第3話 砂漠と風車


夢を見ていた。木も草も何も無い砂漠。灼熱の太陽が、容赦なく照りつけるその現実とかけ離れた風景は、怪我の功名というべきなのか、これが夢、乃ち自分に意識があり、どうやら助かったのだという事を教えてくれた。一瞬にして、突風が吹き荒れる。視界の真ん中に一つだけ立っている風車がカラカラと音を出しながら回る。回る。まだ回る。そして、まるで示し合わせたかのように風車の数がどんどん増えていく。回る。風車が回る。否、回りすぎだ。 


 「なんだよ……!! これ……! 」                                                                                                                            ようやく、自分が異常な状に巻き込まれている事に気付く。違う方向から襲ってくる悪夢に冷汗が流れる。呆然としているこの状況でも、風車は異常な速度で回り続けている。あたりを見渡してみるといつのまにか砂嵐が舞っていた。周囲の土を巻き込みながら嵐はどんどん大きくなっていく。目も開けられない程の勢いで回る砂粒が自分めがけてに降り注ぐ。


 「止まれよ !夢なんだろ! 」


怒りにも近い叫びが周りに響き渡る。すると、先程までの光景が嘘だったかのように嵐は止んで、風車も消えていた。驚かせやがってクソが、と心の中で悪態をついたのも束の間だった。


 「ねぇ」                                                                                                                                        後ろから声がする。自分はこの声を知っている。否、知っているのではない、これは自分自身の声なのだ。後ろを見ると、鏡があった。違う、これは俺だ。


 「後は自分で押すだけだよ? 」                                                                                                                              もう一人の自分は、普段の自分より随分穏やかな表情と口調で、少し揶揄うように笑いながらそう述べた。


 「君とはまた会えると思う。じゃあね」                                                                                                                          前より少し真面目な顔でそう言って、彼は砂に溶けていった。






深い意識の海の底から急に引き上げられる。現実という水面は自分にとって眩しすぎる位だった。


「ああああああああ! うぁぁ……」


口の中から血の味がする。全身は冷汗まみれだった。隣には、心配そうな表情でこちらを見つめる、日本人離れした色の髪を持つ少女が、自分の椅子に座っていた。


「大丈夫ですか? 随分とうなされているようでしたが…」


話しかけられ、急激に心拍数が上がる。努めて女性と話をしてこなかった自分をこれほど恨んだのは、後にも先にもこれが初めてだろう。


「 ……うん。今はもう大丈夫……なはず」


事実だ。むしろ問題は他にある。 うまく言葉を紡げない。これでは自分は陰キャですって自己紹介してるみたいだ。しかし、悪いのは自分だけではないだろう。両サイドの小さな三つ編みに、後ろの綺麗に整えられたお団子は、普段彼女の髪がどれ程整えられているかを、雄弁に物語っていた。月光に照らされた整った顔立ち、細い身体のラインは美少女と表現するには十分だった。だとしたら、これ程の子を生み出した神にも非があるだろう。


「そうだっ!! 刺された俺の傷はっ!! 」


現実に戻り、慌てて着ている服をめくる。しかし、理解不能な状況に陥っていることには既に気付いていた。そうだ、そもそも身体を貫通された人間が、これ程元気に起き上がっていいはずないのだ。


「……傷一つない……どうなってんだよ……」


本来なら喜ぶべき事の筈なのだが、余りに理解不能なことが立て続けに起こるため、思考を溜めるバスタブの中は既にオーバーフローしていた。


「挨拶が遅れました。勝手にお邪魔してすいません」                                                                                                                     黙っていた彼女が口を開く。更にこう続ける。


「傷がそれなりに酷かったので、治療の方は私が行わせてもらいました。しかし驚きました。それは術師並みの治癒力ですよ」


傷があった場所を示しながら感心したように頷く。 


「待って、分かんないこと事だらけなんだけど……でも、とりあえず俺の名前は士藤惣一朗で、俺を助けてくれたのは君だよね?大事な所を本当にありがとう」                                                                      心から感謝の言葉を述べる。きっとこれが正解だろう。


「仕事ですから……気にしないで下さい」


少し照れくさそうにしながらそう返答する。


「分からない事だらけなのも仕方ありません。私ができる範囲でですが、貴方の質問にできる限り答えたい。何かありますか? 」


俺に気を遣ったかのように彼女はそう尋ねる。


「うーん、そうだなぁ。じゃあ、さっき術師並みの治癒力って驚いてたけど、なんで俺の治癒力がそんなに強いの? 別に傷が治りやすいなんて思ったことなかったんだけど…」


まずありきたりな質問から攻める。


「それについては私も正確な事はわかりません。しかし、推測ですが、それと貴方が命を狙われる理由には関連があります」


「そっか。じゃあ、次の質問。術師って何? 」


ずっと気になっていた事だ。きっとこれが、俺の知らない物事の核心だろう。


「……少し長くなると思いますけど」


少し考えた後に、彼女はそう前置きを入れる

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