第5話 始炎

 数分後、二人はリビングに向かおうとしていた。

 「文乃は……まだ帰ってきてないみたいだな」

反射的に玄関にローファーがない事を確認する。そして何故か安堵する。そりゃそうだ、こんな可愛い子を部屋に連れている事を知られたら、どうなるかわからない。

 「文乃? 惣一朗の兄弟ですか? 」

 「そう、正確には双子の妹。まぁ、俺の方がほんの少しだけ早く産まれただけなんだけどね」

 「へぇ……双子なんですか。私には兄弟はいないので、なんだか羨ましいです」

凛音が興味ありげな顔で呟く。

 「いや、そんな良い物でもないよ……結構いいように使われるだけって部分もあるし」

ありのままの真実を述べる。特に、高校生になってから完全に主従関係が出来ている気がする。それとも、俺が妹に甘いのだろうか。リビングのドアを開ける。

 「そういえばシュークリーム買ったんだけど食べる? 今日のお礼ってことで」

 「ありがとうございます。お礼という事なら、大量のシュークリームをあらかじめ注文しておいた方がいいですよ」

シュークリームをほおばりながら、俺を少し揶揄う様な口調でそう話しかける。

 「俺はこれから山ほどお前の世話になるのか……ってまだ分かんないことが多すぎる! そもそも護衛って、いつまで、どんな風に守られるんだ? 俺はこれからもあんな奴らに襲われ続けるのか? 後!そもそもなんで俺に捕獲命令が出てるんだ! 」

 「……一度にそんな沢山質問しないで下さい。まだ食べてる途中です」

ムッとした表情の凛音に叱られる。

 「あっ……すんません…」

シュークリームを食べ終えて一息ついた後に凛音は話し始める。

 「そうですね。まずいつまで、という事ですが詳しくは私にも分かりません。なので、本部の方から帰還命令が出た際ということにしておきましょう。次に、どのようにという事ですが、それについては後々説明します。残り2つの質問ですが、そればかりは敵さんに聞いてみるしかありません」

 「なんだよそれっ! 分からない事だらけじゃないか! 」

いつもの口調より力が入る。まるで凛音を攻めているみたいな口調になってしまう。

 「すいません……私にも分からないことだらけなんです……」

凛音は申し訳なさそうに頭を下げる。そんな彼女を見て、先程の自分の言い方が如何に愚かだったのかを思い知る。

 「いや…。強く言い過ぎた。ごめん」

素直に謝る以外の選択肢はないだろう。

 「いえ、気にしないで下さい。もし私が惣一朗の立場だったのならもっと酷く動揺していたでしょうし……惣一朗はとても強いです」

落ち込む俺を慰めるように話しかけてくれる。この子、良い人すぎないか。

 「いや、ほんとに申し訳なかった。ところでさ、さっきのどうやって守るって話なんだけど、凛音が1日中守ってくれるの? 」

期待の念を込めて質問する。勿論、多くの下心を込めてだ。

 「違います。惣一朗はアホですか」

まるで、甘えるな、と言わんばかりの顔で凛音はその質問を一蹴する。というより、当たり強くないですか。上げた後に落とされた気分だ。

 「いくら私が付いているからと言っても、常に貴方を守り続けることは不可能です。最悪の事態が起きる前までに、惣一朗にはやってもらう事がいくつかあります。まず、一つ目は<地導術>いえ……<地導力>を使えるようになって貰います。これは、最低限の自衛は自分で行ってもらうためです。強ければ強い程良し、です。私を守れる位強くなってくださいね」

凛音は何故か少し寂しそうな口調で、最後の一言を付け加える。確かに、自信はないけれども。

 「了解……と言いた所だけど、俺にできるのかなぁ。今まで<バベル>なんて見たことないよ」

 「推測ですが、惣一朗は既に<地導回路>を持っています。原因は不明ですが、それが働いてなかっただけでしょう。でなければ、あんな大怪我、一般人がこんな瞬時に治す事はできません。それに、僅かですが<導力>を感じます」

 「確かにそっか。でもほんとに、いつもとなんも変わんないよ。身体の中で何かが回ってる感じなんて全然しないもん。」

 「……それはきっと、私が惣一朗を回復させる際に、私が使った力が、通常と逆向きに回る回路から生成された物だからでしょう。きっかけがあれば回路は動き始めるはずです。そうですね、手を少しこちらへ」

 「手? よくわかんないけどどうぞ」

指示に従って黙って手を突き出す。

 「今から貴方に通常の向き、時計回りの回転で生成された地導力を与えます。初めは少し違和感があるかもしれませんが、我慢してください。準備はいいですか?」

 「よし、よろしく頼む……!! 」

凛音は頷き、手に力を込める。その瞬間に、身体の血管に沿って異物が流れ込んでくる。鼻の奥に綿棒をねじ込まれるような、反射で今すぐ手を振り払いたくなるような違和感だ。首のあたりの皮膚がざわつく。

 「……うっっ、ぐっ、あああああ……! 」

全然少しじゃないやないかい!!と心の中でツッコミを入れた直後、目が壊れるような、強烈な停電に襲われた。そして一筋の光とともに出現した風景は、俺が見た事あるものだった。

 「これは……前、夢で見た……!!」

一面の砂漠に照りつける灼熱の太陽。そして、明らかに場違いである風車。今回は風は吹いていない。そんな空間に俺は立っていた。

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