第7話 電話の相手はピエロさん
「……は? 」
「だから二回も言わせないで。今日からそういち……護衛対象の家に泊まるから。あっ、任務終わるまで帰らないつもりだから、荷物送っといて。よろしくね~~。」
夜の十一時。スマホの中から、隊長のいつもより弾んだ声が聞こえる。あ、申し遅れたが、俺は阿久津四三九。29部隊の第一部隊の副隊長をしている。名前が変わっているのは置いといてくれ。昔の日本の偉い軍人さんにも似たような感じの人いただろ? それと同じだ。(自称)傍に置きたい副隊長ランキング一番の男だ。さて、突然だが、俺の前で異常事態が起きている。俺のご主人様が帰ってこないらしい。まずは、隊長を引き止めなければならない。頑張れ! 俺!
「え!? ちょっっっ ええぇぇ!! いきなり過ぎませんか!! 大体まだ、仕事結構残ってますよ!! この子達、一体どうするつもりですか!? 」
「楽しそうだね! 切るわ!! 」
ノリで逃げ切ろうとしてくる。ハイテンションすぎませんか、姫様。もしかして、お酒でも飲みましたか。まだ貴方、17だよね?
「待てや! 」
ならばこちらも、正面突破あるのみ、だ。
「この書類さ……さっき目を通してみたんだけど、実は沖縄に行く任務があるみたいなんだよ……! 」
「沖縄? 」
「うん。しかもどっかの研究施設を検査するだけのヌルゲー。更に必要経費だから実質タダで沖縄行けるぞ!! 沖縄はいいぞぉ、凛音。青い海、おいしいご飯、美ら海水族館だってある。な? 戻って俺と沖縄行こ? 」
「兄貴と行ってきな!! 忙しいから切るわ!! 」
「想定と違う……。」
「まぁ、冗談は置いといて、日帰りできる奴だけ荷物に入れといて。それ以外は貸しって事で、頼まれてくれないかな。」
うちの隊長は賢い。だから、そんな事は許されないのを分かった上で俺にお願いしてるのだ。それなら、選択肢は自ずと決まる。俺は、<ノア>の局員である前に、凛音の友達だからだ。
「……じゃあ、なんでそんな嬉しそうなのか教えて。それで引き受ける。」
沈黙が流れる。地雷だったのだろうか。
「……初めて女子の友達ができたんだ。」
凛音は落ち着いた声でそう呟く。しかし、嬉しいのがバレバレだ。まぁ、俺じゃなきゃ見逃しちゃうけどな。
「そっか。大事にしなよ。」
今夜はどうやらお邪魔虫らしい。早めにどろんするとしよう。
「そういう事なら確かに承りました、隊長。ご武運をお祈りいたします。では、切りますね。」
まずい、祈るのは皮肉ぽかったか? 時よ戻れと軽く後悔する。
「……ありがとう。君が副隊長でよかったよ。そっちも気を付けてね。じゃあ、また今度。」
そう言って電話が切れる。俺も酔狂だな、と苦笑いする。四三九はコーヒーを流し込み、椅子に座り直した。
夜が明ける。付けっ放しのテレビの字幕が、七時半だという事を教えてくれる。日光を浴びて身体を覚醒させるためにカーテンを開ける。気持のいい快晴だ。昨日はあの後、凛音に家の事を軽く教えた後に倒れる様に眠ってしまった。むしろ、あれだけの事があった後に、すんなり寝れただけでも僥倖だろう。それとは裏腹に、こんな時でも学校に行かなければ行けないのには頭が痛くなる。別に親もいないし、全然休んでいいんだけどな。文乃は部活のために朝早くに家を出て、夜も塾で自習をして帰ってくるため帰りは遅い。従って俺は比較的自由な生活を送れるため、ここ最近高校のホームルームに参加できた事はなかった。要するに自堕落なのだ。とはいえ、今日からは凛音がいる。この家の先住民として色々教える事があるだろうと思い、早く起きたのだ。
「おはよう凛音。起きてるか? 」
凛音が寝ている部屋のドアをノックする。
「ええ…… おはようございます惣一朗。」
部屋のドアが開く。中からは、昨日とはまるで違う雰囲気の凛音が現れた。下した髪の毛ははねていて、寝惚け眼をこすっている。朝には弱いのだろうか。黒を基調とした隊服とは正反対の、淡い青色のパジャマを着ていて、これはこれで目の保養になる。神様、ありがとう!!
「文乃なら一時間くらい前に家を出ていきましたよ。私は朝には弱いので……素直に尊敬します。惣一朗はいつ頃家をでるのですか? 学校まで同行させてください。」
「同行? ……凛音が学校まで付いてくるって事か? またまたぁご冗談を。」
そんな事をされたらクラスの人間からどのような視線を向けられるかわからない。確かに、圧倒的美少女と一緒に登校して、男共に対して圧倒的なマウントをとる想像は何度もしたのだが、いざそのチャンスが与えられると、周囲の視線が気になり、気後れしてしまうという、チキンっぷりだ。
「それ以外何があるというのですか……。ほら。用意をしてください。」
「いえ、全力で結構です!! 凛音は家で待っててください!! 学校なら一人で行けますから。!! 」
「そういうわけにはいきません。貴方を守るのが私の仕事なんですから。」
「ついてなんて来られたら、ストレスで一週間後に死にかねないぞ俺。てか、学校までなのか? それって学校の中は安全なのか? 」
至極当然の疑問で話題をそらす。
「えぇ。限りなく安全に近いはずです。まずそもそも、敵は惣一朗の事を、まだ見つけてる事が出来ていないのですから。 私が受け取った書類には「回路は動いていないが、わずかに<導力>に帯びた少年を探し出して護衛しろ」としか書いてありませんでした。一般人も回路は持っていないため、実質、「何故かわからないけど、地導力を帯びている人間を探せ。」という無理難題なのです。事実、私もあの殺し屋がいなければ、貴方を見つけるのはもう少し後になっていたでしょう。後、ダメ押しですが……惣一朗、これを。」
そう言いながら、凛音はペンダントのようなものを俺に渡してくる。
「これは導力を完全に消してくれる装置です。これで貴方は一般人と何も変わらない無個性マンです。後、どうしても危なくなったら、ペンダントを強く握りしめてください。そうすれば、私が直ぐに駆けつけますから。」
「了解。でもそれなら学校までもついてくる必要ないだろ。」
俺はペンダントを付けながら、矛盾を指摘する。
「……その通りです。しかし、護衛対象がどんな場所に通っているのかは知っておくべきです。ただ、きっとこれは言い訳です……。私が高校というものがどのような物で、周りの女子がどんな風に過ごしているのかが気になるだけです。私は……高校生にはなれませんでしたから。」
凛音が自責の念と寂しさが混ざったような表情で静かに呟く。改めて、彼女が自分には想像のつかないような生活を送ってきたという事を思い知る。
「わかった。じゃあ、少し時間遅らせてだけど……一緒に学校行こう。」
初めに「この子を守りたい」と思った。ならば、その中にこれも入っているだろう。
「本当ですか!? ありがとうございます。惣一朗。」
彼女の嬉しそうな声が響く。今日は何も起こらないといいな、と願いながら俺は筆箱を鞄の中に詰めた。
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