第11話 宵の果て④
意識が急浮上する。悪夢では無かったため、すんなりと状況を認識する事が出来る。
「俺は……生きてたのか……。」
隣には、椅子に座りながら目を閉じている少女がいる。昨日の夜と全く同じ状況に何故かため息をつきながら、とりあえず生きてた事を神に感謝する。特定の宗教を信じている訳ではないのにな。
「惣一朗。起きましたか。」
凛音は目を開けてこちらを見つける。特段、心配している様子はないことから、きっと何も起こってないのだろう。
「腕……くっついてるな。それに、あの黒い弾も。」
患部を一通り確かめ異常がない事を確認する。一つ一つ確かめる度に、改めて自分が異端であるという事実を目の当たりにして、行き場のない恐怖心が生まれてくる。
「ええ。昨日の傷すら治せた惣一朗が、これくらいの傷なんてことはありません。」
誇らしげに凛音が語りかけてくる。
「そんな凄いのか……俺。そうだっ、優希は……優希はどうなった!? 」
「ご心配なく。彼ならリビングで眠っています。頭を強く打っただけなので、貴方より軽傷ですよ。」
「そうか……良かった!! 良かった……!! 」
目頭が熱くなる。泣いている自分が恥ずかしくて、思わず顔を手で押さえる。どうやら、自分が思っていた以上に俺は優希の事が大事らしい。
「現場を見て分かりました。貴方がご学友の命を身を挺して庇ったと。それは、普通の人間には出来ないことです。惣一朗は、本当に……強い。心から尊敬します。」
何かを察した凛音は微笑みながら俺を慰めてくれる。人前で泣く恥ずかしさは、俺の辞書から消えていた。
「じゃあ、今回の事はただの偶然なんだな? 」
俺は凛音に「なぜ俺が狙われたのか」という生き残った者が抱く当然の疑問を投げかけた。しかし、それに対する返答も当然といえば当然だった。
「はい。偶然です。<バベル>は人との関わりが少ない人間から優先的に狙います。更に、周囲に人がいないかも非常に気にします。今回はその二つに偶々合致したのが惣一朗たちだったのでしょう。」
凛音は冷静に答える。まあ、何か明確な目的があって命を狙われるより、遥かに気が楽なのだが。しかし、ただの偶然によって大事な人間の命を奪われかけた身としては到底容認出来るものではなかった。思わず拳に力が入る。。
「そっかぁ。俺が人との関わりが少ないってばれちゃったか。」
笑いながら、軽口を叩く。無論、場を和ませるためだ。補足すると、陰キャの方が陽キャより死亡率が高くなりそうなそのシステムにも腹が立つがな。
「気にしないでください。私は量より質派です。それに私も、友達と呼べる存在は今まで一人だけでした。」
軽い冗談のつもりだったのだが、想像以上の返答が帰ってくる。凛音に冗談を言うにはもっと見極めてからにしないとな、と決心した後にリビングに向かう。
「そういえば。俺と凛音の関係って何だろうな。」
階段を降りながら、思いついた疑問を呟く。
「そうですね。護衛対象というのが一番相応しいでしょう。」
表情を崩さないまま凛音が答える。
「あんなしっかり握手したのにか? せめて友達位は超えててくれよ…… 」
恨めしそうな声で小さく呟く。しかし彼女には聞こえなかったようだ。きょとんとした顔でこちらを向いている。ドアを開けると、ソファーの上に優希が横たわっていた。頭には包帯こそ巻かれていたが、それ以外に目だった傷はなく、凛音曰く、起き上がればすぐにでも学校に行けるレベル、らしい。その事実が、自分が彼を守り抜いたという事を、平等に教えてくれて、再び泣きそうになった。
「こいつにはなんて伝えればいい? 」
無論、今日の出来事を、だ。
「一般人に<バベル>の存在を教えるのは危険すぎます。申し訳ありませんが……ここは適当に誤魔化して下さい。」
「……分かった。」
起こしても問題ない事を凛音に確認した後、優希の身体をゆする。
「おい、優希。起きろ。」
「ん~? うぉぉぉ!! ここ惣一朗の家じゃねえか!! どうなってんだ!? 」
「起床した直後からそのテンション保てるのは尊敬するわ。あー、帰り道に思いっきり頭をぶつけてな。俺がわざわざ背負って運んできたんだぞ? 感謝しろよ? 」
「マジか~。それは迷惑かけたなぁ。」
優希が恥ずかしさと申し訳なさが混じった様な顔で謝罪してくる。一方凛音は、運んできたのは私だ、と言わんばかりの顔でこちらを見てくる。許せ、これしか言い訳が思いつかなかったんだ。
「よくそんな力あったなぁ。普通にすげえわ。ってか!! お前……!! そこの美少女誰だよ!! 」
まあ、そうなるよな。凛音には隠れて貰ってた方が良かっただろうか。ため息をついて、思考を巡らせる。
「誰って、放課後に話してた子だよ。」
「いや、俺が聞きたいのはなんでその子がお前の家に居るのかって事だよ!! あんまり親いないからって、調子乗ってると文乃ちゃんに潰されるぞ? 」
「聞いて驚け、今回は文乃が許した。」
「マジか……! 明日晴れなのに雨降るかもな……。」
「惣一朗のご学友ですか? 彩原凛音です。よろしくお願いします。」
凛音が礼儀正しく挨拶する。
「えっ……あっ……はい。川端優希です……よろしく。」
「おいおい、チャラいのは見た目だけか? てか、キョドりすぎだろ、お前。」
笑いながら優希を揶揄う。
「うるせーー!! 誰だってこうなるだろ!! 」
それから俺たちは下らない話で笑いあった。普段嫌っていた変わらない日常。しかしそれを守るために、どれ程の犠牲を払わなければいけないかのかを今日知る事が出来た。全部捨てたくなるかもしれない、逃げたくなるかもしれない。それでも俺は、この日々を守りたい。
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