第11話 きっかけ

 月曜日。


 3日連続で雨だったということもあり、いつもと比べてなんだか静かな教室。


 まだショートホームルームの1時間弱前だというのに、僕はもうたどり着いて席についていた。


 前のように用事があったわけではない。早めに行けば何かあるわけでもないのに、ただなんとなく、雨にも関わらず少し高揚感が僕を包んでいたような、そんな気がして。


 気付けば教室へと向かっていた、そんな表現が一番腑に落ちる。いや、もしかしたら電車であの人に会えるかもしれない、と、そう思っていたから……


「──おっ、おはよ! 今日早いな」


 考えを遮るように、よっ、と陽気な声。今日は奏多、月曜日で部活の朝練はないはずなのに、それでも大分来るのが早いな……。


 なんて考えていると、いつの間にか席に荷物を置いた奏多がこの僕の席へと来ていた。


「相変わらず元気だなぁ。おはよ、奏多」


「おうっ! ……あっ、そうだ。どんな感じだ、ストーカーとは」


 おそらく人に聞かれるのを恐れてだろう、ひそひそ声でそう尋ねてくる。……あっ、そういえばまだ真実を言えてなかったな。


「あっ、そのことなんだけどね。一昨日、かな? ……──相合い傘したよ」


「…………は?」


 身体が固まる、かと思えば、数秒後には頓狂な声を放つ奏多。


 ……ん? 待って、僕何言ってんだ?


 事情を伝えようとしたにはしたのだけど、どうやら気持ちの方が前に出てしまったようだ。気付けばそんな言葉を発していた。


「あっ……な、なんでもないっ!」


「……え、まさかストーカー相手に相合い傘したのか?」


「そうじゃないけど……そう、かな?」


 相合い傘をしたのは合ってるけど、ストーカーではなくて結局音羽さんはお礼をしようとしていただけだからなぁ。


「……はぁ、なんか突っ込みどころ満載だな。何がどうやったら犯罪者と相合い傘なんていうことになるんだよ?」


「その、ストーカーじゃなかったようなんだ。僕の早とちりだったみたいで」


「……と、いうと?」


「その、ストーカーだと思っていた人は、僕が前に落としたハンカチを拾ってあげた人で、……つまり、お礼をしようとしていただけ、らしいんだ」


「……ほ、ほぉ。それで? お礼をしようとしただけならすぐすればいいんじゃないか?」


「人見知り……だったみたいで」


「…………はぁ、なるほどなぁ」


 苦笑しながらそう呟く。奏多は頭が回るから、僕の大まかな説明でもなんとか理解することができたらしい。


「……って、なるほどじゃねぇよっ! お礼をしようとしたまでは理解できたけどさ? なんで相合い傘することになってんだよ!?」


 ……ありゃ?


「……雨の中、偶然会ったから?」


「……ん、お人好しにも程があるだろ。まぁ男子なら許……いや、待て!? 前に女子校の制服について聞いてきたよな!? まさか相手って!?」


「……お、女の子だけど」


 他の人に相合い傘を言うのがどうも恥ずかしくて、顔を奏多から背けながらボソッと呟く。


「許さねええぇぇぇぇぇ! 俺も相合い傘してぇよ。ストーカーだと思って心配したあの時の気持ちを返せぇ!」


 突如発狂し始める奏多。奏多は客観的に見てもイケメンだし優しいし、奏多自身が好きな人でもできたらすぐに彼女出来そうだけどね……。と、若干引き気味に考える。


「……ご、ごめん?」


「いや、まぁ別にいいけどさ。ちなみに、その人ってどんな人なんだ?」


 こくん、と首を傾げながらそう尋ねてくる。どんな人だっけ、と初めて音羽さんと話しているときのことを考えてみる。


「どんな人……ん〜、可愛い、かな」


「……え?」


「話していて思うんだけどね、仕草がいちいち可愛いんだよなぁ」


 ニコっと微笑たり、ぷくっと頬をふくらませる音羽さんの姿を頭に浮かべる。……天使……。


 知らずしらずの内に、頬を赤く染める僕。


「……そうなん、だな。(……もしかして唯人って、その女子校の人のことを……。……それなら、きっかけくらい作ってやろうかな)」


「……?」


 何か悟ったような顔をする奏多。けれど、僕にはよく分からなくて首を傾げた。


「あぁ、なんでもないよ。そうだ……ゆ、許す代わりに、その人の友達とかに俺のことを紹介してくれないか?」


「それは自分で……」


 と、言いかける。が、その時にふと下心の混じった考えが頭をよぎった。


 ──またあの人と会うきっかけにならないだろうか。


 なんていう、自分でも最悪と感じてしまうような、そんな。でも、最悪だと、そう分かってはいるのに考えて、悩んでしまう自分がいた。


「……いいよ。だからといって本当に紹介してくれるかは分からないけど、言うだけ、ね?」


「ほ、ほんとうか!? ありがとう、心の友よおぉぉ!」


「ふふっ、心の友っておおげさだなぁ。それに、あくまで聞いてみるだけだからね?」


 ……また会ったとき、話せたらな。そう願いながら、僕は小さく微笑んだ。

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