第4話 <バベル>

「えっと、じゃあ毎年日本でどれくらいの人が行方不明になって見つからなかったり、あるいは死体で帰ってくるかってわかりますか? 」

「そうだね。大体10000人位? 」

「大体当たりです。その中の半分くらいは、「地球という生命体」のせいだって言われたらどうしますか? 」

彼女は先程までと変わらないトーンで言葉を紡ぐ。表情はいたって真剣だ。

「……それが俺の知り合いだったら近場の病院をお勧めするだろうけど、殺されかけてその傷が即座に治ったりした後だと……流石に話を聞くしかないよな。続けて」

「<ルシャトリエの原理>をご存じですか? 高校の化学で習う内容なんですけど、とても簡単に説明すると「物事は常に安定した状態を保とうとする」ってやつです。それは、地球という惑星に対しても有効です。数百年前から、人類は目覚ましい進歩を遂げて、全員……というわけではありませんが前より豊かな生活が送れているのも事実です。しかし、余りにも早い進化が地球温暖化、環境破壊などで他の生物に損害を与えています。核や、最新の兵器は、同じ人間の命でさえも大量に奪っています。そんな状況に地球は耐えられませんでした。そうして産まれた生命体が<バベル>です。<バベル>はごく一部の人間を除いて、普通の人間には見えません。突如地の底から現れて、人間を間引いていくのが奴らの仕事です。しかし、地球の進化に呼応するかのように人類も進化しました。バベルを視認する事が出来て、奴らに対抗しうる手段を持ちうる人間、それこそが<術師>、否<地導士>と呼ばれる存在です」

凛音は聞かれた質問に忠実に答える。告げられた内容はにわかには信じられない内容だったが、俺は気付けば次の質問を口走っていた。自分の知らない日常。毎日の繰り返しから逃れられる可能性が、明らかに俺を興奮させている。機械仕掛けの社会で、他の人と少しでも違う部品になれるかもしれない、と思ってしまった。

「……どうやって<バベル>と戦ってるの? 」

「奴らも私達も共通して<地導力>というエネルギーを使用します。これは地表から近い部分に存在していて、一般人はそもそも使用することができません。このエネルギーを、身体の内部にある<地導回路>という物に通して肉体を強化したり、<導術>に使用したり様々な物に応用する事ができます。それらを駆使して<バベル>と戦うのが私たちの仕事です。そして<バベル>の駆除、対策を行う機関の名前が<ノア>、私が所属している機関です」                                                                                 どうやらこうも信じられない事が連続すると身体が驚きにも次第に慣れてくるらしい。話の後半になると構造をすんなり理解することができた。まだ知りたい事は沢山あるが、まず第一にやるべき事を俺は思いついてしまった。

「とりあえず大まかな事は分かった。後、めっちゃ大事な質問あったわ。俺の事は惣一朗って呼んでくれて構わないんだけど……彩原って呼べばいい? それとも……凛音って呼べばいい? 」

少し恰好つけながらそう尋ねる。先程までの落ち着きはどうした。

「……お好きな方を、と言いたい所ですが、貴方に合わせて凛音と呼んでください」

「っわかった!これからよろしくな 」

「了解です。こちらこそよろしくお願いします」

凛音が微笑みながら手を前にかざす。この時見た笑顔は一生忘れないだろう。

「あぁ! 」                                                                                                                                         二人は手をかざした。分からない事だらけだけど、その瞳と掌に感じる温もりだけは、確かに信じようと決心した。



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