第8話 宵の果て

見慣れた通学路を歩く。しかし、隣にはいつまで経っても見慣れる事がない少女が歩いている。八時四十五分、もう授業が始まる時間だ。この時間に登校してくる生徒はほとんどいない。


 「そういえば凛音は一人の間何するんだ? 」


何気ない質問を呑気に浴びせる。


 「そうですね。近場で済んで、惣一朗が帰ってくるまでには終わる任務を片っ端から処理していくつもりです」


 「そんな無理しなくていいんだぞ? もうほぼ一般人なんだし、敵も見つけられずに諦める……なんて事もザラにありそうだし」


 「いえ、そんな不確定な推測で護衛を解除するわけにはいきません。この場合の任務の成功は、敵を特定し排除するまでです。それに、今この瞬間にも敵が襲ってきてもおかしくはありません」


 「排除って……随分と物騒だな」


普段、礼儀正しく可憐に振る舞う少女からこうも物騒な言葉を聞くと、なんかこう、ギャップが凄い。そうこうしてる内に校門に着く。


 「では、私はここで」


 「え? もう帰っちゃうのか? 」


 「これ以上は関係者以外立ち入り禁止でしょう。私は入るべきではありません」


彼女は立ち止まって、首を横に振る。しかし、垣間見える表情はすこし残念そうだ。


 「折角だから見てこうよ。まだ高校の事、なんもわかんないだろ? 」


 「しかし……」


 「中学生だって偶に見学来てるし大丈夫だって。ほら、行くぞ」


そう言って俺は凛音の手を握る。


 「あっ」


急に引っ張られた反動からか彼女は体勢を崩し、俺の方へ倒れてくる。それを俺は反射的に受け止める。


 「おっ」


これではまるで熱いカップルみたいではないか。今が誰もいない時で良かった。


 「すっ……すまん」


俺は猛スピードで凛音から離れる。


 「大丈夫です。確かに見学という事なら問題ありませんね、行きましょう」


当の本人は何もなかったかのように歩き始める。きっと初めての高校が楽しみなのだろう。


 「俺だけ緊張して……馬鹿みたいだ」


ため息を吐いた後、凛音を追う。それから俺達は授業をしている教室や体育館を見て回った。 教室のドア側の席に座る人間からは訝しんだ目で見られたが無視しよう。大体回った後、初めの昇降口に戻る。


 「とてもいい経験をさせていただきました。ありがとうございます」


 「おう、気にすんな」


 「しかし惣一朗の時間を使わせてしまった。陳謝します」


 「いや。俺がしたくてしたことだから大丈夫だ」


 「いえ、この借りは必ずいつか返します」


 「律儀な奴だなホントに。でも、何かあったらよろしく頼むぞ、凛音」


 「では私はこれで帰ります。くれぐれも気をつけてください。最後ですがなるべく人のいない所は通らない、少人数での移動は控えて有象無象に徹してください。いいですね? 」


 「おう、それなら得意分野だ。」


子供を見送る前の母親のような注意をした後、凛音は帰っていった。俺はゆっくりと、三階にある自分の教室に向けて歩を進めた。








 帰りのホームルームが終わる。相変わらず何も変わらない一日だった。しかし今日程、そんな日常に感謝したことはなかった。


 「惣一朗君……」


 「うぉ!! 優希か。驚かせんなよ。ってかなんで急に君付け? 」


後ろを見ると亡霊のような顔をした友人の川端優希が立っていた。


 「君さ……今日さ……青髪の超絶美少女と登校したって聞いたんだけど……ほんと……? 」


 「…………」


やはりそれか。人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだ。


 「否定しろよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!! お前……!! 入学した直後は……!! 俺絶対彼女作んねーわって言ってたじゃんかよぉぉぉぉ!!!! 」


 「ちょっ……!! 声でけえから!! てかそもそも彼女じゃねえから!! 」


声が大きい。教室全体がざわつく。とりあえず優希を教室から引っ張り出す。


 「今日はタダじゃ帰さねえからなぁぁぁ!! 」


 「わかったからちょっと落ち着け。そしたらどこにでも付き合ってやるから…… 」


 「よっしゃ!! 決まり!! 早速移動するぞ~」


駆け足で優希が移動する。ゲンキンな奴だな、と呆れながら俺は後を追った。それから俺たちは、近場にあるファストフード店に移動した。凛音について根掘り葉掘り聞かれた後は、どうやら飽きたのか、結局二人でスマホゲームをする事になった。まぁ、それはそれで楽しかったのは認めるが。夜の九時。そろそろ帰る時間だろう。二人そろって店から出る。夏が近いのに、気温はやけに低かった。他愛のない話をしながら人気の少ない路地裏を通る。普段、何気なくこの道を使用しているが夜になると電気が消えていて、そこそこの雰囲気があった。


 「それじゃ、ホントにその子とはなんもないんだな? 」


優希が突として質問してくる。


 「だから、何度も言っただろ。偶々昨日会って、学校気になるって言われたから紹介しただけだって」


 「くぅ~~。その子、異次元から来たくらい可愛いって言われてたぞ。文乃ちゃんといい、お前可愛い子の知り合い多すぎだろ!!なぁ、今から呼べないの? 凛音ちゃん。マジで見てみたいんだけど!! 」


 「何馬鹿な事言ってんだ。呼べるわけないだろ」


優希の馬鹿極まりない質問を軽く受け流す。俺は、帰り際になったら呼べという凛音の言った事をすっかり忘れていた。俺も浮かれていたのだ。


 「でもなぁ、その子が彼女って言ったって俺は驚かねぇぞ? お前はちょっと変わった奴だけど、人の事考えられる良い奴だからな。しかも頭も良くて運動もできる。女子でも狙ってた奴結構いるかもよ? 」


 「やけに褒めてくるな。気持悪いけど褒め言葉だけ貰っとくわ」


 「ふふっ。今日はありがとな!! じゃあ、また明」


俺もさよならを言おうとした刹那、優希が後方へ吹き飛んで、地面に置かれていたゴミ袋に突っ込む。運が良い、コンクリートにぶつかっていたらタダじゃすまなかっただろう。夜九時二十分。薄暗い路地裏で、またしても悲劇は起こる。

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