第9話 王女と私
教室に入ると、50人もの生徒が、一斉に俺に注目した。
「「「……」」」
多くが未だ半信半疑の視線だ。
生徒は、俺より2個上の12歳。
小学校6年生のクラスである。
年下と一緒に学ぶのは、プライドが許さないだろう。
然し、軍隊は、実力主義の世界。
軽視することは許されない。
「お早う御座います」
「「「お早う御座います」」」
空いていた席に座る。
フェンリル―――人間化したオーブリーは、隣席だ。
タンクトップにホットパンツは、男社会には、目の毒だが、彼女は、俺しか見ていない。
「挨拶出来たねぇ」
「馬鹿にするなよ」
呆れつつも、教科書を開く。
今日の授業は、歴史だ。
アビシニア王国を知るには、丁度良い。
鐘が鳴り、中年の眼鏡をかけた修道女が入って来た。
彼女は、一度、オーブリーを睨んだ後、教科書を開く。
「では、授業を始めます」
「(睨まれちゃった♡)」
そう言って、俺の手を握るオーブリーであった。
アビシニア王国は、元々、クラコウジア帝国の一部であった。
然し、農業に適したアビシニアを近代化を目指すクラコウジア帝国は、それほど、重要視せず、低位の貴族と農民を強制移住させ、無理矢理、建国させ、属国とした。
貴族は、王室の基となり今に至る。
この様な経緯から、アビシニア王国には、クラコウジア帝国に対し、好感を持っていなかった。
だが、独立出来るほどの力が無かった為、結局、重要な、
・国防
・外交
は、クラコウジア帝国に握られたままであった。
「―――我が国が、遂に宗主国に反旗を翻したのは、先日のことです。アビシニア万歳」
「「「アビシニア万歳」」」
ブラックパワー・サリュートの様に拳を高く掲げる。
これが、この国の民族主義を表すサインだ。
鐘が鳴り、修道女は、一礼。
今日の座学が終わった。
後は、軍事訓練だ。
結界と地雷の為、クラコウジア帝国が、再侵攻する可能性は低いが、一色触発なのは、変わりない。
昼時、ということで俺は、オーブリーと手を繋いで、食堂に行く。
授業中からずーっとこの状態だから、俺の握力は、もう0なのだが、オーブリーは、離そうとしれくれない。
思えば、昨晩からずっとこの調子だ。
狼は分からないが、犬は、甘えたがりなので、この反応は、当然だろう。
「なぁ、オーブリー」
「なあに♡」
「その姿、疲れるのか?」
「何で?」
「昨日、元の姿だったから」
神獣の魔力は分からないが、変身するのだから、相応の魔力を使う筈だ。
「疲れるけど、主君と一緒に居れるからね」
「有難いが、体が心配だ。せめて疲れ難いのに変化してくれ」
「分かったわ」
オーブリーは、俺の頭を撫でる。
擦れ違う男子生徒は、嫉妬の感情を向けるも、オーブリーに逆に睨まれ、目を逸らす。
「オーブリー」
「御免て」
如何やら俺は、神獣の飼い主になっている様だ。
相棒と思っているんだが。
食堂でアビーが、大きく手を振る。
「ここここ!」
既に昼食が机上にあった。
アビーは、うどん。
俺は、カレー。
オーブリーは、チャーハンだ。
「自分で選びたかったな」
「まぁまぁ良いじゃない」
既にアビーのうどんは半分以下。
俺達を待ち切れず、少し食べてしまった様だ。
自由奔放だな。
アビーの隣に座ると、俺達は座る。
野生児と神獣を両手に花だ。
ちょっと冷めているが、まぁ、食えない事は無い。
「レオン、食べて食べて♡」
「あいよ」
アビーが、食事介助する。
自分で食えるのだが、野生児には、いい意味で距離が分からない。
俺とオーブリー以外には、こんなことはしない。
逆に言えば、家族以外には、冷たい、という短所なのかもしれないが。
「お、これ美味しいな」
「香辛料たんまりだからね」
ふと気付くと、おでこにビンディを付けた褐色の女性が楽しく談笑していた。
う~ん。
カレーもニューデリーで食べた物とほぼ同じ味、ビンディ。
そしてカーストの様な身分制。
インド濃厚説よ。
ただ、この国には、東洋人、西洋人、ペルシャ人、アラブ人等も居る為、インドとは断定は難しい。
「なぁ、オーブリー」
食べつつ、問う。
「この国って神聖な川あるのか?」
「無いよ。元住処が霊山だけど」
「……良かったのか?」
「敬意さえ払えれば大丈夫よ。所有者、私だし」
俺の口元に付着したカレーを、オーブリーは舐めとる。
前世以来、久々のキスだ。
「ああ!」
アビーが、叫んだ。
「何?」
「レオンの、ファーストキスが……」
ショックを受けている。
正すと、前世でも経験済みなので、これをファーストキスと言えるか如何か微妙だが、兎にも角にも、今世では、最初になるだろう。
「オーブリー?」
「うふふふ♡ 御主人様を束縛したいの♡」
独占欲が強い神獣だ。
「主君じゃなかったっけ?」
「同義だよ♡」
更に強く俺の手を握る。
又聞きだが、犬と人間の時間の感覚は違うらしい。
人間の1時間は、犬の7時間に相当する、というものだ。
犬の寿命から、計算したのだろうが、俺は犬ではない為、分からない。
犬と広義では、同種の狼であるオーブリーは、同じ様な時間の感じ方なのかもしれない。
初めて会った時は、権威に溢れていたが、10年で丸くなり過ぎた。
子犬の様に可愛い。
チャーハンを丸のみで完食後、オーブリーは、俺の膝に座り、徐々に光り出す。
そして、フェンリルの姿になった。
「うわ! あいつ神獣を飼っているのか?」
「フェンリルだ!」
「あいつ、神の使いなのか!」
食堂は、騒然とする。
先程まで俺を危険視していた者も驚き、距離を取るくらいだ。
「フェンリル―――」
『これで主君は、聖人だ』
俺の存在を皆にアピールした後、フェンリルは、子狼になっていく。
『撫でて♡』
「はいよ」
指示通り、頭を撫でる。
「し、神獣を手懐けてやがる!」
「若しかして、神の使いなんじゃないか?」
「じゃあ、さっきの美女は、フェンリル?」
野次馬は、大混乱だ。
敬虔な信者は、フェンリルの為に机上に供物を置いていく。
鹿肉と鮭が、どっさり。
肉食なイメージのある狼だが、研究者によれば、鮭も好む。
(出典:ITmedia NEWS 【意外だったオオカミの好物】 2008年09月03日)
その為、この判断は、正しい。
小型化したフェンリルは、嬉しそうに食べていく。
食堂に獣が居るのは、衛生上、不安だが、相手は神獣だ。
一般的な動物ではない為、同一視してはいけないのかもしれないが。
「い~~~~っぱい」
ひょこっと、アリアが机の下から顔を出す。
「あ、殿下?」
「えへへへへ」
笑顔でアリアは、フェンリルに触れる。
「……」
嫌では無い様で、フェンリルは、撫で易い様に頭を下げる。
「れおん、このこいぬは、おんなのこ?」
「はい」
「わたしといっしょ」
微笑んでは、フェンリルに抱き着いて、犬吸い。
この国では、動物愛護が篤い。
特に人気なのが、猫だ。
前世では、イスラム教が猫の保護に積極的だったが、ここも愛猫家が多いのだ。
猫の次に人気なのが、犬である。
猫同様、可愛いし、何より軍用犬や番犬など、忠義に篤いことから、嫌う理由が無い。
これらの動物愛護精神は、フェンリルを崇めていることが、影響しているかもしれない。
ただ、先にもあった様に鳥害対策に鳩を殺しても、無罪な様に、例外はある様だ。
アリアは、俺の頭も撫でる。
「ともだち」
「はい?」
「れおん、ともだち」
「……はぁ」
困った俺は、アビーを見た。
彼女も困り顔だ。
助けてくれた恩から気に入ったのだろうが、友達認定されるとは思わなかった。
ぐ~。
「おなかすいた」
「何、お食べになります?」
メニュー表を見せる。
『・唐揚げ
・オムライス
・チャーハン
・カレー
・うどん
……』
王宮の中にあり、王族も利用する食堂なのだが、それは庶民的だ。
「きゃらあげ~♡」
「では、注文してきます」
アビーが、御辞儀してカウンターへと向かうのだった。
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