第3話 魔獣騎士団
男の子が進むのは父親と来た道とは違う方向で、引っ張られながらもちょっとだけ怖い。
でも、怖いのに、その手を振りほどくことができなくて……。
そうして、気づいたら、森を抜けて、腰位までの高さがある草原に出ていた。
自分がどこにいるかまるでわからない。
けれど、男の子にはしっかりと道が分かっているようで、私を力強く引っ張っていく。
そうして、草原で二、三回の休憩を挟んだ後、男の子は大きな建物の前で止まった。
「……こ、こ?」
男の子が止まったから、私も止まって、目の前にあるものをまじまじと見上げる。
私の目に入るのはとても背の高い石でできた塀。 私の三倍ぐらいに高さのそれは、一番上にはとげとげの金属線が張り巡らされている。
それはその中にある建物を守るようにぐるりと一周しているようで、私の目線ではどこまで続いているのか見当もつかない。
しかも、目線を下げてみれば、塀の前は大きな堀になっていて、そこにはきれいな水がたっぷりと溜まっている。
そして、目の前には大きな跳ね橋があり、今はそれが塀のほうに持ち上がり、堀を渡れないようになっていた。
……明らかに何かからの侵入に備えるために作られている。
あまりの壮大さに目が勝手にうろうろとさまよい、てのひらからは冷や汗のようなものも出てくる。
私の手を握っている男の子もそれに気づいただろうが、それには触れず、ちらりと私を見て、また歩き出した。
「さっきのところが正面。いつもは跳ね橋は上がってる。だから、俺達はこっち」
そう言って、堀に沿って歩いて行くと、長い何枚かの木の板が組まれ、渡されているところがあった。
橋というには、簡素すぎるが、私や男の子が渡るだけなら、気をつければ問題なさそうだ。
木の板の先には、小さな木の扉があり、そこから塀の中に入る事ができるのだろう。
「渡ろう」
男の子は何も気にせず、その木の板を渡ろうとする。
でも、私の恐怖心は限界だった。
「え、いい、いいよ……」
思わず拒否してしまう。
でも、男の子が手を離してくれない。
だから、私の気持ちを表現するために後ろに体重をかけて、その手から逃げようと体をひねった。
「大丈夫」
そんな私なのに、男の子は声をかけてくれる。
でも、怖くて、やっぱり逃げようと手に力を入れると、突然ガタガタと物音がした。
「その声は帰ってきたのかぁ!」
元気な声と共に木の板の先にあった小さな木の扉が開く。
どうやら、先ほどの物音は扉のかんぬきを外していた音らしい。
「早く入れよ!」
扉を開けたのは私と同じぐらいの年頃の男の子で、私を見ても動じずに、すぐに中に入れてくれようとする。
しかも、私が逃げようとしているのを察したのか、木の板をととっと渡ってきて、私の背中に回ると後ろから押してきた。
「ほら、前向いてないと落ちちまうぞ!」
「大丈夫」
『大丈夫』なんて言われても、全然安心できない。
でも、手を握っている男の子はそのまま橋を渡っていくし、元気な男の子は背中は押してくる。
結局、私は逃げることなんてできなくて、気づけば塀の中に入り、木の扉にはかんぬきをかけられてしまった。
これではもう逃げられない。いや、そもそも逃げる場所なんてないんだけれど……。
「じゃあおれはまだ仕事するから!」
私の背中を押していた男の子が元気よく手を振る。
手を握っている男の子はそれにああ、と頷いて返したけど、私はなにも返せなかった。
それは目の前に広がる景色に圧倒されてしまったせいだ。
……塀の中は外だけ見た時よりも、もっともっとすごかった。
いくつか並ぶ石造りの建物。
大きな建物は三階建てぐらいで、私たち五人家族が住んでいた家が六つ並んだぐらいでとても頑丈そう。
その横には倉庫のような建物もあり、馬屋のような建物もある。
それに、立派なのは建物だけじゃない。
この塀の中に入ってから、私の目に入るのはそこかしこにいる大人の男だ。
何やら剣や槍を持ち、訓練をしているような人も見えた。
――もちろん、みんなには耳もしっぽもある。
「ここ……魔獣騎士団……?」
「そうだ」
小さく呟いた私の言葉を男の子は聞き逃さなかったらしく、すぐに肯定を返してくれた。
その返事に私の頭はくらくらしてきてしまう。
――魔獣騎士団。
その存在は隣のおじいさんに教えてもらったことがある。
この国の南にはとても大きな森が広がっている。
私が捨てられた森よりももっともっと大きな森だ。
そして、そこには魔獣と呼ばれる恐ろしい生き物が住んでいる。魔獣は時折、森から出てきて人々を襲うのだ。
そんな恐ろしい魔獣から国を守る役目を持つ騎士団。
それが魔獣騎士団と呼ばれている、精鋭の集まりだ。
幼いころから訓練を欠かさず、自らの命も顧みない、力の強い者の集まり。
――そんなところに、私がいていいわけがない。
てのひらの冷や汗は止まらないし、頭もくらくらする。
ついでに胸からもどくどくと変な音が鳴り出して、もう立っているだけでやっとだ。
「行こう」
なのに、男の子が私の手を握ったまま歩き出していく。
どう見ても場違いな私なのに、すれ違う大人はそれについて何も言わない。
ただ男の子に挨拶をしたり、すれ違いざまに男の子をからかっていくぐらいだ。
……私、絶対変なのに。
でも、誰も男の子を止めない。
私のことを不審げに見たりもしない。
だから、気づけば一番大きな建物に入っていて、団長室と書かれた扉の前に立っていた。
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