第11話 木のうろ
……どうしよう。
あの男の子は私と話をしたいだけだった。
それなのに、私は勝手にこわがって、男の子を悲しませてしまった。
私に花を渡してくれた時……。
男の子はすごく苦しそうな顔をしていた。
「……あやまらなきゃ」
そう。やらなくちゃ。
言葉にすると少しだけ勇気が出る。
だから、ブチと繋いでいた手にぎゅっと力を入れて、顔を上げた。
「ブチ、私、あの男の子と話したい。……どこにいるか知ってる?」
「……こっちだ」
ブチが優しい茶色の目で私を見る。
そして、手を握って私を引っ張ってくれた。
「ここだ」
「ここ?」
「ああ。いやなことがあると、いつもここにいる」
そうしてやってきたのは騎士団の敷地内にある、大きな木の前だった。
きょろきょろと辺りを見渡すんだけど、男の子の姿はない。
「あそこ。古い木で地面に接した幹が大きく穴があいてる」
「うん。うろがある」
「そこにいる」
ブチの言葉に木の根元にじっと目を凝らす。
すると、確かにそこには大きなうろがあって、中にはだれかがいるようだった。
「……行ってくる」
「ああ」
ぎゅっと唇を引き締めると、ブチはふわっと私の頭を撫でた。
「俺はここにいる。大丈夫」
「……うん」
ブチの言葉に胸にぽっと明かりが灯る。
だから、ブチから手を離して、木のうろへと向かった。
「あ、あの、あのね……」
「……なんだよ」
あんまり大きい音は出せなかったけど、必死で声をかける。
すると、男の子はどこか拗ねたような声で、それでもちゃんと答えてくれた。
「あのね……」
「なんだ」
「あ、の」
胸の音が早い。
言葉がちゃんと出てこない。
「……どうした?」
そんな私に男の子の拗ねていたような声は私を心配するような声音に変わった。
そう。男の子は私を心配してくれている。
こわがる必要なんてない。
だから――
「わ、たしも入る」
それだけ言うと、かちかちに固まっていた体を動かし、木のうろへと体をすべりこませた。
そこは狭かったけど、子どもの私たち二人なら、少しだけ体をくっつければ、きちんと収まることができた。
たぶん男の子はびっくりしているだろうけど、それを気にする余裕がなくて、そのまま話を続けた。
「わ、たしね、ここにくる前はずっと嫌われてたの」
……私はみんなと違ったから。
役立たずで、なにもできなかったから。
「村の男の子たちはいつも一緒で仲が良さそうだったの。でも、私はそこに入れなくて……。私を見るとね、石や泥を投げてくるの。一生懸命逃げるんだけど、私は足も遅いからどうしようもなくて……。……だから、こわかった」
いたいのもくるしいのも。
……ひとりぼっちも。
「だから、花をくれるなんて思わなくて……。私がこわいのは村の男の子で、あなたじゃなかったのに」
そう。私がこわかったのは、ここに来る前に関わってきた人たち。
石を投げる村の男の子たちや、私を殴る大人たち。
……ここの人がなにか私にしたわけじゃない。
でも、みんな一緒にして、勝手にこわがってた。
「ごめんね」
木のうろの中はしんとしてて、私の声がこもって響く。
暗いから、男の子の顔は見えないけれど、男の子が私のほうを向いたのはわかった。
「おれも大きい声だしてごめんな。大人はこわいって聞いてたけど、おれはこどもだし大丈夫だと思ってた」
「うん」
「……今もおれのこと、こわい?」
男の子が小さな声でおそるおそる尋ねる。
私はそれに小さく首を振って答えた。
「こ、わくない」
「……本当か?」
「こわく、ない」
「……別に無理はしなくていいけど」
「こわ、くない!」
精いっぱい大きな声を出せば、その声がうろの中で反響する。
すると、男の子はやった! と言って、元気よく笑った。
「じゃあ、おれたちは友達だな」
「ともだち?」
「そうだ。仲間だ」
「……仲間」
……そんな言葉、私に似合うかな。
「ここはおれの場所だけど、おまえもいやなことがあったら来てもいいぞ」
「……うん」
「あ、おれの名前はジュウな!」
「ジュウ?」
「そうだ」
灰褐色の髪の間から見える、小さな耳をせわしなく動かしている。
元気いっぱいの男の子。名前はジュウ。
……友達で仲間。
「あのね、私の名前はクロ」
「ああ、知ってる」
ジュウが笑顔で頷く。
それが胸をぎゅうっと締め付けた。
「みんな、クロって名前、知ってるからな!」
みんな、私の名前を知ってる。
だから、もう私は獣なしって呼ばれることはなくて……。
……ここに来てから、すぐに目が熱くなる。
そんな自分を落ち着かせようと深呼吸をすると、ジュウが突然怒鳴った。
「ああ!? おまえなんだよ!」
「うるさい」
ジュウが怒鳴った相手はブチ。
木の前で待ってくれていたはずのブチが、木のうろの中へと入ってきたようだ。
ブチは木のうろの中へ入ると、私の右側にそっと座った。
「なんだよ! 入っていいなんて言ってないだろ!」
私の右にブチ。
左にはジュウがいて、三人でぎゅうっとくっついている。
「おまえ出ろよ! 狭いだろ!」
「うるさい」
「ここはおれの場所でクロなら来てもいいって話してたんだよ!」
「ここは騎士団の敷地で、騎士団のものだ」
「知ってる!」
ジュウが大きな声を出して、ブチが冷静に言葉を返す。
ジュウはそれがより気に食わないようで、より大きな声を出した。
きっと二人を止めたほうがいいんだろうけど、でも、そのやりとりが面白くて。そんな二人の中にいられるのがうれしくて……。
目が熱いのは全然おさまらなくて、もっと熱くなる。
それでも、そのうれしさのままに笑えば、二人は言葉を止めて、私の手を握った。
「……ありがとう」
右手はブチ。左手はジュウがぎゅっと握ってくれている。
触れている肩から伝わる温度は心地よくて……。
こんな場所があるなんて――。
こんな人たちがいるなんて――。
……知らなかった。
こんな世界。全然知らなかった。
――ここはすごくあったかい。
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