第6話 野生児OUT 騎士IN

 街に行くと、少年が新聞を売っていた。

「大変だよ! クラコウジア帝国が攻めて来たよ~!」

 新聞は、何時もより割高だが、飛ぶ様に売れている。

「畜生、友好国の癖に何てやろうだ!」

「断交だ!」

「糞ったれ!」

 購読者は、一様に怒っている。

 元々、クラコウジア帝国の事実上の支配に不満を持っていた人々が、包丁等で武装し、武器庫を襲う。

 帝国軍は、抵抗するが、勢いは、アビシニア王国の方が上だ。

 あっという間に武器庫を制圧され、クラコウジア帝国の役人の詰所も襲撃に遭う。

 アビシニア王国に民族主義が根付いた瞬間なのだろう。


「大変だな」

 俺達は、喫茶店で優雅にサンドイッチを頬張っていた。

 収入源は、信者の寄付金なので、ちゃんと払う予定だ。

「ジョー、サンドイッチ好き?」

「うん。好きだよ」

「じゃあ、毎朝、作るね?」

「毎朝は、勘弁な」

 正直、飽きる。

 狼少女は、俺に出逢う迄、人間に育てられなかったから、まだ、社会生活に慣れていない所があった。

 俺が、「好き」と言えば同じ料理を毎食出しかねない。

 又、15歳というのに平気で俺の前では、裸になることもしばしば。

 フェンリルもその様な教育をしているのだが、上手く行っていないのが、この現実だ。

「主君、マヨネーズ、ついているよ」

「まじか」

 ちゅ。

 フェンリルが、キスしてマヨネーズをとってくれた。

「おいおい、自分で拭けるよ」

「主君の身の回りの世話は、私の生涯の喜びだ」

 フェンリルに寿命は無い。

 主君が死ねば、又、新たな主君に仕える。

 これまで、何人もの人間に仕え、見送ったのだが、俺の様に1から育てるのは初めての経験らしく、楽しそうだ。

「……なぁ、フェンリル」

「はい?」

「若し、あれだったら、もう俺の代で使い魔を引退出来ないか?」

「と、言うと?」

「もう年齢が分からないくらい、生きているんだろう? 何人もの主君にも仕えた。なら、そろそろ休んでも良い頃だ。ここらで引退した方がよくないか?」

「……では、私は、どうなるんです?」

「だから、俺が最後の契約だよ。一心同体。眷属としての契約は、出来ないか?」

「!」

 大きくフェンリルは、両目を見開いた。

「……初めてだよ。そんなこと言われたのは」

「あくまでも提案だからな。フェンリルが、まだ働きたいのならば別だが」

「……いや、主君のは一理ある。私も何人も見送って疲れた」

 人間は、寿命があるからこそ、時に人生を楽しめることが出来るが、不老不死になると、自分と親しい人間の死を沢山経験しなければならない。

 その度に悲しみ、傷付き、空しくなる。

 それが慣れて来ると、対人関係もただの作業と化し、人間とは、極力、友好関係を築きたくなくなるだろう。

 そんな過酷な精神状況の中でフェンリルは、1人、戦い続けた。

 俺は、彼女に敬意を払いたい。

「どこで眷属の話を?」

「図書館で読んだ」

「主君は、勉強家だな」

 フェンリルは俺の頭を撫でる。

 いつもとは逆だ。

 20歳の女性が、10歳の男児が可愛がっている様だ。

 当然、15歳の義姉は、不満げである。

「……フェンリル?」

「何?」

「ジョーは、私の弟なんだけど?」

「弟に触れるのは、貴女の許可が要るのか?」

「そうよ」

「主君、どう思う?」

 いきなり、話を振られた。

「どうもこうも、俺に人権は無いのか?」

「無い」

「ある」

 義姉と使い魔の意見が、綺麗に分かれた。

 やじろべえの様に俺は、両側から引っ張られるのであった。


 国民の混乱を他所に最後は、パフェを食べていると、

「もしもし?」

 古代ローマの甲冑、板札鎧ロリカ・セグメンタタを着た女性達がやって来た。

 俺の前で最敬礼。

「御神託を受けて、こちらにやって参りました。ジョー様ですよね?」

「そうだよ」

「殿下が御呼びです。失礼ですが、御時間を頂けないでしょうか?」

「殿下?」

 フェンリルが、耳打ちする。

「(この国の王女よ)」

 なんか面倒臭そう。

「あー、時間が無いんで。行ける時に行きます」

 この断り方は、観光崎の大阪で日本人から教わったものだ。

 日本語だと「行けたら行くわ」というらしい。

 然し、ここは、日本ではない。

女性軍人達は、抜刀し、俺達に向ける。

「殿下の御命令です。御協力を」

「……」

 異世界なのは、重々、承知だが、出来れば、民主主義的異世界の方が良かったな。


 協力(拒否不可)により、俺達は、王宮に連れて行かれた。

 王宮、と聞いてベルサイユ宮殿の様な物を連想していたが、いざ行ってみれば、何て事は無い。

 大きな教会風の建物であった。

 所々、罅が入り、色も落ちている。

 とても王宮とは呼べない代物であった。

「先日は、妹を助けて頂き有難う御座います」

 18歳位のすらりとした美女が出迎える。

 モルディブの海を連想させる青い瞳。

 ウェールズ公妃の様なボブカットが特徴的な王女だ。

「ソフィアと申しますわ。貴女は?」

「オーブリーです」

 フェンリルが答えた。

 3人の中で最年長なのだから、真っ先に尋ねられたのだろう。

『オーブリー』は、「エルフの支配者」の意味を持つ。

 この世界では、フェンリルがエルフを支配している為、適当なのだ。

「良い名前ですわね? ジョーの姉?」

 10歳しか違わない為、姉と思われても仕方が無い。

「恋人です」

「「「え」」」

 俺、ソフィア、アビーが重なった。

「初めて聞いたけど?」

「今、初めて言ったからね」

 フェンリル改め、オーブリーは、俺の頭に手を置いた。

「好きだからね。だから、恋人」

「……」

 数段素っ飛ばしているが、オーブリーは、本気な様で、俺の手を握った。

 一方、逆側からは、殺気が。

 怖くて振り返れないが、義姉が怒っているのだろう。

 頭痛がしてきたので、俺は、目頭を揉む。

「あら、体調悪いの?」

「ああ」

「いつから?」

「今だよ」

「まぁ、大変」

 オーブリーは、俺の頭を撫でる。

 すると、体調が、徐々に良くなっていく。

 癒しの効果だろうな。

「おっほん」

 ソフィアが咳払いし、現場は、ぴりつく。

 おっと1番偉いのに空気にさせてしまった。

 代表して、俺が謝る。

 悪いのは、オーブリーな気がするが。

「申し訳御座いません。殿下」

「良いのよ。それで、どこで訓練を?」

「? と申しますと?」

「王子を殺し、国境線に爆発物を埋めたのは、全部調査済みですわ」

「……」

 世界最貧国の癖に、情報力は、凄いらしい。

「何故、自分と?」

「この国は、戸籍制度というものがあって、犯罪が起きた時は、登録されている指紋と照合するですのよ。だから、検挙率100%。犯罪が殆ど無い良い国ですわよ」

 成程な。

 てっきり人口が少ない分、防犯も楽かと思っていたぜ。

 昔の日本の田舎では、家の鍵を閉めないで外出する家もあるそうな。

 流石に今は、防犯上から施錠しているだろうが、アビシニア王国は、犯罪とは無縁そうな牧歌的雰囲気がある。

 それが成立していたのは、政府が国民を管理下に置く監視社会があった。

「それに以前から霊山に野生児が2人、暮している事は、有名だったわ。女の子の方は、教会に通っているから無害な事は分かっていたけれど、貴方は、何一つ分からなかった。それで色々、調査したら、事件と結びついた、という訳ですわ」

「……」

 初対面で失礼だが、意外に有能な王女だ。

「教育を受けていない、世捨て人の貴方は、何故、この国に尽くそうとしていますの?」

 俺は、即答する。

「愛国者だからですよ」

 この国で生まれた以上、この国の為に尽くす。

 それが、俺の生き方だ。

 当然、民主主義者なので、独裁国家でなかった事も影響しているだろう。

 人権弾圧が激しい国に生まれていたなら、喜んでその国の為に人生を捧げ様とは思わない。

 こちらから願い下げだ。

 クラコウジア帝国は、問題ある国家っぽかった為、転生先が少しでも違っていたら悲惨な人生を送っていたかもしれない。

 この世界の神様については、よく分かっていないが、取り敢えず感謝だ。

 俺は、片膝立ちで敬意を表す。

「祖国を救いたい、その一心で御座います」

「……」

 ソフィアは、満足気に頷く。

 期待通りの答えだったのかもしれない。

「妹からの懇願で貴方を王室付きの騎士に任命したいと思います」

「騎士?」

「はい」

「……」

 丁重に断りたい雰囲気だが、王女の後ろの親衛隊が「断るな」と視線で圧力をかけてくる。

「謹んで御受け致します」

 

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