第10話 宵の果て③
一言発した直後に、敵の背後を取るように移動する。一歩踏み出すたびに、血が撃たれた部分から吹き出るが大した問題ではなかった。
「なっ……!! 」
<バベル>が俺の予想外の速さに驚く。それもそのはずだ。俺だって自分がこれ程の速さで移動できるとは思わなかったのだから。そして顔面に蹴りを入れる。敵が地面に叩きつけられ、泥の様な液体が飛散する。人体とはまるで異なった構造をしているため、敵にダメージが入ったのかは分からない。飛散した液体は磁石に吸い寄せられたように集まり、先程の身体を再生しようとしていた。反面、急に回路が回ったからなのか、俺の体は内側から爆発しそうな程傷んでいる。帰って家のベッドで寝たい。今すぐ転げ落ちそうな疲労に抗いつつ、最後の仕上げに入る。そう、下準備はもう済んでいる。
「移動の速さには……目を見張るものがあったが……蹴りには<導力>が……込められていない。攻撃は……無意味だ」
勝ち誇ったような表情のまま<バベル>はこちらに銃口をむける。
「いや、ちゃんと意味はあったさ……!! 頼む!!! 凛音!! 」
俺は右手にあるペンダントを強く握りしめる。その瞬間、群青の稲妻が周囲を照らす。周りは目が眩む程の光に包まれ。時間が止まる。
{頼む……!! ちゃんと来てくれよ、凛音……!! これでダメなら……俺死ぬからな……}
朦朧とする意識の中で、最後の希望を少女に託す。俺にできるのはこれくらいだろう。そして、一筋の小さな光から群青の少女が現れる。
「惣一朗。待たせてすまない」
彼女は凛とした瞳で、一言語りかけてくれる。
「……今日はよく……邪魔が入る。」
口調から苛立っていることが感じ取れる。刹那、黒い弾丸がこちら目掛けて飛んでくる。反射的に目を瞑ってしまう。
「っっっ……!! 」
が、いつまでたってもどこかとぶつかった音がしない。目を開けるとそれは、凛音の前で止まっていた。まるで見えない壁があるかのような感覚だ。黒い弾丸が液体に変わる。
「な……! 」
敵は訳が分からないと言った感じで立ち尽くす。その瞬間、凛音は目に見えない速さで敵の目の前に移動していた。マジックでも見ているみたいだ。そして、持っていた刀で敵を一刀両断する。<バベル>の身体が崩壊していく。崩壊というより砂に変わっている。
「仮にも<バベル>を名乗るなら、敵の情報くらいは仕入れといた方がいい」
ただの砂に変わりつつある敵に、優しく忠告した後こちらを振り向く。
「惣一朗!! お怪我はありませんか? 」
すると聞いた事を後悔するかのような、悲痛な表情をしてこちらに駆け寄る。全てが終わった後、俺は全身の力が抜けたのか、血の方が抜けたのか次第に眠くなってきた。凛音が何か叫んでいる。そんな近くにいるんだから、叫ばなくても聞こえるって。今はもう、ただただ眠い。俺の意識は温かい泥に溶け込んでいく。
夢を見ていた。いや、あるいは夢ではないのかもしれない。これは俺の体に刻まれた映像で、ふとした拍子にそれが映っているだけだ。ただ、満身創痍であったはずの身体が、五体満足に戻っていることからここが現実ではないのだろう。むしろ、こっちが現実で向こうが夢なのかもな、という想像に苦笑いをしつつ周りを見渡す。、もう流石に見慣れた砂漠の風景。無限に広がるその荒野には、殺風景な風車の畑があるだけだ。俺は、誰もいないこの荒野を少し探検してみようと思った。試しに、風車の畑に向かい、それを手に持ってみる。しかし、何も起こらない。当たり前だ。風も吹いていないのに、風車が回りだすことはない。なので、小学生のように息を吹きかけてみる。すると、風車が回り始める。当たり前の事なのだが、満足しながら風車を見る。俺も案外可愛いとこあるんだなと思いつつ、更に向こうに行ってみようと思い歩を進める。
「そこより先は……君には早いよ」
聞き慣れた声がする。自分の声だから当たり前か。でも自分の声って、ビデオとかで聞くと違和感凄くないか? 確か骨髄に反射するとかなんとか。そんな事を考えられる位までこの声に慣れてしまった。
「またお前か。後ろから話しかけるのビックリするからやめてくんねーかな? 」
後ろにはもう一人の自分が立っていた。よくよく見てみると、目の色と髪の色が少し薄いんだな、とか考えながら思ったことを口に出す。
「はは。ごめんよ。それよりそれ、回せるようになったんだね」
分身は回っている風車を指さす。
「? 別にただ息吹きかけるだけだろ? 」
「うん。そうなんだけどね。まぁ、分かんないならいいや」
「? なんだよ、勿体ぶるなよ。」
「大した事じゃないよ。それより、ほら、お姫様が呼んでるよ。」
本当だ。どこからか凛音の声が聞こえる。そろそろ戻んなくちゃな。頭でそう考えた瞬間、風景が暗黒に浸食されていく。
「お話しできて良かったよ。また来てね」
分身は暗黒に絡めとられながら、どこかへ消えていく。
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