第25話 勇気を出して《音羽さん視点》
それはある日の放課後のこと。
「天使様、ばいば〜い!」
「あ、うん、また明日!」
ニコッと笑みを浮かべ、挨拶をしながら私は思う。こんなふうに、弓波くんにも挨拶を返せたらなぁ、と。
弓波くんの前だとどうしても緊張してしまって、恥ずかしくなってしまって、思うように話せない。
……それにしても、天使、かぁ。相変わらず慣れないなぁ……。
そんなことを考えながら、教室を出て靴箱で靴に履き替え、校舎を出たときのことだった。
「あのっ」
どこからか声が聞こえてくる。ちらり、と声のする方を確認してみる。……あれ、私の方に近付いて来ている?
「……あっ」
そういえば、見たことがある。
なにか見覚えがあるなと思ったら……あの時、私が出掛けたときに弓波くんの横を歩いていた人だ。
……となると、弓波くんのことについて話をしに来た?
多分、もう近付くなとか、そういうことだよね……。
「その、突然ごめんなさい」
「あ、いえいえ……ぜ、全然大丈夫……です」
「その、少しだけ話をしたいんだけど……いい……かな? その、すぐそこで」
校門の邪魔にならない辺りを指さしながらそう提案を持ち掛けてくる。
「…………わ、わかりました」
初めは躊躇う様子を見せたが、少々の沈黙の末、覚悟を決めたのか了承の意を示す私だった。
さすがに校門目の前だと通る人の邪魔になってしまうということで、邪魔にならないところに避ける。
「……それでその、話というのはやっぱり……?」
「あー、うん。唯くんのことだよ」
「です、よね……」と落ち込みながら私は呟く。今から言うことが容易に想像できるからだ。多分、弓波くんとこの人は付き合っていて、だから……。
「初めに言っておくと、あーしてほしいこーしてほしい、みたいなことを天使に言いにきたわけじゃないよ。わたしは、ただ事実を伝えに来ただけ。だからそんなに緊張しなくてもいいからね?」
なんて、私の緊張を解こうとしているのかそう声をかけてくれる。優しいな……。
てっきり金髪で派手だから、少し怖い人なのかもしれないと思ってしまっていた。けれど、全然そんなことはなさそうだ。
「は、はい……」
とはいえ、話題が話題なだけに、緊張が溶けることはなかった。
「で、わたしが伝えたいことなんだけど、単刀直入に。わたしと唯くんは付き合ってなんかないよ」
「はい……は、……え、え?」
俯かせた顔を上げる私。え、休みの日に二人で一緒に出掛けてたよね……付き合ってるんじゃ?
「多分勘違いしてると思うけど、わたしと唯くんは昔からの友達ってだけ」
「そ、そうだったん、ですか……」
……私が、勘違いしていただけだった……?
はぁぁ、と安堵の息を漏らす。
「そっか、弓波くん、付き合ってる人いないんだ……!」と、女性に聞こえるか聞こえないかくらいの声で小さく呟いた。
「あともう一つ」
「もう、一つ……?」
「うん。わたしは、唯くんのことが好き」
「…………えっ」
思わず、声を漏らしてしまった。
……付き合っている人はいなかった。けれどやっぱり、弓波くんを好きな人は……。
それに、この女性は古くからの友達と言った。そんな人にまだ出会ったばかりの私に勝ち目などあるのだろうか。
決まってる。ないのだ。
「…………。」
……決まっているけれど、私はそこで諦めていいの?
自分自身に問いかける。私はもう知ってしまった。弓波くんのことが好きってことを、嫉妬してしまうくらいに。今諦めて、私に何が残る?
一歩進まなきゃ、何も残らない。今までの私だったらすぐに諦めてしまっていただろう。けれど、弓波くんに会って私は……
「わ、私だって、……私だって弓波くんのことが好きですっ!」
恥ずかしいけれど、一生懸命声を上げて宣言する。
「……ふふっ、負けないよっ。唯くんの彼女になるのはわたしだからっ」
すると、一瞬驚いたような顔を見せた女性。でもその後、笑顔に変わり私にそんな言葉を投げかけた。
「わ、私こそ、負けませんから!」
「「……ふふっ」」
握手を交わす二人。三角関係の恋愛は今、幕を開けるのだった。
◇◇◇◇
翌日の朝。
「お、おはよう、ございます……っ!」
久しぶりの挨拶。緊張してしまうけど、しないと一歩進めない。頑張って弓波くんの背中に向けて挨拶を投げかける。
すると、声に気付いた弓波くんは後ろを振り返り、ニコッと笑顔を浮かべる。
ドクンッ、と心が跳ねる。鼓動が早くなっていくのを感じる。
「おはようございます、久しぶり、ですねっ」
「で、ですね……っ」
そして、何事もなかったかのように歩き始める。
「「…………。」」
挨拶を交わしたあと、無言に戻る。互いに気まずい空気が私たちを包んでいた。
今日は少し勇気を出して、いつもよりも距離を縮める。
多分今までの私ならこの空気に押されて何も話せなかったと思う。けれど、今は違う。今なら──
震えている手を伸ばし、弓波くんの制服の裾を掴む。
「……えっ」
ちょっと低くて、けど声には優しさが感じられて、聞けば安心できるような、そんなかっこいい声が小さく聞こえた。
ふぅ……はぁ……。心の中で息を整える。まだ、顔は真っ赤で、火が出そうなくらい熱い。
「──あの、夏休み、一緒に出掛けませんかっ!」
私だって……弓波くんのことが、好きなんだもん!
名いっぱいの笑顔を浮かべ、私は勇気を振り絞って弓波くんへそう言葉を紡ぐのだった。
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