第9話 宵の果て②

「なっっ……!! おい!! 優希! 大丈夫か!! 」

返答はない。こんな別れ方あってたまるか。視界が揺らぎ、動悸が起きている。落ち着け、俺。素人なりに警戒態勢をとりながら、周りを見渡すが生物の気配すら感じられない。しかし、現に優希は何らかの理由で吹き飛ばされ意識を失っている。超常現象という事もあり得るが、昨日凛音に聞いた話から総合すると現実的な選択肢は一つだろう。ならば俺がやるべき事も一つだけだ。そこからの行動は早かった。俺は首にかけてあるペンダントを左手で握ろうとする。しかし、握ることができない。感覚的に、確かに掌はペンダントを握っているはずなのに。ふと、下に視界を移動させると、手首より上の微分が無くなっている。

 「ぐっっ、あああああああ…………!!!! 」

昨日とは違って声は出る。しかし、それは周囲に聞こえるほどではなかった。生温い液体がズボンと靴を濡らす。圧倒的な喪失感と鋭い痛みが同時に襲ってくる。ペンダントは床に落ちて、見つけるには少し時間を要するだろう。しかし、ペンダントが身体から離れると同時に、視界が開け前方5メートルには先程までなかったオブジェクトが存在していた。それは、一言で形容するなら焼き固める前の埴輪のような、目と思われる部分は窪んでおり、足はなく、身体は地面と接着していた。明らかに人外である事が分かる。

 「……<バベル>って奴か? 」

反射でそう呟く。

 「貴様らには……そう呼ばれているな。なんだ、お前。見えているのか。それに……<導力>も感じられる。これは……良い収穫だ。」

<バベル>は笑う様な表情に顔の形を変化させる。その形状はなんとも薄気味悪く今にも逃げ出したくなる程の物だった。しかし、それだけはできない。それに、俺の勝利条件は凛音だけだ。

 「怯えて……声も出ないか。心配するな。先ずは……お前から……土に帰してやる。」

そう言うと奴は、人間では出せないような速さでこちらに向かってくる

 「うおお……!! 」

俺は感覚だけで、敵のいる方向を殴る、が当然当たらない。そして変形した手のような物で、野球のボールの様に吹き飛ばされる。壁に物凄い速さで衝突するが、強烈な痛みと<地導力>のおかげなのか意識を失わずに済む。

 「くっっ……!! 」

めげずに敵に再び向かう。片腕が飛ばされた事などとうに忘れ、無我夢中で突進する。しかし、躱されて、再び殴られる。物を殴ったことなど、人生で一回もなかったのだ。鈍い痛みが身体全体に響く。暫くは動けないだろう。視界も狭まり、頭も回らなくなっていく。

 「……優……希……!! 」

僅かに保たれていた理性で、隣に転がる優希に手をやる。幸いに、体温は感じられる。意識を失っているだけのようだ。

 「優希……! 良かった!! 良かった……!! 」

俺はまず何より、友人が死んでいないという事実、それだけに集中していた。目の前の敵を倒さないと、二人とも生きて帰れない事など頭から抜け落ちていた。

 「友人を……心配するより、自分の心配を……したらどうだ? 」

前の砂人形が、まるで理解できないと言った表情で、割り込む様に話しかけてくる。

 「その友人が……それ程……心配なら……先ずはそいつから……大地に帰してやろう。」

そう言うや否や、腕に当たる部分を、銃のような形に変形してこちらに向ける。直後、鋭い閃光と同時に、黒い弾丸が優希目掛けて飛んでくる。しかし俺は、庇うように優希の前に身体を入れる。いや、事実庇ったのだ。鋭い痛みが下腹部そして右腕に響く。痛いというより、熱い感じだ。口から鮮血が溢れる。

 「かっっっ……!! はっっっ……!! 」

 「何故……そこまでする? 同種といえど……所詮は違う個体。そいつが死んでも……お前の人生は何も変わらないだろう? 」

<バベル>は珍しい物を見るかのような口調で問いかけてくる。

 「人はな……出会う人間を選ぶ事は出来ねぇんだよ……! でもな、付き合う人間は選ぶ事が出来る……! そして、その中から、俺は優希を選んだ。なら……!! 俺はそいつを絶対守る!! 」

 「成程………ヒトが昆虫の音色の意味を………心で理解できないのと同じような物か。」

 「いや、お前が純粋に馬鹿なだけだろ。」

揶揄う様な口調で煽りをいれる。あれ、俺こんな事言う奴だったか? きっとアドレナリンと痛みでハイになっているのだろう。

 「下等生物の……戯言など……… 」

<バベル>はまるで効いてないと言わんばかりに軽く受け流す、が一秒も経たない内に、俺と奴の位置が入れ替わっていた。

 「お前は……そこで……よく見ておけ……。 」

すると奴は腕の形状を、刃物の様に変形させて、優希に向けている。まずい、本当に本当に本当に殺されてしまう。  

 「おい…… 待てよ……!! 」

 




初めて話しかけてきたのは優希の方からだった。自分から話しかけられず余り友達が多くなかった俺は、クラスに上手く馴染めなかった。よって一人でいる機会が多く、学校で一言も話さず帰るなんて事もざらにあった。そんな時に優希は俺に話しかけてくれた。

 「なあ、おまえ休み時間になったらいつもスマホばっかしてるよな。何してんの? 」

 「えっ、「ノラロワ」って奴。」

 「マジか!! 俺もそのゲームめっちゃハマってる!! フレンドなろうぜ!! 」

そして俺たちは現実でもフレンドになった。出会った時から思っていたが、こいつは気が利く奴だった。俺が文化祭準備で余っていた時も、上手く仕事を回してくれたし、文乃と喧嘩した時も話をじっと聞いてくれた。親が二人ともいなくなった時もよく家に来て色々手伝ってくれた。そう、本当に本当に本当に良い奴なんだ。そんな優希に、<バベル>は今にも刃を振り下ろそうとしている。

 「友人が逝くのを目の当たりにして……己の弱さを呪うがいい。案ずるな……お前も直ぐに後を追わせてやる。」

待てよ。こんな終わり方ないだろ。まだ優希としたい事だって沢山ある。なのに、なんだよ。このわけわかんねー終わり方は。よりによってお前が、俺の前で死ぬなよ。お前はもっと長生きして、誰かを幸せにすべきなんだ。

燃え上がるような怒りが身体を回る。血が沸騰しているみたいだ。血管を這う様な違和感が全身に巡る。そう、あの時、凛音に触れられた時みたいに。

俺はお前から多くの物を貰ってるんだ。まだ、まだ何も返せていない。その前に死ぬのは、ルール違反だろ。

次第に身体が軽くなり、視界が澄んでいく。いつもより全ての物の動きが遅く見える。

 「なぁ……待てって言ったよな? 俺。」

気付けば声が出ていた。今までした事が無いほど激しい眼光で敵を睨む。今までとは比べ物にならない程の力を地面から受け取る。<回路>はもう、回っている。

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