第8話 like or love
10歳での騎士団長就任は、言わずもがな世界最年少だ。
然も、純血種。
民族主義が沸騰していた国民は、大喜びであった。
「凄いな、10歳で、然も無学の癖に騎士団長とは」
「神童だな」
「元々、野生児って話だったけれど、あれは、嘘じゃね?」
300万人の関心は、俺に注がれる。
だが、王宮では、苦労していた。
「戸籍が無いのは、困ったな」
そうなのだ。
俺に戸籍が無い。
なので無戸籍児となり、短所しかない。
前世で言うと、
例
・健康診断、予防接種、児童手当の案内が市役所から届かない。
・保険証が無い→医療費全額負担。
・義務教育も受けられず、就学に困難。
・銀行口座を作ることが出来ない。
・選挙権が無い。
・運転免許を取ることが出来ない。
・年金を受け取れない。
等になる。
(参考文献:mamasta セレクト 2020/01/23出生届を出さないとどうなるの?無戸籍のデメリット)
この世界には、車が無い為、無免許でも問題無いが、それ以外は、結構きつい。
特に医療費全額負担は、軽度の病気でも、医療費が高額化してしまうのだ。
「ジョー。名前を付けて良いかな?」
ソフィアの部屋で俺は、直立不動で居た。
「戸籍の為にですか?」
「そうですわ。軍人になった以上、軍人年金も退役後に支給したいから戸籍が必要不可欠なんです」
「分かりました」
「新しい名前は、妹が考えてくれたわ」
「や」
ソフィアの後ろから5歳児が顔を出す。
以前、助けた女の子だ。
あの時は、御忍びだった為か、平民の服を着ていたが、今回は、王室の紋章が入ったワンピースだ。
「アリア、騎士団長様よ」
「だんちょー、こんにちは」
にぱっと、微笑む。
一回り以上、歳が離れているのだが、笑った感じが、ソフィアと似ている。
「今日は」
「えへへへへ」
上機嫌にアリアは、俺の足元まで来ると、真新しい軍服に触れる。
匂いフェチなのか、匂いを嗅いでいると忙しい。
「御免なさいね。自由奔放で」
「いえ」
「それで、名前なんだけど」
「はい」
「『レオン』ってのは如何かな?」
レオン―――「獅子」「強い」「戦士」の意味を持つ男性名だ。
軍人には、相応しい名前だろう。
「謹んで御受け致します」
どんな名前だろうが、王女の妹が名付け親なら、拒否権は無い。
「れおん、きにいった?」
アリアが、見上げる。
「はい。素晴らしい御名前を下さり有難う御座います」
「うんうん」
何度か頷くと、手を伸ばす。
「……?」
「撫でたいんですって」
「ああ、はい」
頭を下げると、アリアが撫でる。
「うんうん」
満足気だ。
「レオン―――」
「はい―――」
「いや、そのままの状態で良い」
頭を上げる前に制止された。
「貴殿は明日より、王立学校の生徒でもある。勉学に励む様に」
「は」
「れおん、がくせー」
アリアは、俺を気に入ったのか、小一時間、俺を撫でるのであった。
寮に戻ると、オーブリーがフェンリルに戻っていた。
「zzz……」
俺のベッドで涎を垂らし、御腹を見せて眠っている。
(俺の寝床……)
フェンリルを枕にして寝ることも出来なくはない。
然し、フェンリルを起こすのは、忍びない。
仕方なく、ソファに行くと、ここも、アビーが占拠していた。
「ジョー、御帰り」
ノンアルコールビールの瓶を片手にアビーは酔っていた。
着ているのは、明日から通う学校の制服。
所謂、セーラー服、というやつだ。
今迄は、教会で学んでいた為、私服で済んでいたが、今回は、人生初の制服だ。
テンションが上がって飲んでしまったのかもしれない。
ただ、ノンアルコールでも酔うほどの下戸とは思わなかったが。
「ん~?」
腕章の『レオン』に気付いた。
「戸籍、作ったの?」
「うん。学校に入るにあたってね」
「私は?」
「アビゲイルでしょ?」
「うん。そうだけど……」
ちょいちょい、と手招き。
「何?」
近付くと、隣に座らされた。
「殿下ってどんな人だった?」
「御優しい方だよ」
王宮内で俺の帯銃を許す等、信頼している様に見える。
ただ、出逢って間もない為、それほど、人となりが分かっていない。
ただ、悪い噂が無いので、暗君などではないのだろう。
「フェンリルが鳴いていたわよ。『遠くに行っちゃった』って」
「? 一緒に居るけど?」
「馬鹿。手塩に掛けて育てたジョーが、後から出て来たパットでの女に寝取られちゃったのを悲しんでいるのよ」
いや、表現よ。
ただ、気持ちは分からないではない。
「殿下のことは好き?」
「忠誠心はあるよ」
「じゃあ、好意は無い?」
「無いよ。畏れ多いからな」
「(良かった)」
「うん?」
「何でも無いよ」
アビーは、俺を抱き締める。
「昇進するのは良いけど、浮気は駄目だよ」
「分かったよ」
「zzz」
眠るレオン。
私は、その頬を撫でる。
名付け親であり、義弟。
フェンリルと育てて来たのに、この数日で一気に私達から離れてしまった感がある。
無学の癖に、この出世振りは、神様の思し召しなのだろうか。
それとも、単純にこの子が神童なのだろうか。
答えは、神のみぞ知る所だろう。
「……」
以前、レオンから貰った刀を見る。
初めてのプレゼントが、これだ。
化粧品や香水等では無い所が、非常にレオンらしい。
山に居た頃から、レオンは、変な子であった。
いつもフェンリルと一緒に行動し、私が教会に行っている間に国境地帯に行ったり、鉄工所に行っては、「じゅう」(?)とかいう新兵器を作ってもらったりと、おおよそ、同世代の子供とは懸け離れた生活であった。
最初こそ白眼視していたが、あのパレードの時以降、見る目が変わった。
子供の為に王子を殺し、更には、果物で侵略者を阻止したのだから。
フェンリルが可愛がり、又、好意を抱くのも無理無い。
でも、その点に関しては、私の方が先だ。
人間社会の文化を教え、適応出来る様にしてくれた先生に、私は、何時しか惹かれていた。
教会では、悪戯をした子供が、よく尻叩きに遭っている。
中には、一生傷になるくらい、激しいものもある。
それに比べて、レオンの教育は、間違っても、決して暴力を振るわない。
『これは、ね。こういうことだよ』
と、丁寧に教えてくれる。
学校に通っていないのの博識で、勉強している筈の宣教師よりも愛があるのは、不思議だ。
聖職者の階級は、相変わらず低位なままの私だが、成績は上がり、以前の様に下に見られる事は少なくなっている。
その上、レオンが教師だと喋ると、宣教師や修道女は、彼に興味を抱いた。
野生児である私に言葉を教え、又、無学なのに博識なのだから、当然だろう。
絵を描いて見せると、『可愛い』という反応。
その時、私は嬉しさよりも嫉妬心が勝った。
多分、その時が、初恋と悟った瞬間だろう。
この国では、血縁関係が無ければ、極論、義兄妹でも義弟姉でも合意さえあれば、結婚可能だ。
人口が少ない分、他国では認め難い関係性でも寛容、ということなのだろう。
だから、私達は、合意さえあれば、結婚出来る。
ただ、レオンは、私にどう思っているか分からない。
見た所、私よりもフェンリルへの好意の方が大きい様に感じられるが。
「くうんくうん」
フェンリルが甘い声を出して、私達の下へ来た。
そして、レオンの手を舐め始める。
「うん?」
レオンが目覚めた。
懐の拳銃に手を伸ばすも、相手がフェンリルと気付くと、微笑んだ。
「おいで」
「くうん♡」
フェンリルは飛んでレオンに跨った。
そして、そのまま二度寝を決め込む。
レオンは苦笑いしつつ、目を閉じる。
私もレオンに抱き着いては寝た。
翌日、3人は、大量の寝汗を掻いていたのであった。
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