第17話 嫉妬《天音視点》
わたしには幼馴染という存在がいるの。
その幼馴染の名を弓波唯人。
彼とはかなり前から──小学校時代からの知り合いだ。彼と初めてあったとき、偽善者だと、そんな風に思っていたの。
今となっては言い訳としか思えないし、そう思ってしまっていたことを後悔しているけど、けれどその時はそう思わざるを得ないような人生を、わたしは過ごしていた。
……多分、"みんな"はいじめているとは思っていなかったんだと思う。軽くいじっているだけ、と。
でも、その時小学生であったわたしにとって"それ"はいじりではなくいじめであるものと認識した。それくらい辛かった。
はじめは自分がこの身体で生まれてきたことを呪ったものだ。この金髪の髪が、碧眼の目が、いじめてきた者にとって……クラスメイトにとって、奇異なものだったのらしい。
初めはクラスの中心人物である一人の女子が好意を寄せる男子が、わたしに好意を抱いていることが判明したことがきっかけとなった。
──嫉妬。
簡単に言えば、そういうこと。
暴力はなかったけれど、陰口や仕事の押しつけ、……そうして私は教室で孤立した。
先生も心配の声は掛けてくれてはいたものの、暴力がないしいじめを行う張本人はやってないの一点張り、そんな状況も相まってかあくまで上辺だけのものだったように感じた。
次の日の日が開ける頃に帰っては眠り、また一日中働きに出る、そんな忙しそうな両親にさらなる労力や迷惑を掛ける訳にも行かず……私は、地獄のような日々を過ごしていた。
そんな時に、たった一人手を差し伸べてくれた人こそが唯くん。
けど、その当時、唯くんをないがしろにしてしまった。いじめる張本人の味方で、何か騙そうとしているのでは、と疑っていたのだ。
何度も断り続けている私だったけど、それどもしつこく手を差し伸べ続ける。
一ヶ月以上は続いたと思う。
そんなある時、ぷつんと糸が切れたようにいじめられなくなった。初めはもう飽きたのだろうかとでも思っていたけど……そんなことはなかった。
それに気付けたのは、いじめが消えたと同時に手を差し伸べ続けた唯くんに傷が増えていたことからである。
結果を言おう。……唯くんが、代わりにいじめられていたのだ。私に手を差し伸べ続けたことが原因となって、代わりにいじめられるようになった。
その時、私はとてつもない後悔に襲われた。
私は、私を助けようとしている人を無下に扱ってしまっていたのだと、そう理解した。
そして、やめてと言ってもなお続けてくる唯くんに申し訳無さを感じ、感謝しようと思った。
中学校はみんなとは別のところに行き、唯くんに感謝して、謝って、その時は何で言うことを聞かなかったんだと殴られることを覚悟した。もちろん、私が悪いから受け止めるつもりだった。
……けれど、唯くんは一つもぐちを吐かず、「大丈夫だよ」と笑いかけてくれて、唯くんと徐々に話す回数は増えた。
その時からだと思う。私が、唯くんにある気持ちを抱き始めたのは。
といっても、それが"恋"であることを知ったときは、まだまだ先なんだけどね。
とまぁ、そんな経緯もあり私はその、考えてしまうのだ。付き合いたい、って。
……し、しょうがないよね! 好きなんだもの、唯くんを好きになってしまったんだもの!
……けれど私には勇気がなかった。唯くんはあのときに行った私の最悪な行動を許してくれたけど、やっぱり罪悪感が消えることはなかった。
だから、一歩踏み出せずにいた。
そんな時のことだ。
「──天使ぃぃぃぃっ!?」
教室の隅で、誰かが突然大きな声を上げた。奏多だろう。となると一緒に話しているのは──
どくんっ、と心臓が跳ねる。私が密かに想いを寄せる唯くんが、そこにはいた。
「え、なになにー?」「天使って女子校の?」などといろんな言葉が飛び交う。
なんだろう……? 唯くんたちは、今その天使のことについて話してるのかな?
……気になる。
前に話を聞いたとき、唯くんは天使のことを気にする様子はなかったはず。唯くんまで天使に行為を抱いたりなんてしたら……わたしに勝ち目なんて、正直なところ、ない。
事実を確かめに行こうと、わたしは唯くんたちが話す席に向けて足を動かした。
「まさか天使のことを興味なさげだったってのに……話す、それどころかデートすらしてんのか」
「だからデートじゃないって」
──え?
向かおうと動かした足凍りついたように固まる。唯くんたちの口から不穏な単語が聞こえてきたからだ。
「……──デー、と?」
ひどく心臓が痛んだ。天使とデートをした? それは、文字通りのことなの?
「おっ、天音か」
よっ、と声をかけてくれる奏多。唯くんもそれに続くように声をかけれたので、「おはよ」と挨拶が返した。
「それよりその、デートってどういうこと? ねぇ奏多、天使って叫んだのってなんで?」
「あぁー、えーっと……」
奏多はどうやら、誤魔化そうとしているらしい。やっぱり何かあるんだ……。泣いてしまいそうになるのを、必死に抑える。
何秒か待っていると、唯くんは口を開きこんなことを言った。
「んー……簡単に言うと、最近いろいろあってその天使?なのかなっていう人と仲良くなったって話だよ」
「……え!? て、天使と!?」
「しっ! できるだけ声を抑えて」
口に手を当て、静かにと声を掛けられる。なるほど、だから奏多は隠そうとしたんだ。
「あっ、ご、ごめん……っ、まさか唯くん、天使と仲良くなったんだ……」
「まぁ……あくまで僕の主観であって、音羽さんの方がどう思ってるかは分からないけどね」
「……そ、そうなんだ」
私は笑顔を取り繕う。
……わたし、なんて醜いんだろう。唯くんを傷つけてしまったというのに、唯くんを好きになる権利なんてないというのに。
──気付けば、嫉妬している。
わたしは、こんなときまでダメダメだ。勇気が出せなかった今までのように今回も言い訳を作って逃げようとしている。
……だめだ。そう、今までのように接していても友達以上に思われることなんてない。言い訳なんてしても、なんの特もない。わたしは、──唯くんの側にいたい。
わたしは密かに、天使に対してライバル心を燃やすのだった。
今までよりも唯くんに私を意識させる努力をしようと決めた、そんな日だった。
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