翁草.7

 剛気は皇太の背中に声をかけた。

「いいんですか。天使さんをあのまま置いていって」

「あの先生だって鈴に手をあげたりはしていないだろう」

 どうやら皇太も鈴の怯えた様子に気づいていたらしい。

 昇降口まで来ると、結妃が一人待っていた。

「遅いわ皇太……あら内気君、二人とも一緒だったのね」

 どうやら皇太を待っていたらしい。

「悪い。結妃、帰りながら話したい事がある」

「えっ先輩帰っちゃうんですか」

 あと少しで薄情な、と言いたくなる。

「今は俺にできる事はないが何とかしてみる。君は鈴を待ってやってくれないか」

 皇太の瞳から意志の強さを感じ、剛気はそれを信じる事にした。

「分かりました」

「頼んだ。行こう結妃」

「待ちなさいよ皇太。じゃあ内気君。報告待ってるから」

 結妃は素早く靴を履き替えて皇太を追いかけていく。

 昇降口に置いていかれた剛気はしばらくそこに立っていたが、手持ち無沙汰になってしまったので、鈴がいるであろう音楽室に足を進める。

 階段を登っていると、鈴の友達三人が降りてきたので反射的に身を隠す。

 鈴の姿がないので、まだ音楽室にいるようだ。

 音楽室から歌声が聞こえてきた。

 ピアノの伴奏は聞こえない。

 折り畳まれるように重なっていた歌声も、今は一つの声音しか聞こえない。

 空いた扉から気配を消して伺うと、そこには鈴が一人でいた。

 先程と様子は全く違う。

 背をまっすぐ伸ばし、両の目蓋を閉じたまま歌う姿は、完全に自分の世界に没入しているようだった。

 剛気は覗き込んだまま、彼女の歌を聞く。

 柔らかくて優しく透き通る声は、汚れを知らない雪解け水のようで、剛気は初めて鈴を異性として意識するようになっていた。

 フルコーラスで歌い終えた鈴は、満足したのか一息ついて帰り支度を始めたところで剛気の存在に気づいた。

 みるみる顔が赤くなって涙目となり、弁解する前に走り去ってしまう。

 鈴を追いかける事は簡単だったが、何と声をかけていいのか思い浮かばなかった。

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