第13話 Life Is Beautiful&QOL

 クラコウジア帝国から使者が送られ、アビシニア王国との間に講和条約が締結される。

 クラコウジア帝国は、

・もう金輪際、アビシニア王国と関わりたくない

 アビシニア王国は、

・軍事費からして戦争継続困難

 と、両者の思惑が、一致した形だ。

 当然、敗戦国は、戦勝国に償いをしなければならない。

 具体的には、

・領土の一部割譲

・賠償金

 の両方、又はいずれかが通例である。

 最貧国のアビシニア王国は、賠償金のみを選ぶ。

 領土を貰っても、人口が少ない分、そこに人を割く必要がある為、余り魅力的ではないのだ。

 賠償金は、1兆クルザード。

 1クルザード=1円である。

 数十年分の国家予算に相当する、賠償金を得ることが出来、アビシニア王国は、ほくほく顔だ。

 それにクラコウジア帝国が、人質まで送って来た為、万々歳である。

 それも前皇帝の側室というのだから、クラコウジア帝国の本気度が伝わるだろう。

 馬車の荷台に載った寡婦をアビシニア王国は、罵倒する。

「敵め!」

「どの面下げて来やがった!」

「死に晒せ!」

 一部は、唾を吐き掛ける者も居る。

 元王妃の名は、レイラ。

『暗い美しさ』を意味する傾国の美女だ。

 アビーよりも深い褐色で、彼女が側室になった途端、フランツが彼女に夢中になり、政務を疎かになったことで、クラコウジア帝国が弱体化した為、クラコウジア帝国側からも嫌われている。

「……」

 レイラは、涙も出ない。

 美人に生まれたのは、自慢だが、まさかそれが、これほど自分を傷付けるとは思わなかった。

 人権の無い世界だ。

 捕虜になった者は、殆どの場合、娼婦になるか、奴隷の二択である。

 自由になるには、逃亡奴隷しかない。

 然し、レイラの場合は、祖国からも嫌われている為、逃げ場所が無いのであった。

 今後、彼女の身分は、王族から、

奴隷シュードラ

不可触民アチュート

 のどちらかだろう。

 どちらも法的保護の対象外なので、どんな暴力を受けても、守ってくれる組織が無い。

 許される時は、死んだ時だ。

 流石にその時は、他の階層同様、埋葬される。

 死後まで忌み嫌われることは、アビシニア王国では、認められていない。

(いっそ、舌を噛み切って死のうかしら)

 死んだら許されるのなだから、自殺を選ぶのは、当然のことだろう。

「……」

 舌を噛んでみる。

 が、痛くて嚙み切れない。

 自殺さえ出来ないのか、と自分の弱さを痛感し、レイラは涙する。

 クラコウジア帝国のそれより質素な王宮に到着する。

 今迄生活していた場所よりも遥かに小さく、古いそれにレイラは、愕然とした。

「う、そ……」

 こんな王宮の国に自国は負けたのか。

 レイラは、政務に一切関与していなかった為、戦争の詳細は知らない。

 ただ、国力くらいは知っている。

 宮殿の玄関では、先に届けられた1兆クルザードが、分配されていた。

 その多くは、政府へ。

 一部は、国民に回される。

 政府が全て持っていくのは、腐敗した国が行うことだ。

 例えば、クラコウジア帝国の様に。

 その点、この国は、クラコウジア帝国と比べると、まともと言えるだろう。

 馬車の扉が開く。

(ああ、殺されるんだ)

 死を覚悟した。

 然し、待っていた言葉は、

ようこそいらっしゃいましたヘリツリッヒ・ヴィルコッメン

「……え?」

 見ると、15歳くらいの青年が、跪いていた。

「……え?」

 先程の言葉を思い出す。

 ようこそいらっしゃいましたヘリツリッヒ・ヴィルコッメン―――は、敬語だ。

 百歩譲って、「ようこそヴィルコッメン」でも良いものを。

 この男は、人質に対し、敬語を使ったのである。

「?」

 混乱していると、男は、柔和な顔で、告げる。

「長旅、御疲れでしたでしょう。前の家よりもランクは落ちるかとは思いますが、新居を御用意致しました。そこで、一時、御静養下さい」

「……え?」

「じゃあ、アビー、案内を」

「うん。では、殿。こちらへ」

「え?」

 思わず、修道女を二度見した。

「はい?」

「いえ、今、『殿下』と」

「えっと……若しかしたら違いましたか?」

 修道女は、困惑の色を見せる。

 男が、フォローした。

殿。御身分は、王族のままですから。殿下なのですよ」

「……え?」

 男は、再び修道女を見た。

「アビー、御疲れの様だから、ご案内を」

「うん。では、殿下、こちらへ」

 半ば、強引にレイラは、連れて行かれる。

 まさかの展開に、頭上に100個ほどの? を浮かべる人質であった。


 レイラは、早速、大浴場でアビーに洗われ、新居に案内された。

「……」

 屋根裏部屋ではあるものの、綺麗にされ、家具もある。

 タコ部屋のような押し込まれた部屋を想像していたレイラには、これでも天国のような話だ。

「何故……?」

「レオンの御指示です」

 アビーは、家具を最終チェックしつつ、答える。

「レオン?」

「先程の者です。先の戦争では、我が国の総大将を務めました」

「! あの男が?」

「はい」

 若い、とは聞いていたが、まさか10代とは。

 驚きの連続で、レイラは、頭痛を覚え始めた。

「……人質、ですよね?」

「はい。ですが、レオンは、殿下に敬意を払い、王族の身分を用意したのです」

「……反対は無かったの?」

「ありました」

 真っすぐな瞳で、アビーは告げる。

「ですが、力で捻じ伏せました。現状、レオンに敵う者は、我が国には、居ません」

「……」

 前例の無い話だ。

 人質が、そのままの身分で居る事が出来るなんて。

「……レオン、さんに会える?」

「御多忙ですが、1時間後であれば可能かと」

「……じゃあ、御願い出来る?」

「はい。畏まりました」

 アビーは、深々と頭を下げた。

 まるで侍女のようだ。

「?」

 アビーが退室後、レイラは、予想していなかった厚遇に驚きつつ、部屋を見回るのであった。


 1時間後、レオンが、やって来た。

 右手には、神獣のフェンリルを手綱で握って。

 左手は、アリアと握手している。

「何か御不満な点等ありましたか?」

「い、いえ、そういう訳では」

 ちらっと、アリアを見る。

「えへへへへ」

 微笑み返され、レイラは、戸惑った。

 それから意を決して質問した。

「何故、私にこんな厚遇を?」

「平和の為ですよ」

「平和?」

「はい」

 レオンは、アリアの頭を撫でる。

「えへへへ」

 相変わらず彼女は、笑顔だ。

 それに嫉妬したのか、フェンリルも、

「くうん♡」

 甘えた声を出す。

 レオンは、フェンリルにも撫でる。

 王女と神獣を一緒にするのは、奇妙な光景だ。

「自分は、こう見えて平和主義者です。他国と戦争する気は更々ありません」

「……では、我が国に攻め込む気はないと?」

「はい。講和条約も成立しましたし、今更蒸し返す気は無いです」

「……じゃあ、私は、今後、送り返されるの?」

 質問した後、後悔した。

 レオンの答えが怖かったから。

「いえ。失礼ですが、殿下の後見人は、自分なので、それはありません。ただ、殿下が強く御望みならば、検討します」

「……後見人?」

「はい。殿下には、悪いのですが、自分は殿下に両国の架け橋になって頂きたいのです」

「かけはし~」

 アリアが、レオンの足に抱き着く。

 相当、気に入っている様だ。

 若しかしたら、お気に入り以上の親愛があるのかもしれない。

「……若し、断れば?」

「強要はしませんよ」

 レオンの言葉にレイラは安堵する。

 祖国に尽くす気は更々無い。

 これまでも。

 今からも。

「……結構、御認め下さるんですね?」

「はい。ただ、約束して頂きたいことが御一つあります」

「……」

「無許可で王宮から出ないこと―――それのみ遵守して下さい」

「そんなこと?」

「はい。国民は寛容とは限りませんからね」

「……」

 先程の国民から受けた仕打ちを思い出す。

 確かに、自由行動は、危険だ。

 その点、レオンの監視下ならば、生き長らえることが出来る。

 直前まで死を望んでいたのに、厚遇されて、生きる希望を見出したレイラ。

「……この御恩は、終生忘れません」

「有難う御座います。では、自分はここで」

 レオンは、最敬礼し、王女と神獣を連れて出て行く。

「……」

 ベッドに寝転がり、レイラは、考える。

 第二の人生のことを。

(ここでなら……)

 その晩、数年振りに熟睡出来たことは言うまでもない。

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