第13話 副団長
扉から聞こえた声に、ブチとジュウの手を離し、慌てて振り返る。
すると、そこにはすらっと背の高い男の人が立っていた。
波立つ赤い髪は腰ぐらいまであり、瞳はきれいな碧色で眼鏡をかけている。
なにより特徴的なのは……その大きな耳と大きなしっぽ。耳はピンと立っていて、しっぽは庭で掃除をする箒よりも長くて太さもある。とってもふかふかだ。
魔獣騎士団に来て、立派な耳やしっぽを持った獣人に出会ってきたが、ここまでではなかった。
なので、びっくりして見上げていると、その人の視線が私へと落ちた。
「……もう一度聞きます。どういうことですか?」
きれいな声。でも、その音は怒っているように聞こえる。
どうしていいかわからなくて……。でも、なにか言おうと、口を開きかけたところで、団長が動いた。
「あー、とりあえず、よく帰った」
「王宮はとくに問題ありません。そして、そんな話はどうでもいい」
「どうでもいいのかよ……」
立ち上がった団長は赤い髪の男性の言葉に、やれやれと肩をすくめた。
「下のヤツらに聞いただろ? 新しく魔獣騎士団に入ったんだ」
「それは聞きました。私が聞いているのは、こんなにかわいらしい少女をなぜそのままにしているのかということです!」
赤い髪の男性はカッと目を開いてそう言うと、私の元まで歩いてくる。
そして、きれいな所作で片膝立ちになった。
「はじめまして、レディ。ここにいる者たちがポンコツで申し訳ありません」
「え……えっと……」
レディ……? それって私のことかな……? そしてポンコツっていうのは、みんなのこと?
よくわからないけれど、その声はもう怒っていない。それに私と同じ高さになった碧色の目はとても優しそうだ。
「あ、あの、……クロって言います。拾ってもらってここにいます。それで……」
とりあえず名前と、経緯を伝えて……。あとはどうしたらいいんだろう?
自己紹介なんてしたことがないから、どうしていいかわからなくて、視線がさまよう。
すると、赤い髪の男性はそっと私の右手を持ち上げた。
指先だけ包まれている感じで、手を繋ぐのとは違う。すこし変な感じだ。
「丁寧な挨拶をありがとうございます、レディ。クロとお呼びしてもいいですか?」
「はい……呼んでくれると、……うれしい」
私にとっては特別なもの。名前を呼んでもらえるとすごくあったかくなるから。
すると、赤い髪の男性は優しく微笑んでくれた。
「私の名前はイライズと言います。ここの副団長をしています」
「イライズ……さん」
「はい。そのかわいらしい声でたくさん呼んでくださいね」
赤い髪の男性――イライズさんはそう言うと、私の指先にそっと顔を近づける。そして、また顔を離した。
よくわからないから、そのままじっとしていたんだけど、やっぱりよくわからないままで……。
「あの……」
「これは私なりの挨拶です」
そう言うと、イライズさんは私から目を離し、左右にいたブチとジュウ、それから団長へと視線を移した。
「こどもたちは仕方ないとして、あなたですよ、団長。もっとできることがあったでしょう? 本当に無骨な男はこれだから……」
「まあそう言うな。クロもやっと慣れてくれたところなんだよ。今まさに、な」
団長はそう言うと、私に向かってニカッと笑う。
私はそれに、おそるおそる頷いた。
「あのね……私が怖がってたの……だから……」
団長は悪くない。
なので、それを伝えようとすると、イライズさんは優しく微笑んでくれて……。
「いいんですよ、怖くて。当然です」
そして、私の前にそっと手を差し出した。
「では、先ほどの私の挨拶も怖かったかもしれませんね。申し訳ありません」
「あ、あのねっ……わからないだけで、怖くはなかった」
「それはよかった。では、すこし触れてもいいですか?」
「……うん」
頷くと、そのまま脇のあたりに手を入れられた。
その途端、ふわっと体が浮いて――
「では、失礼します。このままにはしておけません」
「あー……その、まあ、頼む。クロは字の読み書きができて、地図も読めるらしい。今、聞いたところだから、どれぐらいかはわからないが」
「それは僥倖」
イライズさんはそう言うと、そのまま歩き出す。
そして、私は目線が高くなって、イライズさんの歩調に合わせて、体に振動が響いた。
「あ、あのっ……あのっ……」
私、抱き上げられている……?
「副団長、待って。どこにいく?」
「副団長ーどこいくんだ?」
「ブチ、ジュウ、安心してください。すこしばかり整えるだけです。二人とも訓練の時間でしょう? 行きなさい」
「……わかった」
「おう!」
どうやらブチとジュウがついてきてくれいたようだが、イライズさんの言葉を聞いて、離れていくようだ。
「あ、がんばって……っ」
混乱しながらも、去っていく二人に言葉を伝える。すると、二人は頷いて、廊下の向こうへと消えていった。
私も必死だ。
抱き上げられたのなんか初めてだから、どこにどう手を置けばいいのかとか、重くないのかとか、どんな体勢でどんな顔をしていいのかわからない。
ただ、いろんなところに力を入れて……。
気づいたら、どこかの部屋のソファへと座っていた。
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