第15話 貴賤

 折角の王族を自らの暴走行為で、ふいにしたレイラは、落ち込んでいた。

「……」

 今にも死にそうな顔だ。

 自殺願望

   ↓

 生きる活力

   ↓

 自殺願望

 と、非常に情緒不安定だ。

「……」

 そっとその背中に毛布をかける。

 部屋を用意したが、奴隷になった以上、あの部屋を使うことは出来ないだろう。

 話を聞いたアビーも、心配そうだ。

「レオンが、所有者なんだよね?」

「ああ。殿下も人が悪い。セカンド・キスを奪われた挙句、俺に押し付けるとは」

「……」

「何だ?」

「何でもないわよ。馬鹿」

 何故に罵倒。

 気にはなりつつも、俺は、レイラを放っておき、フェンリルの相手をする。

『……』

「オーブリー?」

 そっぽを向かれた。

 レイラにキスされた後からずっとこの調子だ。

 嫉妬しているのだろう。

 前世で飼い主が、縫い包みを可愛がっていると、ペットの犬や猫が、その縫い包みに嫉妬する動画をSNSで観たことがあるからだ。

『……』

 フェンリルは、レイラを睨み付けた後、俺に申し訳なさそうな顔をする。

 怒っている相手はレイラであって、俺ではないようだ。

(もしや)

 と思い、フェンリルの背中を擦ってみる。

 すると、案の定、殺意が感じ取れた。

(成程な)

 恐らく、レイラに対してだろう。

 俺達は、主従関係にある為、使い魔の感情はある程度、テレパシーで分かる。

 嫉妬か如何か判断がつくのも、この為だろう。

 もしかすると、俺が居なければ、レイラを嚙み殺すかもしれない。

 俺への忠誠心―――否、妄信、偏愛は、計り知れない所があるから。

(事件が起きる前に対応しなきゃな)

 言いたくはないが、レイラは、一応、だ。

 クラコウジア帝国から嫌われていても、一応は、向こうの元王族なのだから、何かしらには、使える可能性がある。

 俺が、彼女を救ったのも、それが理由の一つだ。

 決して、崇高な精神の為ではない。

「フェンリル」

 努めて、優しく声を掛けては、

『ひゃ!』

 フェンリルを持ち上げた。

 大きな狼だ。

 世界最大の狼種は、アラスカ狼とされる。

 その重量は、平均的な雄で60㎏。

 個体によっては、80㎏もあるものも居る。

 体長も150~210cmにも及ぶ。

(出典:世界雑学ノート 世界最大の狼・世界一大きい狼 2021年1月12日)

 魔力で自由自在に姿形を変えることが出来るフェンリルは、アラスカ狼のようにほぼ決まったサイズではないが、それでも、今の彼女は、200cm100㎏はあろう。

 それを170cmの俺が持ち上げるのだ。

 彼女も驚くのは、当然の話である。

 ふらつきつつも、持ち上げた俺は、そのまま御姫様抱っこ。

 腕がぷるぷるするが、日頃、鍛えているので、持てないことは無い。

『主君?』

 フェンリルは、心配そうだ。

 御姫様抱っこは嬉しいが、それ以上に俺の腕が折れないか心配な様だ。

 どんどんと縮小化し、子犬くらいのサイズになる。

「そうだったな。変えられるもんな?」

 とぼけて見せると、フェンリルは、頬を舐めた。

『主君、どうして?』

「いいかい?」

 俺も又、フェンリルの頬にキスをした。

 毛深くて猫吸いのようになったが、これで平等だ。

「レイラは、殿下の御命令により、俺の奴隷になったんだ。煮るなり焼くなり俺の自由だよ」

「!」

 びくっと、レイラが反応した。

「でも、殺しはしないし、傷付けもしないよ。折角、殿下から頂いたプレゼントだからね」

「!」

 レイラが振り向く。

 殺傷しない、という宣言に強く反応したのだ。

「だから、彼女を敵視するなよ? これは、命令だからね?」

『……はい』

 先程、キスされたことで惚けたのか。

 意外にもすんなり、受け入れる。

 触れると、殺気も薄まっていた。

 これが、正解かどうかは分からないが、取り敢えず、この部屋が、事故物件にならずには済みそうだ。

 フェンリルは、オーブリーの姿になり、甘える。

「御主人、大好き♡」

 そして上書きするように、俺の唇に自分のそれを押し当てるのであった。


 レイラが奴隷になったのは、御触れにより、国民に知れ渡る。

「レオン様は、鬼畜だね。一旦、王族のままで居させて、安堵させた所で、奴隷にするなんて。生粋のサディストだよ」

「そうだな。常人には、考えられないな」

「逆らわない方が良さそうだ」

 厳密には、奴隷にしたのは、ソフィアなのだが、誤って伝わっていた。

 国営紙にも、

『人質を奴隷にする獅子、レオン閣下』

 と、報じられている。

 国営紙までもこの始末だ。

 ただ、俺は、誤報とは思っていない。

(ソフィアを守る為か……)

 国民には、女神のように敬愛されているソフィアが、激高したことは、流石にイメージ低下に繋がりかねない、と報道官が、判断したのかもしれない。

 戦前の日本でも、天皇は、イメージを守る為に写真で笑顔を見せることは出来なかった、とされる。

 また、JFKとその妻、ジャクリーンは、共に喫煙者であったが、イメージ戦略から喫煙する所を撮影されることを嫌がった。

 高位者ほど、生活には困らないがその分、自由が制約される典型例といえよう。

 なので、ソフィアの代わりに俺が憎まれ役になった、と思われる。

 まぁ、予想はし易い。

 平民出身だから、こういう時に利用され易いのだろう。

「御免ね」

 ソフィアは、謝罪した。

 あの出来事から次の日、彼女は、朝から俺の部屋に来ていた。

 開口一番、これである。

 一晩経って冷静さを取り戻したのだろう。

「いえいえ。気にしていませんよ」

 これは、本心だ。

 真実ではないが、全てを真実に報道することもあるまい。

「zzz……」

 俺の膝の上では、アリアが寝ている。

 朝早くから、ソフィアと来ては、姉の話には興味無く、フェンリルと一緒に遊んだ後、これだ。

「妹も何時も迷惑かけているね?」

「いえいえ。光栄ですよ」

 アリアの髪を撫でる。

 不敬と思われるかもしれないが、もう俺達は、主従関係を越えた関係だ。

 アリア自身、「ともだち」と公言している以上、それに付き合うのが、真の忠臣だろう。

「くうん♡」

 フェンリルも甘えて、傍に座る。

 そして「撫でろ」と目で訴える。

 一応は、彼女がしもべなんだけどな。

 まぁ、別に良いけど。

 フェンリルの顎を撫でると、彼女は、「ゴロゴロ」と喉を鳴らす。

 お前は、猫か。

「仲良いのね?」

「そうですね」

「……レオン」

 意を決した面持ちで、ソフィアは尋ねた。

「若し、良ければなんだけど、友達になってくれない?」

「友達?」

「うん。恥ずかしい話、私、友達が居ないのよ。王女だから」

「……」

 王族の中でも、ソフィアの発するオーラは、別格で、話しかけ辛いオーラを纏っている。

 だからこそ、なのかもしれない。

「殿下が御望みならば」

「本当?」

 嬉しそうにソフィアは、微笑んだ。

「じゃ、じゃあ、もう一つ、頼めるかな?」

「何です?」

「妹を貰って欲しいの?」

「……」

 俺の思考が止まった。

 妹って貰えるものだっけ?

「ええっと……つまり?」

「アリアよ。ほら、そんなに懐いてるでしょ? だから、婚約者に」

「……懐きと恋心は違うかと」

「そうかな?」

 アリアが、起きた。

「なあに?」

「なんでもありませんよ」

「そう?」

 俺の言葉に安堵したのか、アリアは、座り直し、俺にしがみつく。

「ねぇねぇ、れおん」

「はい?」

「あねうえとけっこんして」

「「……は?」」

 俺達の声が重なる。

「みんな、しあわせ。あびーも、おーぶりーも」

「「……」」

 この国では、一夫多妻は、認められいる。

 逆に一妻多夫も可だ。

 キリスト教が無いからこそ出来る結婚制度だろう。

 その上、男女共に愛人が認められている具合だ。

 神父がこの世界に来たら卒倒するレベルだろう。

「みんな、かぞくになろうよ」

「「……」」

 俺達は、顔を見合わせて笑う。

「殿下、どうします?」

「恋のクピードーね。じゃあ、お友達から御願い出来る?」

「こちらこそ御願いします」

 そして、俺達は、婚約者になった。


 アリアが仲介した為、俺達は、一家になった。

 家長兼正妻 :ソフィア

 主夫    :俺

 側室    :アリア

 側室    :アビー

 ペット兼側室:オーブリー

 侍女兼愛人 :レイラ

 なんちゃってだが、一応は、キリスト教徒なので、抵抗はあったものの、婚約すれば、教義など忘れてしまった。

 あれだ。

 イスラム教徒が、日本での生活に慣れてしまい、飲酒や豚肉が好きになってしまうような例だ。

 これからは、農業を始めようと思う。

 軍人は前世で散々したし、今世でも、祖国には義理を果たしてつもりだからな。

『主君、何呼んでるんだ?』

「家庭菜園だよ」

『そうか』

 相変わらず、フェンリルは、俺にべったりだ。

 俺の頬を舐めては、キスをせがむ。

 信じられるか?

 これでも性獣なんだぜ?

(アリアが成人した時、一緒にフェンリルとも正式に籍を入れないとな)

 フェンリルを、もふりつつ俺は、未来設計するのであった。

 

(第一部 完)

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元傭兵の異世界まったり建国記 パンジャンドラム @manjimaru

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