第12話 落魄れた獅子

 ヨハンの戦死は、直ぐにクラコウジア帝国軍に浸透した。

 総大将が居なくなれば、指揮系統を失う。

 5万人もの軍勢は、総崩れ。

 一気に撤退していく。

 1千にまで減っていたアビシニア王国軍は、雄叫びを上げた。

「勝ったぞ!」

「我等の勝利だ!」

万歳ハイル、アビシニア!」

 俺は、フェンリルに跨り、首の入った木箱を担ぎ、凱旋する。

 初陣で、約33倍の相手を破った俺は、一躍、時の人だ。

 然も神獣を従えているのだから、注目しない訳が無い。

「……」

 愛想笑いを浮かべつつ、俺はフェンリルを撫でる。

「くうん♡」

 俺が褒められ、俺に撫でられているから、上機嫌だ。

『主君、今後は、どう致しましょう?』

「相手次第だよ。国防を強化し、3度目に備える」

 5年かけて、再侵攻したのは、クラコウジア帝国は、かつて、やはり、数年かけて2回も元寇を行ったモンゴル帝国を連想させる。

 そのモンゴル帝国は、2回失敗しても尚、3回目の日本侵攻を計画したのだから、クラコウジア帝国も二度あることは三度ある。

 3回目を計画しても驚きではない。

 王宮の前まで来ると、

「れおん~」

 アリアが駆け寄って来た。

 木箱を部下に渡し、俺は下馬する。

 流石に王族の前で騎乗しているのは、不敬だ。

「かったの?」

「はい。殿下の応援を糧に勝つことが出来ました」

「よしよし」

 頭を撫でられる。

 

 入城すると、アビーがタックルしてきた。

 それを力士の様に、受け止める。

「レオン、格好良かったよ」

「うん? 見てたのか?」

「うん。魔鏡でね」

 そうだったな。

 この国の王室は、三種の神器があり、その内の一つが魔鏡である。

 その名の通り、使用者の願望を表す鏡で、王族でしか使えない。

「格好良かったよ」

「有難う。そっちはどうだった?」

「疲れた」

 アビーは、精神的に不安定になった兵士のカウンセリングを行っていた。

 又、戦死者を弔う葬儀の責任者も務めていた。

 疲労困憊で、少し老けて見える。

「御疲れ様」

 アビーを抱き締め、背中を擦る。

「うん、有難う」

 安心したのか、そのまま眠ってしまう。

「フェンリル」

『御意』

 人間化し、オーブリーの姿になったフェンリルに、アビーを託す。

 もう少し看たい所だが、上司への報告が先だ。

「れおん、だっこ」

「はい」

 アリアを抱っこすると、彼女は首に腕を回す。

「れおんは、えいゆ~」

「有難う御座います」

 又、撫でられる。

 そのままの状態で、ソフィアの下へ向かう。


「陛下、《シュヴァルツ》が、又、やってのけました」

 王宮の最上階角部屋。

 そこが、国王のお住まいであった。

「……あの少年が?」

「はい。あの者は、神の使いです」

 大陸には、古代から言い伝えがあった。

『空から黒髪がやって来て大陸の歴史を変える。

 彼は、魔法の杖を使い、世界の歴史を変える』

 と。

 実際、杖は持っていなかったのだが、銃を持っていた為、杖=銃というのが、王室の解釈だ。

 国王は、病に冒され、死が近い。

 倒れたのは、5年前。

 第一次侵攻作戦の直前だ。

 以来、ソフィアが、国王代理である。

 2m100kgはあった屈強な国王は、もう50㎏まで痩せていた。

「フェンリルは、どうだ?」

「懐いては離れません」

「羨ましいな……」

 元々、アビシニア王国が、御神体として祀っていたのだが、パットでの新人に奪われたのは、国王としても複雑だ。

「殿下、戻りました」

 レオンが、アリアを抱っこし、現れた。

 部屋の内側には、入らない。

 流石にそこは、配慮している様だ。

「御帰り。では、陛下。お元気で」

「うん」

 国王は、弱弱しく手を振る。

 ソフィアは、涙を拭って、退室した。

 既に覚悟は出来ている。

「あねうえ、ないてる?」

「うん。戦争が終わったからね。嬉し涙だよ」

 妹に弱い所は、見せられない。

「いいこいいこ」

 アリアが撫でる。

 癒し効果があるのか、悲しみが和らぐ。

 兎にも角にも、戦争が終わったのだ。

 今は、そっちで喜ばないといけない。

「レオン」

「は」

「王族に昇進よ」

「え?」

 固まるレオン。

 階級としての昇進を予想していたのだろうが、生憎、ソフィアには、それをする気は更々無い。

「私の一存で決まったから」

「……はぁ」

 嫌な予感がするのは、気の所為だろうか。


 平民が王族になったのは、建国以来初めてなそうだ。

 ただ、そもそも建国自体が浅い為、今迄居ないのは、無理無い話なのだが。

「王子様♡」

 オーブリーは、俺の頬を舐める。

 拾った子供が、遂には王子になったのだ。

 感慨も一入ひとしおだろう。

「王子♡ 王子♡」

 アビーも大喜びだ。

 身分証には、

『階級:平民ヴァイシャ

    王族クシャトリヤ

 と記されている。

「おめでと~」

 アリアは、相変わらず、のほほんだ。

 元々、俺に好意的なので、それもあるんだろうが、今回に限っては、破顔一笑である。

 俺の昇進は、人手不足だからこそ出来ることだろう。

 逆に歴史が古い大国だと、

・前例が無い

・人手が足りてる

 等の理由から難しかったかもしれない。

「はい、これ」

「?」

 アリアに渡されたのは、手作りの紙のメダル。

『Khattiya』

 と、手書きだ。

「どーぞ」

「有難う御座います」

 それを首から下げる。

 アリア公認の王族だ。

「やった♡ やった♡」

 はっぱ隊の様にアリアは、小躍り。

 俺の手を握ると、そのまま社交ダンス。

 ダンスの経験が殆ど無い俺は、アリアについていくしかない。

 170cmを145cmがリードするのは、奇妙な光景であるが、流石、王族だ。

 英才教育を受けているのだろう。

 体格差を全然ものともしない。

「れおん、だんすへただね」

「申し訳御座いません」

「えへへ。わたしがせんせーになるね?」

「はい」

 純粋な笑顔に戦争で傷付いた俺の心の傷も幾分か和らぐ。

 俺が、前世で兵士になったのは、こんな子供達を戦乱から守りたかったからだ。

 ムンバイで最期も何人か子供達を救えたのは、今でも誇りである。

(これからは余生かな)

 王族になった以上、もう昇進は無い。

 後は寿命が来るまで、まったりだ。

 フェンリルとアビーと農業でも始めようかな。


 アビシニア王国の戦勝で終わったことは、クラコウジア帝国に大きな衝撃を与えた。

 5年前は、準備不足を言い訳に出来たが、今回は、5年間も猶予期間があったのだ。

 城の前では、民衆が集まる。

「皇帝を倒せ!」

「弱体化させた無能が!」

「戦争より、減税を!」

 革命の機運が高まりつつあった。

 こんなことになったのは、フランツの強権政治が原因だ。

 国民の疲弊を厭わずに、領土拡大に邁進し、その旨味を国民に還元しなかった。

 扇動者は、共和派や反戦派だ。

 彼等は、5年前の敗戦で、今回の戦争には、否定的であった。

「「「小麦とパンを! 小麦とパンを!」」」

 銅鑼を叩いて、民衆は、柵に押し寄せる。

「「「……」」」

 兵隊が、王宮を守っているものの、彼等は、既に皇帝への忠誠心は無かった。

「糞! 不忠共が!」

 部屋に監禁されたフランツは、洋酒を入った瓶を壁に投げつける。

 周りには、誰も居ない。

 仲が良かった皇太子や皇女、貴族は皆、新たな皇帝を選出している真っ最中なのだ。

 敗戦の責任を問われたフランツは、今や、風前の灯火である。

 待っている先は、

・退位

・死

 のどちらかだ。

 政変になったのは、大国・クラコウジア帝国が、元属国・アビシニア王国に敗れたことで、諸外国が、クラコウジア帝国の分割に乗り出したからである。

 古くからの友好国であった国でさえ、距離を取り、包囲網に加担しているのだから、文字通り、世界を敵に回した感さえある。

 一時は、大陸の大部分を支配下に治めたクラコウジア帝国は、誰の目で見ても、転換点になっていた。

 イギリスの歴史家であり、思想家、政治家でもあるジョン・アクトンは、次のように遺した。

『Power tends to corrupt, and absolute power corrupts absolutely.Great men are almost always bad men.(「権力は腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する。偉人は殆ど常に悪人である」)』

(1887年4月5日 史家のマンデル・クレイトンへの手紙より)

 盛者必衰、とも言えるクラコウジア帝国は、国体護持の為にフランツに全責任を押し付けたのだ。

 陸軍悪玉論ならぬ、フランツ悪玉論である。

 緊急帝室会議が始まって数時間後、

「陛下」

 扉が開き、皇太子が、姿を見せる。

 周りには、親衛隊が囲い、フランツの行動次第では、射殺も辞さない覚悟だ。

「この度、私が、新皇帝に即位します」

 皇太子は、オーウェン。

『若い戦士』の意味を持つ、フランツの息子だ。

 無能揃いな中で、唯一、聡明に育ち、クラコウジアの希望であった。

 スポーツ刈りに、その胸筋の厚さは、最近のクラコウジア人にはないことだ。

「! 貴様? 何故、ここに?」

 聡明であり、国民から人気の高かった皇太子をフランツは早くから危険視し、遠方に左遷していた。

「帝室会議に呼ばれて来たまでです。弱体化は、貴方の所為です。捕らえよ」

「「「は」」」

 親衛隊が、フランツを組み伏せた。

「糞!」

「あと、貴方の側室は、お詫びとしてアビシニア王国に御送りしました」

「な!」

「傾国の美女は、我が国に不要です」

 オーウェンは、抜刀し、フランツの胸を一刺し。

「う」

「御父上、左様なら」

 数時間後、フランツの急死とオーウェンの即位が御触れによって、国民に知れ渡るのであった。

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