第14話 Happy
『人生は美しい。
未来の世代をして、人生から全ての悪と抑圧と暴力を一掃させ、心ゆくまで人生を享受せしめよ』
(トロッキー 1879~1940)
スターリンに命を狙われながら、人生を最後まで楽しもうとした男、トロッキー。
映画の題名の基にもなったこの言葉通り、レイラは、第二の人生を楽しむことにした。
まず始めたのが、王宮内の散策だ。
至る所で雨漏りがし、その補修工事を行っているが、王族は別に苦にしているようではない。
雨漏りをする所を通る際、傘を差せばいいだけの話だ。
クラコウジア帝国では、すぐに業者を呼んで、補修工事し、雨漏り自体無かったことにするだろう。
「……ん?」
庭でレオンとアリアが追いかけっこをしていた。
「えへへへへ」
「殿下め。すばしっこいな」
フェンリルも混ざり、レオンと連携し、アリアを挟み撃ち。
が、
「えへへへへ」
するりと、アリアは、穴を見つけ出し、躱す。
その様子をソフィアとアビーが、微笑んでみていた。
「まるで兄妹ね」
「あ、殿下もそう思われます?」
追いかけっこは、最後、アリアのスタミナ切れで終わる。
「はい、捕まえました」
「きゃはははは」
高い高いされ、アリアは、嬉しそうだ。
フェンリルが、その汗を舐める。
「あ、もうこしょばいよ」
『そのままの状態ですと、御風邪になるかもしれませんので』
汗臭さは、どんどんバニラの香りに変わっていく。
「アビー、お風呂入る」
「承知しました」
恭しく一礼後、アリアは、アビーの手を取り大浴場へ。
フェンリルが人間化し、レオンに甘える。
「御主人様も素早いね」
「そうかな」
「うん♡」
2人のイチャイチャ振りは、もう恋人同士の様だ。
神獣は誰にも懐かない、という話であったが、これは、前例に無い話だ。
世界中の生物学者や聖職者が、殺到するレベルである。
2人は、レイラに気付き、御辞儀した。
「あ、殿下。お早う御座います」
『お早う御座います』
ソフィアも続く。
「お早う御座います」
「あ、
アビーから習った現地語だ。
発音は完璧ではないだろうが、兎にも角にも順応には、1にも2にも現地語の習得である。
レオンが問う。
「現在、困ったことありますか?」
「い、いえ……」
「何か御用がありましたら、御呼び下さい。では―――」
「あ、あの……」
「はい?」
「その……御飯、一緒に食べたいんですが、よろしいでしょうか?」
自分でも驚くほどの積極的だ。
「? 御一緒させて下さるんですか?」
身分は王族でも、心は平民だ。
レオンは、何時までも低姿勢である。
「え、ええ。出来ますか?」
「光栄です」
にこりと笑う。
フェンリルが、レオンの手を甘噛みした。
「くうん♡」
「分かってるよ。一緒だよ」
「くうん♡」
フェンリルは、小型化し、レオンの膝に飛び乗る。
「レオン」
「はい」
ソフィアに呼ばれ、レオンは、直ぐに返事した。
調教された家畜の様な素早さだ。
忠誠心で言えば、
ソフィア>アリア
なのかもしれない。
「あの、私も良い?」
「良いですよ」
断る理由が無い。
こうして、3人と1頭の会食が決まった。
会食場所は、レオンの部屋だ。
「「……」」
2人は、驚いた。
もう少し雑然とした中身を予想していたのだが、蓋を開けてみれば、予想以上に綺麗であった。
何故か、オーブリーも自慢げだ。
「毎日、お掃除の甲斐だね?」
「そうだな」
ソフィアは、銃架に夢中であった。
・ベレッタ92
・カラシニコフ狙撃銃
・AK-47
AK-47以外は見た事が無い武器だ。
「レオン、触っても良い?」
「暫く御待ち下さい」
レオンは、弾を抜く。
「どうぞ」
「今のは?」
「事故防止の為です。失礼ですが、不慣れな者が扱うと、誤射してしまう可能性があるので」
「成程」
ソフィアは、鏡の前で構えてみる。
恥ずかしいが、似合わないことは無い。
「絵師を呼びましょうか?」
「いえ、そこまでは」
赤くなって、銃架に戻す。
突然、来たのにも関わらず、レオンは、嫌な顔をしない。
王族だから気を遣っているのかもしれないが、それでも忠誠心は伺える。
2人は、男の豪快な手料理を予想していたのだが、レオンが台所から持って来たのは、
・白米
・サラダ
・焼き魚
と意外とヘルシーであった。
焼き魚を見て、ソフィアは尋ねた。
「菜食主義者?」
「いえ。肉も食べますよ」
「そうなんだ」
魚や野菜を食べる男性は少ない。
それらは、精進料理として、修道女といった聖職者向けの食べ物、と考えている男性が多いからだ。
「そういえば、庭に野菜を栽培しているね?」
「ああ、芋ですよ。ヘルシーですよ。カレーにも使いますし」
「え? 自分でも作るの?」
「はい」
「「……」」
2人は、顔を見合わせた。
この世界では、女性が家事を行う、という概念がある。
現代だと性差別、と見られるだろうが、この世界では、「男は外で働き、女は家で働く」という文化なのだ。
「どうぞ」
「「あ、有難う」」
2人は、同時に食べ始めた。
レオンもオーブリーも1テンポ遅れて倣う。
敢えて、遅れたのは、王族に気を遣ったのだろう。
ただ、レオンも身分上は、王族なのでその必要は無いのだが。
「「あ」」
双子の様に重なる。
思いの外、美味しかったからだ。
「あーん」
「自分で食べれるよ」
「御奉仕させて下さい♡」
相変わらず、べったりだ。
レオンの頬も舐めることは忘れない。
食事中の席では、不作法であるが、相手は神獣。
誰も咎める者は居ない。
「オーブリー、お座り」
「くうん♡」
唯一、レオンを除いて。
「御前だからな。自制するんだよ」
「はーい♡」
オーブリーは、神獣なので、人を従える存在なのだが、御主人・レオンには、デレデレだ。
その気になれば、フェンリルの力を悪用して世界征服も可能だろう。
オーブリーの顎を猫の様に撫でるレオンに、
「この度の御恩有難う御座います」
レイラが頭を下げた。
「いえいえ」
レオンは、否定しつつ、完食する。
流石、軍人、早食いである。
「それで、返礼がしたいのですが」
レイラは、ソフィアを気にしつつ、提案した。
「私を愛人にして下さりますか?」
「な!」
ソフィアが、目を剥く。
レオンも困惑している。
「愛人、ですか?」
「はい。体で返すしか出来ませんので」
「「「……」」」
傾国の美女であるレイラを愛人にするのは、抵抗がある。
「……それとも、寡婦は嫌いですか?」
フランツ最後の側室なので、当然、処女ではない。
それを気にしての発言であった。
「いえ、嫌いではありませんよ」
「レイラ―――」
「お慕い申し上げます」
ソフィアの制止を聞かずにレイラは、椅子を蹴り倒し、レオンに抱き着く。
「ぐえ」
その拍子にレオンも椅子から落ちるが、オーブリーがクッションになる。
「おお、有難う」
「御主人、怪我無い?」
「ああ。オーブリーは?」
「うん。大丈夫」
「レオン様、私だけを見て下さい!」
顔を掴まれ、無理矢理、キスされる。
その重い愛に、レオンの理性も蕩けていく。
「あ、あ……」
ソフィアが、わなわなと震えている。
「うー……」
オーブリーも、唸るも手は出さない。
レイラの境遇に同情してのことだろう。
泣きながらレオンを貪るレイラ。
「「……」」
その様子に2人は、何も言うことが出来なかった。
「申し訳御座いません」
散々、貪った後、我に返ったレイラは、土下座していた。
遥か東方の文化である土下座は、この国に馴染みが無い。
然し、反省しているのは、はっきり分かる所作だ。
レオンも、苦笑いするしかない。
「まぁまぁ……」
一方、ソフィアは、複雑だ。
同情はすれど、怒りもある。
大事な忠臣を寝取られてしまった、そんな感情だ。
「……レイラ」
「は、はい……」
凍てつく様なソフィアの声。
思わずレオン、オーブリーも直立姿勢になる。
「貴様は、我が大事な忠臣の顔に泥を塗った」
レイラが王族の地位を維持出来たのは、レオンの口添えで他ならない。
それを、ソフィアが最終的には認めたのだから、結果的には、彼女にも迷惑をかけたことはいう迄も無い。
「貴様の身分を
「……は」
「所有者は、レオン。所有者に逆らわない様に」
念を押した後、ソフィアは、蹴り飛ばす勢いで退室するのであった。
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