第5話 変身

 無能な王子が殺害されたのは、クラコウジア帝国を激震させた。

「アビシニア王国の反逆か?」

「いや、武器庫は、我が国が管理しているんだぞ? そんな事出来る訳が無い」

「じゃあ、一体、誰が?」

「若しかして、帝国内部の仕業では?」

「まさか」

 アビシニア王国犯人説は、早々と無くなり、今度は内部犯行説が、濃厚になっていく。

 帝国は、巨大な為、必然的に人間は多くなる。

 人間が多いと、王族も多い。

 王族が多いと、平民以上にドロドロな人間関係がある、という訳だ。

 皇帝は1人。

 それを継ぐ皇太子も1人。

 なので、それを巡って派閥が出来、勢力争いになる。

 アビシニア王国で、王子が殺害されたのは、当初、緘口令が敷かれたが、どれだけ情報を遮断しても、絶対に遮断する事は出来ない。

 例えば、ビートルズも共産圏では、ロック音楽自体が「堕落した資本主義の文化」と見なされていた為、そのレコードが販売される事は無かったのだが、政府が認めなくても好きな人は好きだ。

 政府の監視下を掻い潜り、西側諸国からの輸入盤が、流通。

 1953年生まれの国防大臣が、2003年に赤の広場で行われた元メンバーの公演を収めたインタビューで、「10代の頃からのファン」と自己紹介している。

(出典:『ライヴ・イン・レッド・スクウェア』

    『クレムリンを揺るがせたビートルズ』 BBC 2009年)

 国防大臣にもなるくらいの人物が熱中するのだから、人間の感情は、政府が如何に操作しようが、無理なのだ。

 噂は、一気に全土に広がり、帝室の権威は、落ちていく。

 これに危機感を抱いたのは、皇帝であった。

 王子が1人死のうがどうでも良いが、革命が起きるのは、本意ではない。

 カイゼル髭の皇帝、フランツは、考える。

(主犯を考えなくてはならないな)

 王子が死んだ以上、捜査をしなければ面子が無い。

 だが、王族が犯人ならば、大きなスキャンダルだ。

(……アビシニア王国に罪を償ってもらうか)

 アビシニア王国は、独立国だが、

・国防

・外交

 は、クラコウジア帝国が担っている。

 世界最貧国に血税の一部が投入されているのは、多くの国民が、不満を持っていた。

 何故自分達が汗水垂らして働いたお金が世界最貧国に回されるのか? と。

 この様な不満は、EUでもある。

 EUの稼ぎ頭は、ドイツだ。

 然し、一部の国々が経済的に足を引っ張っている為、ドイツの国民の一部は、不満があるとされる。

 祖国でもない国の為に何故働くなくてはいかねばならないのか?

 それは、ここでも同じであった。

「……もう条約は、反故だな。宰相」

「は」

 骸骨の様な痩せ細った宰相が、平服する。

「明日の午前0時、越境しろ」

「は」

 アビシニア王国侵攻作戦が、始まった。


 戦争の雰囲気は、国境線を見ていれば分かる。

 クラコウジア帝国の国境警備隊の武装が強化されたのだ。

 俺は、双眼鏡でそれを眺めていた。

「……」

『国を守れるかね?』

 フェンリルが、尋ねた。

「守れるよ。俺がね」

 転生した時は、縁も所縁も無かったが、10年も住めば愛着も湧く。

『何が出来るんだ?』

「もうしてるよ。以前、国境線に俺が埋めただろ?」

『あー、パイナップルだろう?』

 学校に行っていない分、時間がある為、俺は散歩がてら一時期、国内を周っていた。

 その際、既に対策を講じていたのだ。

『パイナップルが武器になるとは思えんが?』

「それがなるんだよ」

 嗤って、俺は、埋めた物を見せる。

『!』

 フェンリルがパイナップルと思っていた物は、黒い塊であった。

『果物? ではないよな?』

「ああ、手榴弾というやつだ。これを地面に埋めて、踏んだら爆発する様に細工しておいたんだよ」

『……国境線に埋めていたのは、そういう事か。用意が良いな』

「『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』、だよ」

 俺の言葉に衝撃を受けたのか、フェンリルは頭を垂れる。

『やはり、貴殿こそ主君に相応しい。救世主だ』

「有難う」

 フェンリルは、腹を見せて、「撫でろ」と目で懇願する。

 撫でると、猫の様にゴロゴロと喉を鳴らす。

「なぁ、フェンリル。お前ってさ、使い魔なんだろ?」

『ああ、そうだ』

 威厳を保ちたいのか、口調は変わらないが、仕草がペット同然なので、ギャップ萌えだ。

「魔法って使えるの?」

『ああ』

「自分では、出来ない?」

『出来なくはないが、それで主君に迷惑がかかれば、私の存在理由が問われかねないからな』

「……」

 主君が居るからこそ、使い魔が成り立つ。

 それが、使い魔の存在理由の様だ。

『だが、主君は、優秀過ぎて、私の出る幕が無い。少しは、私に頼って欲しい』

 少し不満げに俺を見る。

「? 頼っているけど?」

『それは、ペットとしてだろう? 癒しを提供するのも私の重要な仕事なのは分かる。でも、それだけだと、ペットだ。私は、使い魔である。そういう面でも頼って欲しい』

「……分かったよ。じゃあさ、国境線に結界を張って欲しい」

『内側?』

 10年も相棒なら、俺の意図も分かるか。

「正解。国民が誤って地雷を踏まない様にしたいんだ」

『お安い御用だ。今すぐ?』

「ああ」

 フェンリルは、立ち上がり、天高く吠える。

 直後、口から、光が飛び出しては空を覆う。

『これで完了だ』

「有難う。報酬は何が良い?」

『人間になりたい』

「……は?」

『魔法で何でも化けれるのだが、制約上、人間には化けることが出来ん。だから、人間に一時的でも良いから化けたい』

「そうなのか。どうしたらいい?」

『添い寝してくれればいい』

「なんだそんなことか」

 てっきり、キスとかを覚悟していた為、俺は安心した。

 フェンリルは好きだが、流石にキスするまでの仲ではない。

「御夕飯出来たよ~」

 アビーが呼ぶ。

「はいよ」

 俺は、フェンリルに跨り、洞窟へ戻るのであった。


 国境線では、異常事態が起きていた。

「何か気持ち悪いな」

「ああ、何か吐き気がする」

 国境地帯に住んでいたアビシニア王国の人々は、体調不良を訴え、内側に避難していく。

 調査に来た警察や医師もやはり、体調を悪化させ、国境地帯は無人と化した。

 これに好機と見たのは、フランツだ。

「予定よりも早める。全軍、進軍せよ」

「は!」

 宰相に指示を出し、10万人もの軍勢を送る。

 アビシニア王国の総人口は、300万人なので、計算上、1人30人殺せば滅亡させる事が可能だ。

 日没と共に兵士達は、国境線を越える。

 が、

 ドーン!

「うわ!」

 地雷が炸裂し、1人が吹き飛んだ。

「な、なんだ?」

「うわ、何だこの耳鳴りは!」

「畜生、頭痛が酷い!」

 地雷に続いて、フェンリルの結界による電波攻撃だ。

 地雷で爆死するか、嘔吐するか。

 兵士達は、未知の攻撃に、大混乱だ。

 夜も相成って、同士討ちも目立つ。

 中には、発狂した兵士が、仲間を殺し始める等の奇行も見受けられた。

「あーあ」

 その様子を、俺は山小屋から眺めていた。

 今晩は、ここで、就寝だ。

 アビーも居る。

「zzz」

 御腹一杯に食べ、熟睡中だ。

 鞘に収まった刀を抱き枕の様に抱いて、片方の手は俺の手を掴んでいる。

 この姉は、1人では寝られない質らしく、夜はいつもこうして、俺を束縛するのだ。

 俺の横には、フェンリルが居る。

「zzz」

 昼間の約束通り、俺と一緒の場所で寝ている。

 今迄は、住み分けをしていたが、毎晩こうでも問題ないだろう。

 又、フェンリルの体温は温かい。

 狼の平均体温は、分からないが、犬のそれは、38・5度前後。

(出典:犬とわたしのココロつながる。わんちゃんホンポ)

 人間よりも少し高めだ。 

 眠くなってきたので、兵士達の断末魔を子守歌にして目を閉じる。

 明日が楽しみだ。


 翌日。

「……」

 小鳥の囀りで目覚める。

「うわ!」

 声を上げたのはアビー。

 ではなく、別人であった。

 深い湖の様な澄んだ瞳と陶器並に白い肌の20歳位の女性であった。

 タンクトップにホットパンツと、中々、ワイルドな出で立ちである。

 髪型は、ポニーテール。

 女性は、俺の寝顔を堪能していた様で、微笑む。

「主君よ、寝顔も可愛いな」

「……ん?」

「これが、主君の好みな女性か? ふむ、良い」

 口調で俺は、察した。

「……フェンリル?」

「然り」

「まじかよ」

 改めて、全身を見る。

 セクハラだが、この世界にその概念があるか如何かは不明だから、違法性は分からない。

「……何故、その姿なんだ?」

「添い寝した相手の好みの外見になるのだ。つまり、主君は、この様な女性が好みなんだろう?」

「まじか」

 無自覚だった。

 まぁ、好きなタイプなのは、否定せんけど。

「ううん……ん?」

 アビーも起きて、フェンリルと目が合う。

 そして、飛び起きた。

「え? 誰?」

「フェンリルだって」

「嘘。狼じゃ―――」

「主君の御助力の御蔭で、これになった。正直、アビーより美人で驚いた」

 失礼ではあるが、事実なのは、否めない。

 アビーは、可愛いが、フェンリルは美しい、と言った所だ。

「ジョー、こんなのが、好みなの?」

「うん? まぁな」

 否定はしない。

「うふふふ。じゃあ、今日は、3人でデートに行こうか?」

「分かった。朝食後で良いか?」

「良いわよ」

 俺達の感じにアビーは、唇を尖らせるのであった。

「(ジョーの浮気者)」

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