翁草.2
先頭にいる眼鏡をかけた男子生徒が、教室に入ってすぐ結妃に視線を送りながら謝る。
「ごめん。少し遅れた」
「私達も今来たところだから。問題ないわ」
結城が首を傾けた。
「ところで
皇太と呼ばれた男性が振り返る。
「俺の後ろに――あれ?」
皇太は廊下に出て確認する。どうやら連れてきた人物は廊下に佇んでいたらしい。
「天使さん。ほら入って」
廊下からか細い囁き声が聞こえる。少し高めの声音から女性のようだ。
「は、はい」
失礼しますと言って入ってきた女性も剛気の知っている人物だった。
先の二人と違うのは同級生だということだ。
しかも入学早々、みんなの心を鷲掴みにした人気者。
教室に入ってきた彼女は、皇太の背に隠れてしまう。
どうやら心を開いた相手でなければ目を合わせるのも苦手らしく、ずっと伏し目がちだった。
「ほら、自己紹介して」
「は、はい皇兄様」
まるで兄妹のようなやりとりの後、彼女は皇太の背から一歩前に出る。
それでもまだ不安なのか、皇太の袖を遠慮がちに掴んでいた。
「天使、
名前を言っただけで体力を使ったのか、鈴は大きく息をついた。
剛気は鈴の名前の通りの鈴を転がすような声音に聞き入っていた。
初対面なのに、つい守ってしまいたくなるような可憐な容姿に、剛気はただ見つめることしかできない。
「内気くん。自己紹介したら」
結妃の声に我に帰り、慌てて自分の名前を名乗る。
「内気剛ーー」
最後まで言おうとしたが、緊張していたせいか、舌を噛んでしまう。
痛みは一瞬だったが、深く噛んでしまったのか、唇の端から血が垂れた。
それを見て一番早く行動を起こしたのは、鈴だった。
「あ、血が出てます。これ使ってください!」
差し出されたのは彼女の私物のハンカチ。
鈴の雰囲気にぴったりな可愛らしいピンク色のハンカチだった。
礼を言って受け取った剛気は、それで口についた血液を拭う。
血の匂い以上にいい香りがハンカチから漂い、また顔が熱くなる。
「大丈夫?」
剛気はハンカチを見たまま結妃に「はい」と応える。
「じゃあ、本題に入りましょう。貴方には今日から鈴と恋人になってもらうわ」
治ったはずの出血がまた吹き出してくるような衝撃だった。
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