第18話 デートのお誘い

「お待たせ〜っ!」


 ベンチに座りながらスマートフォンを眺めていると、朝とは思えない陽気な声がこの場に響く。スマートフォンから視線を外し、声のする方を向くと、やはりというか、天音だった。


「おはよ、朝から元気だねぇ天音は」


 ニッと微笑みかけながら言葉を返す。


 休日。雲一つ見えない快晴の中、どうして僕が天音と待ちあわせしているのかというと、数日前の平日、音羽さんが天使と謳われていることを知った日の放課後まで遡る。


 その日の放課後は、先生との面談などで遅くなり、教室にはもうみんなは部活や帰宅などで人などいないのだろうと思っていたのだが、いざ戻ってみると何故か天音が僕の席に座ってうたた寝をしていた。


『……唯くん……──大好きだよ』


「……っ!?」


 ──これじゃない!! ぶんぶんと頭を横に振り、再び振り返ってみる。


 放課後、夕日に照らされ顔をほんのりと赤く染めてすやすやの寝息を立てる天音。


 まだ僕の机の中には今日の宿題やら何やらが詰め込まれていて、取り出せないため帰ろうにも帰れない。それになにより、天音が僕の席に座っているということは僕に何か用があったのだと思うと尚更である。


 とはいえ、あまりにも気持ちよさそうに寝るものだから、起こそうにも起こせなかった。


 その結果、待つ、という選択をしたのだが……結局なんで天音が僕の席で居眠りをしていたのかというと、それこそがこうなってしまった経緯。


『──その、遊びに行かない……? ……二人で』


 眠っているところを見られたからか顔を赤くした天音が、そんなことを尋ねるあの時の場面が思い出される。


 別に予定はなかったし、何より今までは多分昔のいじめられていたことが影響してか、僕に二人きりで遊びなんて提案してこなかった天音だ。


 提案してくれたことがどうしようもなく嬉しくて、僕は了承し、そうしてここに待ち合わせをしていた、というわけ。


 ……ちなみに、初めに頭に浮かんだ言葉は、天音がその時に発した寝言の一つである。……なんでその言葉が先に頭に浮かんでしまったんだ。


 あの出来事が強烈すぎて、余計なことまで思い出してしまった……。


 天音との出来事を勝手に想像しては勝手に頬を赤らめる僕だった。


「どしたの、急に顔を赤くして?」


 急に僕の顔が赤くなってしまっていたことに気付いたのだろう。気になってか、僕の顔を覗き込む天音。


「……うわぁ!? 近いって!」


 急に顔を近づけるものだから、変な声が出てしまった。


 僕達はもう15だってのに。天音は相変わらずのテンションで男女の壁を崩しにかかる。それどころか理性まで壊しそうな勢いだぞ……。


「ふふふっ、いいじゃん幼馴染なんだし」


 天音はニコッと微笑む。


 天音、下手すれば幼馴染という関係性があれば僕にどんなことしても許してくれそうだなんて思っていそうだな……。


「……って、時間は有限なんだよ、行こっ!」


 ベンチに座る僕の手を引き、走り始める天音。


 楽しそうに笑う天音を見ていると、こちらまで笑みがこぼれてくる。人を笑顔にさせる天音が、どうしていじめられたりなんか……。


 ……いや、これを考えても天音が嫌がるだけで、いいことはなにもない。単純に、楽しもう。


 僕はニコリと笑みを浮かべると、天音に手を引かれながら走るのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


《音羽さん視点》


 カフェ、楽しかったな!


 ルンルン気分で彼──弓波くんの家の近くにある商店街を歩く。


 偶然会えないかなと密かに期待する私。家の近くを歩いたとしても簡単に会えないことは知っているけど、……って、何を言っているんだ私。


「ふんふ〜ん♪」


 陽気な鼻歌を歌う私。それくらい、あの時のことが楽しかったのである。


「……恥ずかしかったけど、嬉しかったな」


 女子校での騒ぎを振り返る。


 あのカフェの翌日、放課後の学校にて、スマホ画面に映る写真を見ながらその時のことを思い出し顔を緩めていると、その様子を見た周りの友達がそれを問いただしてきたのだ。


 なんでもないよ、と即座に答えたものの、今の顔は恋してる顔だといい、写真に映るこの男の子は誰なのと聞いてくるみんな。


 彼氏ってみんなが勘違いしたとき、もちろん驚いたし恥ずかしかったけど、どこか嬉しかった。


 それにしても恋してる顔……かぁ。私は、弓波くんのことを異性として好きなのかな……?


 それにしても、やっぱり申し訳ないなぁ……。財布を忘れてカフェに行くとか、失礼以外の何物でもないよ……。相手が弓波くんでなければ、怒られることは間違いないと思う。


 弓波くん、優しいよね……


 なんて、弓波くんとの出来事を振り返って申し訳なくなっては、感謝している時のことだった。


「──え?」


 突然のこと過ぎて、変な声が漏れてしまった。


 人混みに紛れてすぐに見えなくなってしまったけど、あれは多分、いや絶対に見間違いなんかじゃない。


 弓波くんが、女の子──それも、私とは真逆そうな容姿をした可愛い女の子と、──手を繋いで歩いていたことは。


「……え、それって……そういう、ことだよね」


 胸がひどく痛む。


 ……心の底では分かっていたのかもしれない。


 前から、知っていたはずのことなのに、見て見ぬ振りをしていた。弓波くんは、こんな私にも優しくしてくれるし、かっこいいし。


 そんな性格と容姿を持ち合わせている彼だから、彼女がいることくらい、知っていた。


 ……知っていた、はずなのに。いざ現実をこうして見つめていると、どうしても胸が痛む。


 あぁ……。


 私は、あの女の子に──嫉妬しているのだ。

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