第11話 オケハザマ
1941年6月22日。
『聞いて下さい! こちらモスクワ放送! ソビエト政府の発表です。ソ連邦市民の皆様へ、本日6月22日、朝4時に宣戦布告無しにドイツ軍によって、多くの国境が攻撃され、ジトーミル、キエフ、セヴァストポリ、カウナス等の都市が爆撃されました』
―――
『スターリングラードは最早、街ではない。
日中は火と煙が
それは焼けつくように熱く、殺伐として耐えられないので、犬でさえボルガ川に飛び込み、必死に泳いで対岸に辿り着こうとする。
動物はこの地獄から逃げ出す。
どんなに固い岩でも、いつまでも我慢していられない。
人間だけが耐える?
神よ、なぜ我らを見捨て給うたのか……』
(ドイツ軍将校の手記より*)
―――
『私はこの目で、何千という女や子供の死体が線路や公道沿いに散らばっているのを見た。
彼らは、ドイツの禿鷹どもに殺されたのだ。
女子供の涙が、私の胸の中で煮えくりかえった。
殺人鬼ヒトラーとその一味には、その涙を、奴らの狼の血で償ってもらう。
憎しみに燃えた復讐者は容赦しない』
(『散文詩』 スルコフ*)
―――
『その日は雪がちらついていて、身を切るような寒さだった。
…蛇が見える。
生け捕りにされて傷ついた者の、長い長い列だった。
くねくねと長いやつ…地平線に向かって一列に進んでゆく、
どれが先頭なのか見分けがつかない。
列の後ろの方に、道に倒れて動けなくなったドイツの陸軍中尉がいた。
中尉は、狼のような声で泣き叫ぶんだ。
パウロ、待ってくれ。
ピーター、見捨てないでくれってねぇ…
仲間は肩を竦めて歩いていく。一度も振り返らずにねぇ』
(ソ連兵の回想*)
……
死者
ドイツ軍 1075万8千人
ソ連軍 1470万人
(*共に諸説あり)
独ソ戦の死者数は、第三次世界大戦が起きない限り、更新は不可能な数字だろう。
因みにこの数字は、
日本 213万3955人(兵士:174万955人 民間人:39万3千人)
アメリカ 15万6283人 (兵士のみ。民間人は、不明)
(出典:ウィキペディア)
を合わせても全然届かない数字だ。
幸運なことに独ソ戦を俺は、経験していない。
然し、戦後に出版された体験記を読む限り、その内容はまさに地獄絵図であったことはいうまでもない。
若し、経験者ならば、俺は発狂していたと思う。
アビシニア王国VS.クラコウジア帝国のそれは、独ソ戦の規模には、遥かに及ばないが、激戦さは、負けず劣らずだろう。
「ママ~!」
下半身を地雷で失くし、泣き叫ぶ帝国軍兵士。
見た限り、10代くらいだ。
若し、生存出来ても、この先は、過酷な人生が待っていることだろう。
武蔵坊弁慶の様に立ったまま戦死しているのは、こちらの兵士だ。
訓練中に、何度か話を交わし、見知った仲であったが、やはり、戦死は忍びない。
何たって、1時間に100人は死ぬくらいの激戦だ。
当然、少ないアビシニア軍は、高級将校も戦わないといけない。
こちらの軍が、2千人まで減った所で、俺は、最前線から檄を飛ばす。
「左から突け! 挟撃だ!」
「「「応!」」」
茂みに隠れていた奇襲部隊、500人が一斉にAK-47で襲う。
「うわ! なんだ!」
「魔法か?」
「ぎゃあ!」
初めて見る銃に帝国軍は、大混乱だ。
砲撃も続いている。
「てー!」
砲撃部隊が、アームストロング砲を使う。
ドーン!
地面が抉れるほどの衝撃だ。
最前線に居た俺にも、その砂を被る。
「改造し過ぎたな」
口に入った土を吐き出しつつ、フェンリルを見た。
「8時の方向、1500m先に落雷出来るか?」
『案ずるな』
魔力を溜めて、天に向かって唾を吐く。
数秒後、指定通りの位置に雷が落ちた。
本音だと最初からフェンリルを多用したい所だが、最初から魔力を消費すると、暴走する可能性がある。
ここぞという時にしか使えないのだ。
分かり易く言えば、智弁和歌山の『ジョックロック』と同じだ。
雷は、地面を伝って、周囲の帝国兵を感電させた。
落雷地点の高級将校は皆、焼け死に、他の帝国兵は、動けない。
生爪が剥がれ、苦しむ者も。
この一撃で、ざっと1千人が被害に遭った。
無論、こちら側は、無害だ。
動揺した所を奇襲部隊が、銃撃する。
十字砲火で狙い撃ちだ。
「糞! 一旦、引け!」
5万人にまで減った帝国軍は、体勢を立て直す為に一旦、引く。
「アームストロング砲、狙い撃ちだ!」
直後、アームストロング砲が、5万人を狙う。
上野戦争で、幕府軍を圧倒させたその威力は、ここでも一緒だ。
俺もAK-47を持って、戦う。
指揮官は、守られている立場だが、俺は、自分でも戦うタイプだ。
その方が士気が上がり易い。
ISに自国の兵士を焼殺されたヨルダンの国王もその報復攻撃に参加した、という。
(*当局は、これを否定している為、真相は不明)
独立記念日に宇宙人と戦う映画でも、元空軍の操縦士であった大統領が、「空に帰るのさ」という名言と共に空軍機に乗り込み、米軍の士気は上がったものだ。
最初から慕われている、というのも影響しているのかもしれないが、兎にも角にも、危険な行動の反面、戦闘では、大きく影響を及ぼすことは間違いないだろう。
俺がフェンリルと飛び出すと、現場は盛り上がった。
「大将が来たぞ!」
「守り抜け! 祖国の平和の為に!」
「ここが正念場だぞ!」
弓矢が、俺達に向かって、飛んでくる。
『主君、これからどうするんです?』
「皆が働いてくれてるからな。俺もちょっとは苦労しないといけないでしょ?」
笑って、ギリースーツを斬る。
フェンリルは、魔力を使って透明化。
そして、俺達は、越境し帝国軍本陣に侵入するのであった。
本陣がある森に侵入した途端、雨が降って来た。
「(臭跡、大丈夫か?)」
『駄目みたい。でも、千里眼がある』
雨で臭いが掻き消されたが、二の矢があるのは、流石、フェンリルだ。
犬の様に文字通り、目を光らせる。
これを最初からしなかったのは、千里眼の魔力の消費量が激しいからだ。
俺は、日頃からフェンリルが、体調不良を起こさぬ様に、常に気を遣っている。
彼女は、神獣なので人間に心配されるほど弱くは無いのだが、そこは、気を遣う必要性は皆無なのだが、フェンリルは、どっぷり俺に甘えている形であった。
『5時の方向、800m先、総大将』
「(了解)」
俺達は、匍匐前進する。
そして、本陣の裏を突く。
その1番の大木に俺達は、上り、本陣内部を観察する。
「……」
『……』
総大将は、フランツの息子、ヨハンであった。
初陣らしく、部下に全てを任せて、自分は優雅にステーキを頬張っている。
訓練を怠っている様で、身長は180cmながら、体重は200㎏。
BMIだと、肥満4度の問題児だ。
護衛は少ない。
慕われていないのだろう。
その少ない護衛さえ、煙草を吹かし、酒を飲む始末だ。
元々、父親が始めた戦争なので、本人はそれほど乗り気ではないのかもしれない。
だとしても、部下が死傷している現状に目を背けて、この体たらくなのだから、無能としか言い様がないだろう。
「フェンリルは、護衛を」
『御意』
透明化ver.を解除し、フェンリルは、本陣に躍り出る。
「ぬ?」
泥酔していた兵士達は、その姿を見ても即応出来ない。
「え?」
次の瞬間、首元に噛み付かれ、胴体と永遠の別れをするのであった。
本陣が混乱する中、俺は、カラシニコフ狙撃銃を取り出すと、
『我が岩なる主はほむべきかな。
主は、戦することを我が手に教え、戦うことを我が指に教えられます。
主は我が岩、我が城、我が高き櫓、我が救主、我が盾、我が寄り頼む者です。
主は諸々の民を己に従わせられます』
そして、撃つ。
奇襲に驚き、腰が抜けていたヨハンの額に風穴が開く。
「うわ!」
「殿下が!」
「逃げろ!」
一気に素面になった護衛は、武器を投げだして、逃げていく。
死体も回収しない所を見ると、レベルの低さが伺える。
「フェンリル!」
『は!』
フェンリルは、遠吠えする。
勝利の雄叫びだ。
[出典:NHK『映像の世紀』第5集 世界は地獄を見た ~無差別爆撃、ホロコースト、そして原爆~ 1995年7月15日]
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