第6話 新生活
「当たり。よく来たね。待ってたよ」
またもや知っている声が響く。しかし、今度はあいつの姿は見えない。
「それで、僕に何の用? 」
「お前に用があって来たわけじゃない。俺は回路を回しに来ただけだ。」
シンプルに答える。実際、夢の中まで野郎に会いに来たわけじゃない。
「ふーん。そうなんだ。でも誰かの力を借りて、ここに来たらいけないよ。出直しておいで」
優しい口調でそう拒絶される。
「おい!? なんだよそれ!! 」
そう言うや否や視界が暗転する。そして先程の違和感が逆流するような感覚に襲われる。
「っっっっっつ……! 」
小さな声で誰かが呻く。先に手を離したのは凛音の方だった。
「……凛音……全然ちょっとじゃ」
文句の一つでも言おうとして、凛音を見る。
「っっっっ…! 凛音…! その手…!」
なんと触れていた凛音の手が、まるで火傷したかのように腫れている。彼女は、もう片方の手でそれを庇う。
「……問題ありません。この程度の傷、すぐ治せます」
苦悶の表情から一転して、彼女は深呼吸をして目を瞑る。素人目にも、意識を集中させているのが分かる。すると直ぐに彼女の右手の火傷が消えていく。まるで、何事もなかったかのように。
「すげぇ。地導士って医者いらずじゃん。」
素直に感心する。まるで別世界に来ているみたいだ。
「ありがとうございます。コツを掴めば惣一朗もすぐできるようになりますよ。それより……すいません。無理をさせてしまいました」
「いや、凛音が謝る事じゃないよ。謝るならこちらの方だ。怪我をさせてしまった。申し訳ない…… 」
「地導力の件はまた別の機会にしましょう。焦らなくても直ぐに使えるようになりますよ、気にしないでください。そうですね…今日はもう遅いですから、一旦解散にしましょう」
一気に現実に引き戻される。時計の針はもう十時半を回ろうとしている。そろそろ文乃も帰ってくるだろうし。
「そうだな。でも解散って凛音はどこに帰るの? 」
そう聞くと、彼女は肩を震わせる。綺麗な青い髪もそれに共鳴する。なるほど、行く当てがないのだろう。
「……今から、ここに一番近いアパート借りてきます…… 」
彼女が弱弱しい口調で呟く。今まで着丈にふるまっていた彼女がここまで弱そうに見えるのはこれが初めてだ。案外、抜けている所もあるんだなと安心する。
「ここ住宅街だから、アパートは少し行かないとないと思うよ。そもそも不動産屋さん、この時間にはとっくに閉まってるよ」
「うぅ……」
彼女は力なく呻く。
「じゃあさ、行くとこないならウチに泊まらない? 両親両方いなくてさ、部屋も余ってるし。一緒に住んだら護衛も簡単だろ? 俺らが作るメシは上手いぞ~ 」
「…お願いします……」
凛音は観念したように小さくそう呟いた。
その時、玄関の鍵を開ける音が聞こえる。成程、とても良いタイミングだ。
「ただいま~。 マジで疲れた。お兄ちゃん、今日の飯ご飯なに? って、うぉぉぉ!!!! 誰この美少女!? 」
引き締まった身体のラインに、膝上のスカートから溢れる生足、長めの黒い髪に、兄の俺から見ても整った顔立ちの双子の妹の表情は、今まで見たことのない程のスピードで変わる。まぁ、俺でもそうなるだろう。
「文乃ちゃん」
「はい」
俺は笑顔のままこう続ける。ちゃんを付けた呼び方も、視覚に直接訴えてくる圧倒的な情報量によりかき消されていく。
「この子、今日からここに住むから」
「……マジ? 」
「ねぇ!! お兄ちゃん!! どういう事!? ちゃんと説明してよ!! 」
双子の兄が家に女の子を連れてきてた。しかも美少女を、だ。モデルか何かだろうか。こいつが学校でどんな風に過ごしているのかは知らないが、今まで私以外の女子と話せないと勝手に思っていたので、期待を裏切られた気分だ。
「説明って言われてもなぁ、泊まるところがなくて困ってるから、ここに泊まるって事しか」
動揺する私に対して、兄はまるで我関せずと言わんばかりに答える。
「もっと真面目に答えてよ!! そもそもその子誰? お兄ちゃんの彼女なの!? 」
「彼女!? そ、そんなわけないだろ!! さっき偶々知り合った子だよ!! ってかそれ今関係ないだろ!? 」
「惣一朗……迷惑になるようでしたら私は…… 」
「いや全然迷惑じゃないよ。な? 文乃」
兄は笑顔のままだが、その顔には肯定しろと書いてある。こいつは自分と同年代の女子が一人増えることの大変さをほんとに分かってんのか? と心の中で叫ぶ。
「え? あ……。うん」
圧力に負けて思わず首を縦に振ってしまう。
「ほら。文乃も良いって言ってる事だし気にしなくていいぞ。」
「ですが……。 」
「むぅ、渋るね。さっきは良いって言ってたのに。もしかして文乃の事苦手? 」
なんつー質問してんだ。お前が女子なら二秒でハブられてるぞ。
「断じて、そんなことはありません……! ただ……どう接すればいいのか分からないのです……。 今まで、年の近い女性と話した経験が全く無くて… 」
目の前の少女は寂しそうに、しかし何処か自虐めいた表情でそう呟く。何それ。分からない事だらけだが、少なくともこの子が、私には想像のつかないような生活を送っている事だけは理解した。
「そっか……。 ごめんな。無理に気を遣わせてしまって。文乃もすまんな、無理強いしてしまって」
「泊まりなよ」
「え? 」
二人が同時に聞き返してくる。後、さっきの推測に補足、この子は友達を欲しがっている。ならば、やるべき事は一つだ。
「だから……家にしばらく泊まっていいって言ってんの。私は士藤文乃。貴方は? 」
「彩原……凛音です」
「凛音、良い名前ね。私が貴方の友達になってあげる。よろしくね」
できる限りの笑顔で、優しく手を前に出す。
「はい!! よろしくお願いします」
するとそれに負けない位の満面の笑みで彼女は手を握ってくる。私は、これから忙しくなるな、とため息をつく。しかし、同時に楽しみにしてたのだ。この少女との生活を。
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