第15話 写真の中の二人

「「ふふっ」」


 互いに顔を見合わせ、綻ばせる。


 写真の中の二人は、ぎこちない笑みを顔に浮かばせていた。


 写真に写っていたのは、真ん中のパフェを挟んで僕と音羽さんの強張った笑顔。写真の中の音羽さんは、手で自分の胸より下辺りに控えめなピースサインを作っていた。


 付き合い始めた彼氏彼女のような……こんなに緊張している二人が、なんだかおかしくなってしまい、思わず笑みをこぼした。


 同じように顔に笑みを含ませている音羽さんと顔を見合わせて、再び、ふふっ、と笑ってしまう。


 それにしても、そんな音羽さんもやっぱり可愛いな……。


 スマホは若干高い位置から撮ったもの、ということもあり上目遣いになっていた音羽さん。恥ずかしそうにする仕草も相まって、天使という言葉が口から漏れそうになる。


 それくらい可愛かった。


「その……この写真、僕ももらっていいですか?」


「……い、いいですよ!」


「ありがとうございます! …………ぁ」


 お礼を言ったあと、脳がフリーズする。


 この画像をもらう……それはつまり、間接的に連絡先を交換しようと言っているものでは?


 連絡先──つまり、LINEである。写真を送るには互いに何かしらで繋がっていることが不可欠。こうして一緒にパフェを食べに行っている身とはいえ、関係としては友達以下である。


 失礼に値しないだろうか……。


「……れ、連絡先、こ、交換しま、す?」


 ……などと考えていたのだが、結局は杞憂に終わった。音羽さん自身がそう尋ねてきてくれたのだ。


「……はいっ!」


 まさか音羽さんからそんな言葉が出るとは思わず一瞬驚いて目を丸くしたのも束の間、はいっ、と笑顔で答える。


 その後、ポケットからスマホを取り出すと、互いに震えた手で連絡先を交換した。


 連絡先一覧に音羽さんの名前が入っていることに少しの幸せを感じながらスマホをポケットに仕舞い、パフェを少しずつ食べながら雑談を交えた。


「……あっ」


 パフェもだんだん減りつつあり、7割……いや、もう8割、9割近く食べきった時のことだ。


 もうそろそろパフェの入っていた容器は底が見え始めていて、この二人の時間も終わりが近いのかと少し悲しんでいると、隣から頓狂な声が漏れているのが聞こえてきた。


 ……なんだろうか?


「どうしました?」


 ショルダーバッグをがさがさとあさっている音羽さんの方を向くと、そう尋ねる。


「……あ、いや、その……」


 やってしまった、と言いたげな顔だ。もしかしてなにか忘れてきたのだろうか? というか、言葉を詰まらせているということは……言いにくいことだってことだよね。


 うわぁ……やってしまった……。言いにくいことを言わせるなんて、なんてことを、僕っ!


「……もしかして、言いにくいことでしたか? そうであれば、尋ねてしまい申し訳ないです。言わなくても大丈夫ですよ」


「いや…………その、財布、忘れてしまったようで……すいません……」


 今にも泣いてしまいそうな暗い顔で、頭を下げて謝ってくる。罪悪感を感じているんだろう。


「……あの」


「……っ! ……は、はい」


 怒られるのだと思ったのだろうか。音羽さんは肩をびくつかせて、申し訳無さそうにこちらを覗く。


「全然大丈夫ですよ。……というより」


「……?」


「音羽さん、もしかしなくてもおっちょこちょいですよね?」


「……は、恥ずかしながら」


「──ふふっ」


「も、もぅ……っ! ……で、でも弓波さんの言う通りです。本当にごめんなさい。そのせいで、迷惑かけてしまって」


 再び顔を俯かせる。……音羽さんは、やらかしてしまったことに言い訳をせず、すべてを受け止めるような人なんだ。


 それは本当にすごいことだと思う。だって、僕だってなにかしてしまった時に言い訳してしまう自分がどこかにはいる……だから、本当にすごいとは思う。


 けれど……音羽さんには、僕の前でくらい気楽でいてほしいのだ。だから──


「いやいや、迷惑だなんて思ったこと一度もないですよ? むしろありがたいです」


「……ありが、たい?」


 不思議そうにこちらを見ている。


「はい。僕なんかを頼ってるくれるんですから。いつも話してくださるんですから。だから、お礼です。今日くらい奢りますよ?」


「……話してくれる……といっても、私はいつも話せないでばかりです」


「確かにそうかもしれないけれど……こんなに可愛い人と一緒に歩けることすら幸せですよ?」


 冗談交じりにそう笑いかける。


「……あ、ありがとぅ……ございます……」


 顔を俯かせてそう言った。……変なこと言っちゃった気がする。気を悪くしていないといいけど。


 ……いや、どうやら気を悪くはしてないのかも。


 ほっと安堵の息をつく。


 向かい側の席では、透き通ったきれいな彼女の髪に隠れるようにして、いつも通りの優しい笑顔を見せる天使が顔をのぞかせていた。

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