翁草.3

「聞こえなかったかしら。内気くんと鈴は今から恋人同士になってもらいます」

 返事をしなかったので、結妃がもう一度同じ事を言った。

 見ると、鈴は事前に知っていたのか、顔を伏せたまま何も言わない。

 剛気は言いにくい雰囲気を壊すように異議を唱える。

「なんでそうなるんですか」

「天使さんと恋人になるのが嫌なの?」

「い、嫌じゃないですよ!」

 大きな声を出したせいか、鈴が素早い動作で皇太の背中に隠れた。

「じゃあ、恋人になることに異論はないわよね」

 このままでは結妃のペースに呑み込まてしまうので、鈴に失礼にならないように慎重に言葉を選んだ。

「天使さんと、恋人になるのは……嬉しいです」

 自分の口から恋人という単語が出た途端、また顔が熱くなる。

「でも第三者から恋人同士になれと強要されるのは違うと思います。何故そうしないといけないのか、理由を教えてください」

 結妃は「それもそうね」と言いながら頷いた。

「私は皇太と二人で恋愛研究部を立ち上げたの」

 聞いたことのない部活だ。

「好きになった男女、いえ今は同性でも好きな者同士で付き合う時代。愛し合う二人の気持ちが知りたいのよ」

「俺から補足しよう」

 結妃のフォローをする為に皇太が前に出ると、後ろにいた鈴も離れないように前に進む。

「まず初めに、俺と結妃は付き合っている」

 さらりと爆弾発言が飛び出した。

 入学式で又聞きしたのだが、結妃も皇太も容姿端麗で、非公式のファンクラブがあるほどの人気者。

 剛気が衝撃を受けている事に気づいてないようで、皇太は続ける。

「俺から告白して付き合うことになったんだが、彼女、恋愛ってものを全く知らなかったんだよ」

 世間知らずなのか、結妃は告白即結婚と考えていたらしく、そこに至るまでの過程というものを知らなかったらしい。

「少女マンガとか読んでたんだけれど、実際の恋人を観察した方がいいって結論になったんだ」

 皇太が小声で告げる。

「漫画のキスシーン見て顔真っ赤にするんだぜ」

 結妃がわざとらしく咳払いした。微かに頬が赤くなっている。

 腕を組み、瞼を閉じているが、微かに下がった眉と赤くなった頬が合わさった表情は可愛らしい。

 結妃は平静を取り戻す為に再度咳払いする。

「とにかく、私は交際する男女の気持ちというものが知りたいの」

「それで僕と天使さんに恋人のふりをしろということですか」

 結妃は腕を組んだまま首を振った。

「フリではなく本当の恋人になってもらうわ。そうでなければ恋人の気持ちというものが分からないじゃない」

 何か言おうとすると結妃が指を立てた。

「天使さんからは、もう許可もらっているから。彼女を言い訳に断ろうとしても無駄よ」

 鈴の方に目を遣ると皇太の背中に隠れたまま、よく見ないとわからないほど小さく頷いた。

 もう断る手段が思いつかなかった。

「改めて今日から貴方達は恋人よ。好きなもの同士が付き合うってどういうことなのか見せてもらうわ」

 平穏な学校生活を送ると思い込んでいた剛気にとって、結妃の言葉は右から左に流れていく。

 単語の意味を理解できず、反射的に返事をしているに過ぎなかった。

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