第9話 俺が見つけた *ブチ視点

「少しずつ馴染んでいるようだな」


 俺とスノーに確認するように、団長が言葉をかける。

 今日はクロのことで、俺とスノーと団長で集まっていた。

 ソファやティーテーブルがある一角に集まり、三人で話をしていく。


「今日で一か月だけど、そこそこ食べられるようになってきたよ」


 俺の隣の一人掛けのソファに座っているスノー。

 ひじかけに頬杖をつく姿勢はだらっとしているが、その真っ赤な目は真剣に団長を見ていた。


「栄養状態は良くなかった。量が少なかったのはもちろん、そもそも調理されたものをあまり食べてなかったみたいだね。生のイモや雑草なんかを食べてたんじゃないかな」


 スノーのその言葉に団長がはぁと息を零す。

 俺はただぎゅっと右手に力を入れた。


「とにかく消化のいいものを作り続けて、食べられる量は増えてきた。無理しておなかを壊したり、食べることがきらいになるのが怖かったけど、とりあえずそういう線は超えたと思う」


 スノーはクロが来てから、ずっと食事面のサポートをしている。

 クロは自分の体調のことを言わないけれど、それをさりげなく聞き出し、食事に反映させているようだった。

 量を減らしたり、増やしたり。いつも煮込まれた料理だけでは飽きるだろうと、あごをしっかり使うように干した果物を出したり、おなかにいいと言われる発酵食品を出したり。

 クロのためにあれこれと考えているようだけど、それを表面には出さず、いつもクロの前ではにっこりと笑っていた。


「そうか。通常の職務もあるのに、よくやってくれた」

「いやぁ。オレは役得だったね」


 団長の労いにスノーがぱちんと片目をとじる。

 そして、俺のほうを見て、なぁ? 首をかたむけた。


「クロがかわいくてねぇ。君のために作ったんだよって言う度にちょっとだけはにかむんだけどさ、クロって目がまんまるだろ? それがちょっとだけ楕円になるんだよ。で、おいしい、ありがとうって」


 おどけたように言うセリフは、まじめさが感じられない。

 けれど、クロのためだけに特別なメニューを考えるのはとても大変なはずで……。


「何食ってもどうせわかってない男に食わせるより、よっぽどいい。オレはずっとこれでいいよ」

「そうだな。一番気遣いができるのがお前だからな」


 スノーの言葉に団長はさすがだな、と満足げに笑った。

 そして、ソファから乗り出した団長がスノーの頭をくしゃっと撫でる。


「あのね、団長。オレももう大人だから。男に撫でられてもうれしくないから」

「おお、そうだったな」


 まるで子供にするような行動にスノーが鼻を鳴らす。

 俺から見るとスノーは大人だけれど、団長から見るとそうでもないらしい。

 子供っぽい扱いに、スノーは文句を言ってはいるけれど、手を振り払ったり、避けたりはしなかった。


「ブチも。よくがんばってるな」


 団長の金色の目が俺を見る。

 

「自分のこともやりながらで、大変じゃないか?」


 ……大変か大変じゃないか。

 どうだろう、よくわからない。

 だけど、団長が俺に任せた意味はわかる。


「クロは大人の男がこわいみたいだ」

「ああ。そうだな。特に俺みたいなのが怖いみたいだな」


 そう。クロは大きな男の人がこわいようなのだ。

 とくに団長のようながっちりとした体形の人になればなるほどこわいようで、廊下などですれ違うだけで、びくっと体が震えていた。


「本当なら大人が対応するべきなのに、お前たちに任せてしまってすまない」


 そう言って俺とスノーを見る団長の目は申し訳なさそうに細まっている。

 団長の言葉通り、もっと年上の人のほうがいいのかもしれない。

 でも……。


「クロは俺をこわくない」


 最初に手を握った時、とても驚いていた。

 でも、俺にはしっかりと言葉を返したし、こわいわけではないと思う。

 きっと、おなじぐらいの背だから。


「スノーのこともこわくない」


 スノーの顔は男っぽくない。

 料理をするのが仕事だから、体つきもあまりがっちりしていない。

 スノーの雰囲気もいいんだと思う。


「大丈夫」


 だから、俺に任せてくれていい。

 クロが慣れていければ、それでいい。


 そう思って、団長をまっすぐに見ると、団長はうれしそうに笑った。

 そして、俺の頭の上に大きな手の感触。

 少し乱暴なその手つきも団長からのものだと思うと、なんだか胸がふわっとなる。


「引き続き、任せた」

「ああ」

「はいはい」


 団長が拳を作り、それを前に出す。

 いつものそれに、俺とスノーも手を握り、三人で拳をぶつけた。

 当てた拳をぱっと開くと、胸の中が熱くなる。

 その熱さのまま、思い浮かぶのはクロのことで……。

 

 大きな木の根元。

 ぎゅっと膝を抱え込んで、必死でなにかと戦っていた。

 そして、クロの言葉は悲鳴のようだった。


 ――もういい、って。

 

 そう言いいながら、すべてをあきらめて。


「……俺が見つけたから」


 自分を守っていたクロの手。

 その手を、俺が握った。


「俺が伝える」


 クロのことを捨てた世界。

 クロのことを傷つけ、否定した世界。


「大丈夫」


 ――この世界を信じられるようになるまで。


 何度も。

 何度でも。

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