第3話 愚姉賢弟?

 俺達2人と1頭の食費は、無料だ。

 その理由は、フェンリルが神獣だからである。

 洞窟の近くにフェンリルを祀る教会があり、信者が定期的に、

・米

・肉

・野菜

・魚

・飲料水

 を供えてくれるのだ。

 更には、服も献上してくれる。

 神獣に服は不必要なのだが、篤過ぎる信仰心の余り、暴走する信者も居るそうな。

 教義を誤った解釈で布教するカルト教団やイスラム過激派の様なものだろう。

 前世では、宗教戦争が世界中で盛んだったが、ここも同じとはな。

『宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸に対する抗議である。

 宗教は、悩める者の溜息であり、心なき世界の心情であると共に精神なき状態の精神である。

 それは民衆の阿片である』(『ヘーゲル法哲学批判・序説』 マルクス)

 という論文があるが、あながち間違っていないのかもしれない。

 俺もキリスト教徒だけど、カトリックの度重なる不祥事で、嫌になって、殆ど教会に行かなくなったし、聖書も読まなくなった。

 かといって共産主義者、という訳ではないが。

 フェンリルも熱心な信者には、苦労している様で、時々、森に入っては、ストレス発散の為か、山賊や盗賊を食い殺し、遠吠えをしている。

 そして、今日も帰って来た。

 口元には、沢山の血が付着している。

 今日も何人か殺ったのだろう。

 ご愁傷様です。

『主君よ、前世での身分は何だった?』

「身分? 平民だったよ」

平民ヴァイシャか』

「この世界って身分制度があるの?」

『そうだ』

 フェンリルが、女の子を見た。

 彼女は、黒板にピラミッドを描いていく。

 それによれば、この世界は、インドのカースト制度の様な身分制度であった。

 頂点は、聖職者バラモン

 まぁ、これは、前世での世界でも昔、強かった為、分かる。

 次に居るのは、王族クシャトリヤ

 3番目が、俺が属する平民ヴァイシャ

 その下が、奴隷シュードラ

 最下層が、戸籍さえ登録されていない不可触民アンタッチャブルである。

 インドで最期を遂げた俺は、インドの様な世界に居る。

 不思議な話だ。

「じゃあ、君は聖職者?」

「……」

 女の子は、首を傾げた。

 自分で書いておきながら、その意味は理解していない様だ。

 まぁ、5歳位が、身分制度を理解している方が少ないだろう。

 その点については、フェンリルが補足説明を行う。

『以前言った様に、彼女は巫女だ。でも正式な聖職者じゃない。いわば、「見習い」と言った所か』

「見習い?」

『主君の前世でも聖職者には階級があっただろう? それと同じ事だ』

 そういえばあったな。

 そんな事も。

 余り知られてはいないが、キリスト教には、以下の様な階級がある。

『・教皇

 ・枢機卿

 ・総大司教

 ・首座大司教

 ・大司教          →司教の中の有力者で他の司教を監督する。

 ・司教          →司教区を受け持つ。

 ・司祭 (日本では「神父」)→ 教区担当者。

 ・助祭

 ・侍祭          →雑用。

 ・祓魔師

 ・読師          →聖書を読み聞かせる係。

 ・守門          →教会の門の管理者。

*待祭、祓魔師、読師、守門は、現在の階級には無い』

(出典:The Encyclopaedia of The Bloody Prince)

 この解釈で行けば、彼女は侍祭辺りだろうか。

「一つ聞いても?」

『何でも』

「俺達の居る場所は何て国なんだ?」

『アビシニア。農業が産業の国だよ』

 エチオピアの昔の名前か。

 なら、アビシニアンも居るのかな。

 何となく、この世界の様子が分かって来た。

・北欧神話の霊獣である、フェンリル

・インドの様な身分制度

・エチオピアの旧名と同じの国名

 若しかしたら、前世と環境が似ているのかもしれない。

 使い魔といった概念は、前世には無かったが。

「どんな政治体制を採っているんだ?」

『王国だよ。王様が居て平民が居る。ただ、世界で1番貧しい王国だよ』

「……」

 華やかなイメージのある王国が、世界最貧国とは。

「国民に不満は無いのか?」

『王室には、不満は無いよ。皆、貧しいからな』

「……」

 裏を返せば、生活に不満がある、という訳か。

『まぁ、それを変えるのが主君だ』

「俺?」

『ああ』

 フェンリルが、鏡を咥えて見せる。

 思わず俺は声を上げた。

「な!」

 額には、『卍』が。

 無論、刺青ではない。

 紋章の様に浮き上がっていた。

『おめでとう。主君は王族だ』

「……何で?」

『神に祝福されたのだろう』

「王族って血筋を重んじるじゃないのか?」

『大体はそうだが、例外はある。その紋章が論より証拠だ』

「……」

 何だか囲い込みされている感。

「平民が王族になれるのか?」

『前例は無いだろうね。私も知らん』

「王族になる気は無いんだけど?」

神の思し召しインシャラーだ』

 イスラム教徒ならば、それで納得するしかないが、生憎、キリスト教系無神論者。

 神様は、信じていない。

 自称マリア?

 ああ、あれは、悪魔だ。

 神様には、属さない。

『神罰に遭いますよ』

「!」

 脳内に直接、囁かれた。

 見ているのか?

『正解。貴方が逃げない様にね?』

 神様は、犯罪者な様だ。

 俺の焦った様子に、

『主君?』

 フェンリルは心配そうに、頭を舐める。

 唾液は臭くない。

 それ所か、バニラの香りだ。

 癒しの効果があるらしく、悪魔の存在を直ぐに忘れた。

「何でもない。有難う」

 フェンリルが離れて、乳母車の近くで寝そべる。

『私はここに居ます。若し、御用がありましたら、癒します』

 う~ん。

 神獣に気を遣わせてしまった様だ。

 視線を感じて、その方向を見ると、

「……」

 女の子が恨めしそうに見詰めていた。

 私のペットを奪いやがって、とでも言わんばかりに。

(しまったな。神獣を奪ってしまったかな)

 俺が来る前から神獣と暮らしていた為、神獣が俺に付きっ切りなのは、嫌なのだろう。

 でもバニラは捨て難い。

 俺もあんな体臭になりたいな。


 人を襲わないソニー・ビーンの様な洞窟生活をそれから10年過ごした。

 俺は、10歳。

 あの子は―――いや、姉さんは、15歳になった。

 名前は、『アビゲイル』。

 ヘブライ語に由来し、その語源は、『神は喜んでいる』。

 英語では、普通名詞として『侍女』の意味を持つ。

 巫女としてこの上無い名前だろう。

「ジョー、又、筋トレ?」

「やる事無いからな」

 姉さんは、呆れた。

 学校も無い。

 娯楽も無い。

 友達も居ない。

 そんな状況下でやる事と言えば、筋トレしかないだろう。

 それが、武器を造る事か。

 俺は、木の枝を足の指で捕まり、コウモリの様にぶら下がっている。

 頭に血が上って気持ちが悪いが、慣れれば何て事もない。

 日系人から教わった『正座』という拷問の方が何千倍もきつい。

 世界で初めて情報機関を創った民族だけあって、日頃から国民全体で拷問対策しているのは、素晴らしい。

 俺が大統領だったらマジな話、『正座推奨法』を作って、米国民に正座を促すよ。

 一方、アビゲイル姉さん―――アビーは、俺が訓練ばかりしている為、詰まらないのか、何時も怒ってばかりだ。

 否、最近は、思春期だから怒りっぽいのかもしれない。

「それよりも、姉さん。教会は行かなくて良いの?」

「もう聖書、全部覚えたから」

「それは良いけれど、昇進試験は大丈夫なの?」

 初めて会った時、アビーは。侍祭だったが、10年経った今でもそのまま。

 少なくとも10回は、昇進試験に落ちている、という事にある。

 10年も聖書を読めば、嫌でも一言一句覚えてしまうだろう。

「全然」

「おいおい」

「それよりも、先生が『ジョーを連れて来い』って」

「断る」

「何で?」

「宗教には関わらないから」

「そうなの? でも騎士になれないよ?」

「なる気は無いから心配するな」

 騎士と教会は一蓮托生だ。

 教会の護衛を騎士が担い、その代わり、教会は騎士を法的に守る。

 お互いWIN WINの関係だ。

 尤も、御互い長所があれば、腐敗し易くもなる。

 この世界では、腐敗しているか如何かは分からないが、少なくとも前世では、そういう所を見て来た為、教会に信用が無い。

『主君よ』

 フェンリルが、見上げた。

『武器が出来た』

「マジか」

 俺は、鉄棒の様に回転し、フェンリルの上に落下し、その背中に跨る。

『主君、褒美を頂きたい』

 10年の歳月は、俺達に深い信頼関係を構築していた。

 というよりもフェンリルが、丸くなっていたのかもしれない。

「応よ」

 頭を撫でると、

「くうん♡」

 甘えた声を出す。

 見た目は狼だが、子犬の様な反応だ。

 この世界では如何だかは知らないが、人間と犬の関係は長い。

『【犬は人間の最も古い「親友」 DNAから判明】』

(引用元:BBC NEWS JAPAN 2020年10月30日 一部改定)

 という記事が示している。

 元々、狼と犬は、同族であり、家畜化されたのが犬、とされる。

 馬の様に騎乗した俺を、フェンリルは、洞窟の中へ連れて行く。

 そこには、

「おお」

 俺は、慌てて下馬し、駆け寄った。

 ベレッタ92。

 俺が米軍で使用していた時には、『M9』の名前で採用されていたが、10年振りに目にして懐かしい。

『然し、よくもまぁ、こんな武器を思い付くな』

「空想少年だからな」

 装填された弾を見る。

 9x19mmパラベラム弾に頬擦り。

 いやぁ、懐かしいな。

 アメリカに居た時は、肌身離さず持っていたから。

「材料、よく揃えられたな?」

『主君の設計図が良かったからだよ』

 撫でて撫でて、とフェンリルは目で懇願する。

 神獣ってこんな感じだったっけ?

 まぁ、可愛いは正義だ。

 猫吸いならぬ、狼吸いをすると、フェンリルは、ハァハァ、と息が荒くなっていく。

 これは、熱性多呼吸パンティングと言って、動物が体温調節を行う時の行為だ。

 神獣に体温調節は、必要無い。

 だから、フェンリルの場合は、単純な興奮である。

 10年も一緒に居れば、分かって来る事だ。

「良いなぁ、良いなぁ。私も欲しい」

 アビーも強請る。

「姉さんは、武器より勉強が先―――あいて」

 拳骨を食らった。

「バーカ」

 アビーは、舌を出して逃げていく。

 畜生、可愛い弟(?)を虐めやがって。

 何て姉だ。

 怒りつつ、俺は装填するのであった。

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