第12話 仕事探し

 ブチとジュウと私と。

 三人は友達で仲間になった。


 ……と思う。


 友達も、仲間も。

 村ではそんな風に呼べる人はいなかったし、想像もできなかったから、本当のところ、どういうものなのかはわからない。

 でも、三人でいると、あったかくなる心が――


 ――これが友達、仲間なんだよって。


 そう教えてくれるから……。


「あのね、私、団長に話したいことがあるの」


 朝、迎えに来てくれた二人に私は思い切って話をしてみた。

 昨日まではブチが一人で迎えに来てくれたけど、今日から二人で迎えにきてくれるみたいだ。

 これまでの私はブチの後ろについて歩いているだけだった。

 そして、騎士団のみんなやジュウのことを勝手に怖がっていたのだ。

 ……そんな私なのに、ジュウは花をくれた。

 ちゃんと謝ろうって決めて……それで自分の心がわかったのだ。


 ――私が怖かったのはこれまで出会った人。


 怖かったのはここの騎士団の人じゃない。私は騎士団のみんなになにかされたわけじゃなかったのだ。

 ただ……その手は私を殴ると思ったし、ジュウの隠しているものは私に投げつけるための石だと思った。


 ――それは私の心の問題。

 だから、自分でがんばるしかないのだ。


「わかった」

「おれたちも部屋まで一緒に行くからな!」


 二人はそう言って、私を団長室まで送ってくれた。

 団長室を訪れたのは、最初に騎士団に連れてこられた日以来だ。

 団長は大きな体に丸い耳。こげ茶色の髪で金色の目をしている。

 ……目が合うのが怖くて、ちゃんと見たことはないけれど。


「来た」

「おう、どうした?」

「クロが話があるってさ!」


 相変わらずブチの一言しかない挨拶にもいやな返答はしない。

 そして、ジュウの話を聞くと、私のそばに来てくれたのがわかった。


「クロから話か。なにかあったか?」


 団長はそう言うと、ゆっくりと私の前に屈んでくれる。

 とても強い人。みんなに尊敬されている人。

 そんな人が私の目線に合わせてくれるのは優しさだと思うから……。だから……。

 ここまで手を繋いでくれていたブチとジュウから手を離す。

 そして、一歩前へと出た。


「あ、あの……あのね……っ」


 深緑色の絨毯にじっと見つめて、声を出す。

 怖がらないって決めたのに……。なのに、喉はカラカラで、声がちゃんと出てこない。

 ……私は弱虫だ。

 会話をする。たったこれだけのことがうまくできない。

 怖がりで弱い自分。

 そんな自分は吹き飛ばすように、首を左右に振る。

 そして、はぁっと大きく息を吐いて、思いっきり顔を上げた。


「私、わ、たしっ」


 私の顔を隠していた長い前髪。

 勢いでそれが左右に流れたのがわかったけれど、気にせずまっすぐ前を見た。

 そこにあるのは金色の目。……今日も優しい色。


「仕事が……したいのっ。私にもできること……探したい」


 そこまで一気に言って……。急に怖くなった。

 『私にもできること』。

 そんなもの……あるのかな。そんなこと……私にできることなんて、この場所にあるのかな……。

 言葉にしたことで、突然現れた不安に体がぶるりと震えた。

 そして、この場から逃げ出したくなる。

 怖がりで弱くて……恥ずかしい。

 でも、がんばりたくて、ぎゅうっと眉に力を入れて耐えようとした。

 すると、団長は私の前に手を出して――


「クロ、これを見ろ。俺の手だ」


 低く落ち着いた声。

 その声に促されて、そっと団長の手を見た。


「戦ってばかりの手だ。ごつごつしてるだろ」


 魔獣と戦うための手。

 指の関節は太いし、てのひらにはたくさんの固そうなマメ。爪は短くてすこし荒れていた。


「この手は怖くないか?」


 こちらを窺うような言葉。

 不思議に思って、団長の手から、金色の目へと視線を移す。

 その目は柔らかく細まっていて……。


「……怖くない」


 だって、私は知っている。


「怖くない」


 この手がキラキラと輝くこと。

 最初からずっと……。団長は私が怖がらないように、距離を置いてくれていたこと。

 そして、今も……。

 変なことを言い出して、緊張して逃げ出したい私を助けてくれようとしていること。


「優しい手だって……わかるから……」

「そうか」


 団長は私の言葉にニカッと笑った。

 そして、そっとそれを動かして――


「触るぞ」

「……うん」


 頭に優しい感触。

 ……撫でてくれている。

 男の人の大きい手。それはいつも私に痛みを与えるものだった。


 ……痛いのはいやだった。


 体が痛いだけじゃなくて、心もずっと痛かったから。

 悲しくて苦しくて……。でも、それが自分のせいだってわかるから……。


「……ずっと怖かったの」

「ああ」

「怖がってごめんなさい……」

「それはクロは悪くないだろ」


 優しく撫でていた手が、わしゃわしゃって動かされる。

 頭がぐらぐら揺れて、びっくりしていたら、団長がまたニカッて笑った。


「慣れてくれたみたいだし、クロの言う通り、そろそろ仕事が必要だな」

「このままでもいい」

「そりゃお前はいいだろうけどな」


 気づけばブチが私の隣へと移動していて、右手を握られた。

 団長はそんなブチを呆れたような顔で見た。


「おれたちと一緒に訓練するのか?」

「いや、それはクロが辛いだろ」


 ジュウも隣に来て、私の左手を握る。

 団長はそんなジュウにも呆れたような目を向けた。


「あの……あのね……っ」


 握った二人の手。あたたかい手が私に勇気をくれる。


「私、字が読めるの、あと、あと、下手だけど字も書けて……っ、それで……地図もちょっとならわかるの」


 それはまだ騎士団に来る前。

 村で隣に住んでいたおじいさんに教えてもらったことがあるのだ。

 すぐにいらいらして怒鳴る人で、杖で叩かれたり、頭から水をかけられたりもした。

 けれど、機嫌が良いときは私に字や世界のことを教えてくれていた。

 もしかしたら、字が読めるのも地図がわかるのも当たり前のことかもしれない。が、村の人は字や地図が読めないみたいだったから……。

 なので、不安だけど、口に出してみる。

 すると、団長の金色の目が驚いたように丸くなった。


「本当か? それは助かる」


 さらに左右からの声も届いて……。


「……俺は読めない」

「おれもわからない!」

「そうなんだ……」


 それならもしかして……。


 ――みんなの役に立てるのかもしれない。


 胸に浮かんだ言葉に、世界がきらきらっと輝いたように感じた。


「それなら、クロにはやってもらえることがたくさんある。それにちょうどアイツも帰ってくる」


 アイツ……?

 団長の言葉に首を傾げる。

 すると、ブチとジュウには思い当たる人物がいるようで……。


「副団長か」

「副団長だな」

「ああ。たぶん、そろそろここに到着する――」


 団長がそう言った瞬間。

 バタンと扉が開いて――


「これはどういうことですか?」


 ――凛とした声が響いた。

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