第6話 洗濯物
――体がほかほかあったかい。
今まで知らなかったその温度にゆっくりと意識が覚醒していく。
丸まっていた体を伸ばせば、すべらかなシーツの感触が気持ち良かった。
「……朝だ」
布団の中から頭を出し、窓のほうをぼんやりと見る。
まだ薄明りだから、朝日が出たぐらいの時間だろう。
「こんなに寝たの初めて……」
昨日、ブチと一緒にシーツや布団を取りに行った後、私はすぐに眠ってしまった。
本当ならなにか手伝ったり、これからのことを話したりしなくちゃいけなかったんだろうけど、ブチが『大丈夫』と言って、私をベッドに入れてしまったのだ。
寝るつもりなんてなかったのに、すべすべのシーツとあたたかい布団に入って、ブチに頭を撫でられたあとの記憶がない。
たぶん、あっという間に寝てしまったんだろう。
……本当に私がこの部屋を使っていいんだ。
連れてきてくれただけで十分なのに、こんなに立派な部屋をくれた。
ベッドでぐっすりと眠ってしまった私。そんな私を怒って、蹴る人はここにはだれもいなくて……。
「……固くない」
当たり前だけど、ベッドは床とは違う。
寝ていると体を柔らかく押し返してくれるし、触れているところが青くあざになったりもしない。
なんとなく、ころりと寝返りを打つと、木でできたベッドがぎしっと鳴った。
「クロ」
ベッドから抜け出せないままになっていると、扉の外からブチの声がした。
「っあ!」
寝ていた体をビクッと動かし、急いでベッドから飛び降りる。
扉へと近づき、そろそろと扉を開けると、ブチが布を抱えて立っていた。
「おはよう」
「お、はよう」
白に黒い毛束が入った髪は昨日と同じように至るところがピョンピョンとはねている。
茶色い目は相変わらず優しくて、その目を見ると、胸がふわっとあたたかくなった。
「クロ、これに着替えろ」
「これ、服?」
「ああ。今の服を洗濯に行こう」
ブチが持っていた布を私に渡す。
それはどうやら着替えの服のようで、思わず受け取ってしまう。
けれど、それは私の服よりもとてもいいもののようで……。
「こんなにいい服……。あのね、私は――」
もっとぼろぼろの服でいい。
みんなが着なくなったやつでいい。
そう口にしようとしたのに、ブチがそれより早く私の頭を撫でた。
「大丈夫」
昨日、寝る前にもずっと感じていた感触。
そのせいでまた心が勝手に奮えて、口に出そうとした言葉は音にならない。
自分を否定する言葉を飲み込めば、茶色の目が優しくこちらを見ていて……。
「う、ん。わかった。着替える」
「ああ、待ってる」
服をしっかり両手に持って、扉を閉める。
そして、急いで着替えた後、今まで来ていた服を持つ。
扉を開けると、そこにはブチがちゃんと待ってくれていた。
「似合ってる」
ブチの茶色の目が優しく笑う。
「お揃いだ」
それが本当に嬉しそうで……。
だから、私の胸がまたきゅうってする。
白いシャツに皮でできたベスト。
藍染のズボンは少しおなか周りが緩かったけど、なんとかずり落ちてはいない。
……ブチと同じ格好。
「これ、みんな同じ?」
「ああ。子供はこれだ。この服はみんな同じだから、騎士団で働いている人が洗ってくれる。下着や自分だけの特別な服は自分で洗う」
そうか。だから、私の服を洗濯に行こうって言ってくれているんだ。
「ベルトやブーツも支給される。サイズがわからなかったから、洗濯が終わったら見に行こう」
「うん」
ブチが「こっちだ」と左手を私に差し出す。
だから私は両手に持っていた服を片手で持つと、その手にそっと自分の手を乗せた。
……やっぱりあったかい。
「……私、洗濯はできるの」
「そうか」
「うん。家族の服を洗ってたから」
力が強くない私は畑仕事の役に立たないから、だれでもできるような家のことばかりをしていた。
一気にすべてを洗ったり、力強く洗ったりはできないけれど、少しずつならちゃんときれいにできる。
……でもやっぱり早くはできないから、怒られることも多かったけれど。
「……これが洗濯場?」
そうして、ブチに案内された洗濯場はとても大きくて整っていた。
井戸から水を汲んで、洗濯板で洗うとばかり思っていたけど、私の腰の高さぐらいまで石が詰まれ、円形に囲まれていた。
大きな浴槽みたいなそこには水がたっぷり入っていて、そこに洗濯物を入れて洗うらしい。
「水が渦になってるから、酷い汚れだけ手洗いすれば、あとはそのまま入れればいい」
「それだけ?」
「ああ。石鹸はこれ」
ブチから石鹸を受け取る。
そして、洗濯物を持ったまま水につけて取り出した後、酷い汚れのところに石鹸をつけてごしごしと布同士をこすりあわせたあと、そのまま渦を巻く水の中に入れた。
すべての洗濯物をそうして入れ、少しだけそのまま待つ。
すると、石鹸はきれいに洗い流され、汚れも全体的に落ちていた。
あとは手を入れて渦の中から洗濯物を拾い出せば、これでもう洗濯は終わり。
足で踏んで洗ったり、一枚ずつ服の石鹸を取らなくていいから、すごく楽だ。
「濡れてる洗濯物はここに入れて水を飛ばす」
ブチが私から濡れた洗濯物を取り、大きな樽のようなものへと入れる。
それにはハンドルのようなものが付いていて、それを回すと、樽の中に入っている籠がまわって、水を飛ばしてくれるらしい。
そうして、脱水された洗濯物は手で絞るよりも形がきれいなままで、布地もあまり痛んでいないようだった。
「……すごいね」
「ここはたくさん洗濯物が出るから、少しでも簡単になるようにみんなで工夫してる」
「うん。私がやってた方法と全然違う」
今までの洗濯とここの洗濯は全然違うけれど、これなら私にもできる。
せっかくブチが教えてくれたのだから、ちゃんと覚えておこう。
そう思って、いろんなところへ目を向けてみる。
すると、ブチがふと言葉を発した。
「俺はここの洗濯は好きだ」
「……そうなの?」
不思議なブチの言葉に少しだけ首を傾げる。
「ああ。渦の中でぐるぐる回る洗濯物を見てると、なんだか落ち着く」
「ぐるぐるが……?」
「見てると楽しい」
ブチの話を聞きながら、ぐるぐると渦巻く水へと視線を向ける。
今は洗濯物は入っていないけど、さっきまでは私の服が入っていた。
その様子を思い出してみると、確かに少し楽しかったかもしれない。
「……うん。楽しかった」
水の中で回りながら泡が消えていった。
汚れも一緒に落ちて、きれいになっていった。
ぼろぼろで染みついた汚れが取れない私の服だけど、水の中でぐるぐると回っている時はなんだか気持ちよさそうだった。
その光景とブチの言葉が重なって……。
「……私も好き」
洗濯はあまり楽しい作業じゃなかった。
でも、ブチが教えてくれた洗濯は嫌いじゃない。
……今ここで、ブチと洗濯するのは楽しかったから。
「お揃いだ」
ブチが笑う。
だから私もちょっとだけ笑った。
「お揃い、だね」
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