室だ。


 「り、凛音さん……何も変わらなくないですか……? 」


 「何を期待してたのですか。惣一朗は」


ため息を吐きながらツッコむ。


 「俺は……もっとかっこいい感じのやつを想像してたんだよぅ!! 」


 「そんな都合のいいものあるわけないでしょう。初心者にはまず基礎の基礎からです」


そう言って凛音は机の上を指差す。机の上にはハンドスピナーが置かれていた。


 「ハンドスピナーだよな。懐かし~。これ何に使うの? 」


 「ええ、それは特殊なハンドスピナーで、使用者の回路と同調してます。先ずはどんな状況でも常に回路を回す状態を保ってもらいます。百聞は一見に如かず、先ずははめてみてください。」


そう言って凛音はハンドスピナーを渡す。試しにはめてみる。


 「常にって……寝てるときもか? そんなんいくらなんでも無茶……痛たたたたたた!! 痛い痛い痛い痛い!! 」


スピナーをはめている部分に激痛が走る。見てみるとそれが指に食い込んでいる。力はどんどん強くなっていく。後少しで千切れてしまうだろう。 


 「痛たたたたたたた!! 凛音!! これ外してくれ!! 死ぬ! 死ぬから!! 」


必死に助けを求める。すると凛音がそれを外し自分の指にはめる。瞬間に、ハンドスピナーが物凄いスピードで回転を始める。


 「ええ、寝てる時もです。どんな時も必ず、です。最終的に無意識で回せるようになってください。後……この様に自分で回路を回すスピードを自由に調整できるようになってください。案外、こっちの方が大事な時もありますから。」


そう言って凛音は自分のハンドスピナーの回転量を自由自在に変えていく。まるで機械が内蔵されているようだ。


 「問題ありませんよ、惣一朗。指が千切れても私がしっかり元通りにしてあげますからね」


笑顔で凛音がフォローしてくる。


 「いや、問題ありまくりだろ!! 数日後に俺の髪の色、真っ白になってても知らないからな!! 」


 「じゃあ頑張ってください。私はこれから、少し行く所がありますから」


 「あ!! おい待てよ……!! 」


そう言って凛音はハンドスピナーを俺の指にはめた後、部屋を出てしまった。途方に暮れていても仕方ない、そう思い気を取り直しつつ俺は全身に意識を集中させる。

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